異世界の学園生活 ~後編~
中等部の生徒の数はそれほど多くない。
現在20名程度で、下は7歳から、上は17歳まで幅広い。
そんな生徒たちが集まる教室で、俺は一番後ろの席に座るように言われた。
先生は俺のことを校長だと未だに気付いていない様子だ。
まぁ、写真も似顔絵もない、もちろん彫像なんて作らせていないからな。
新任の教師なら俺が校長だと夢にも思わないだろう。
(なぁ……あれって)
(あぁ、どう見てもそうだろ)
(なんであんな格好してるんだ?)
前にいる生徒からの視線が痛い。
ただ、堂々と訪ねてこないのは、すでに出欠確認がはじまっているからだ。
はぁ……どうしたものか。
「どうして校長先生がいるんですか?」
「……もしかして、先生クビになったの?」
俺の左隣と、左前にいる生徒を見て、
「お前たちこそなんでここにいるんだ? お前たちは初等部の生徒だろ」
と声を掛けた。
委員長ことカリエルナと、そして問題児のマルジュだ。
「私達は初等部代表として、中等部体験をしているんです。来年から中等部に上がることになるので」
「え? 委員長はともかくマルジュが中等部? マジかよ」
「なんでいいんちょはともかくってなんだよ。俺がいたらおかしいのか?」
「いやぁ、お前ってサボってばかりの問題児だろ」
「そんなことないよ。言っておくけど、俺の成績はいいんちょより上だぜ?」
え? マジ?
俺は委員長を見ると、彼女は嘆息して、
「……本当です。マルジュに成績で勝ったのは最初のテストだけでした」
うわ、マルジュって実は天才肌だったのか。
「こら、そこの3人、静かにしろ!」
先生に注意され、俺はに思わず返事してしまった。
「カリエルナさん、マルジュくん、初等部からの見学生とはいえ、ここにいる以上は中等部の生徒と同じカリキュラムを受けてもらう。遊びではないんだ、気を引き締めるように」
「はい」「はぁい」
「ところで、そこの君、名前はなんという?」
「コーマです」
「コーマ? 校長と同じ名だな、いい名前だ。だが、出席簿に名前がないようだが」
当たり前だ。俺は生徒ではなくここの校長なんだから。
そう言おうとしたら、
「先生は新任の教師だから知らないかもしれないけど、コーマは飛び級で中等部に上がったばかりだから、出席簿にはまだないぜ」
マルジュは笑いながら言った。
こいつ、面白がってやがるな。
「マルジュくん、言葉遣いを気を付けるように。だが、事情を教えてくれたことは感謝しよう。では、授業をはじめる。先ほどマルジュくんが言ったように、私は今日はじめて教鞭を振るう、バセロナードという。近代史の授業を受け持つことになった。よろしく頼む」
バセロナードはそう言い、教科書を閉じるように言った。
普通、教科書を開くように言うんじゃないか?
「まず、君たちにはこの教科書に載っていない話から学んでほしい。つまり、この数ヶ月。四国挟撃事件での出来事から学んでほしい。何故なら、君たち、私たちはこの歴史的大事件の当事者であり、その歴史的大事件での一番の重要人物であるコーマ殿が建てた学校の生徒だからだ。私の父は常々言っていた。コーマ殿は超一流の剣士であり、料理人であり、そして軍師であり勇者であると。君たちもコーマ殿と同じ時代に生まれたことに感謝しないといけない。そうでなければ、君たちはこのような教育の場を与えられることもなかったのだから」
バセロナードは熱弁を振るう。
いや、そんな大したもんではないですよ。
ただの魔王ですから。
「君たちは歴史の生き証人だ。だから、伝聞や噂などに惑わされることなく、正しい歴史を学び、そして正しい歴史を後世に伝えていく義務がある」
バセロナードはそう言うと、アークラーンがフレアランドとウィンドポーンに侵略されそうになった時の話をはじめた。
「さて、コーマ殿の戦いの中でも初陣と言っても過言ではない、シングリド砦。その砦を包囲していたウィンドポーンの将軍の名前を誰か知っているか?」
突然の問題に、マルジュが手を上げた。
「マルジュくん、答えなさい」
バセロナードが許可を出したことにより、マルジュは大きな声で答えた。
「養豚王です!」
なんだよ、養豚王って。将軍ですらないじゃないか。
「あぁ、正解だ。養豚王だな」
え? 正解?
「たしかに現在、彼は軍を退役し、養豚業を起こして成功し、今では養豚王と呼ばれている。だが、近代史のこの時においては、ニコライ・メドヴェージェフの名を覚えるように」
バセロナードはそう言うと、達筆でその将軍の名前を書いた。
ニコライの奴、フレアランドとの同盟ののち、捕虜から解放されたんだが、軍をやめて養豚王になってたのか。
そして、その数を書く。
敵の数は1200。対するシングリド砦の中にいるアークラーンの兵の数は300、伏兵が100と書いた。
「数でいえば敗戦が濃厚だ。だが、コーマ殿がひとりで敵陣に突撃した。その理由をわかるか? コーマ殿と同じ名前を持つコーマ、答えて見ろ」
あぁ、それは簡単だ。
俺は立ち上がって応えた。
「鶏に追いかけられて怖かったからです」
「そんなわけあるか、バカモノ!」
怒られた。事実なのに。
「彼は敵の将軍を倒すことで敵味方、両軍に被害を出さないために魔物をけしかけて敵陣に単騎で突撃したのだ。敵の頭を叩いて統制を失わせるためにな。その結果、大規模な戦闘でありながら戦死者は一名のみという奇跡の勝利を成し遂げたのだ」
……先生、歴史が正しく伝わっていません。
このままだと間違った歴史が後世に伝わってしまいます。
「そして、コーマ殿は光の神子であるシルフィア様の力を授かり、その光で荒れ果てていた畑を蘇らせた」
……いや、それも違う。
ただ肥料を撒いただけ。
「あの、先生、その歴史は本当に正しいのでしょうか? ただ畑に肥料を撒いただけでは?」
「貴様は本当に中等部の生徒か! ただの肥料で枯れ果てた畑が元に戻るはずないだろ。私の父であるザッカが見ていたのだ。間違えるはずがない」
「ザッカ将軍が……あぁ、なるほど」
納得いった。いちいち大袈裟に言うからな、あの爺さんは。
(なぁ、校長先生、本当に鶏が怖くて敵陣に突撃したの?)
マルジュがニヤニヤとこちらを見て笑ってきた。
(あぁ……チキンと笑うがいい。鶏だけにな。でもあの恐怖は味わったものにしかわからないよ)
(あの、その畑を肥料で戻したというのは?)
委員長が目線を前に向けたまま、俺に訊ねた。
(それも本当だよ。特別な肥料を使ったんだ。今度委員長にもそのレシピをやるよ)
「こら、そこの三人、またおしゃべりか! 貴様ら、いい加減にしないと」
「失礼する」
バセロナードが怒鳴りつけた時、教室の扉が開き、サクヤが入ってきた。
「そんなところにいたのか、コーマ。何をふざけているのか知らないが書類整理が終わったら、今度は本校舎の建築現場の打ち合わせがあると言っておいただろ。行くぞ」
「……あぁ、それって現場任せでいいじゃないか? 設計図もあるんだし」
「そんなわけにいくか。向こうはお前を指名しているんだ」
「サクヤ殿、お待ちください。今は授業中で――」
未だに現状を理解できないバセロナードがサクヤに言う。
現状を最初から理解している生徒たちはかなりニヤついていた。
マルジュなんてゲラゲラ笑っている。
「バセロナード先生、失礼した。ほら、コーマ、授業中に邪魔をするな。まったく、校長である貴様がこんなところであぶらを売っていたら生徒に示しがつかんだろ」
「こ……校長? 彼が?」
「そうです。このサボリ魔ですが、校長です」
「彼が……シングリド砦包囲戦の英雄、奇跡の勇者……そんな」
バセロナードが呆けて動けなくなるのを見ながら、俺はサクヤに引きずられて教室から出ていった。
※※※
後日談であるが、
『コーマ殿はこのように生徒の立場になって現場を視察することで、学ぶことを忘れず、それでいてよりよい教育を目指すために――』
バセロナードは相変わらず俺のことを絶賛しているとサクヤから聞かされた。
ただし、あくまでもこれは伝聞であって、実際はどうなのか?
そんなの本人に聞いてみないとわからないよな。




