好事家との交渉~前編~
「妖精族? そんなのがいるのか? しかもこの町に?」
メイベルからの情報に、俺は驚きを禁じ得ない。
いや、いてもおかしくはない。
この世界では魔物として扱われている魔物でも、俺のいた世界の民間伝承では、妖精や精霊として扱われていることがある。
つまり、妖精はいてもおかしくはない。
おかしくはないが、んー、どうなんだろ。
俺が少し考えていると、メイベルが小さな壺を取り出し、
「コーマ様、これを食べてみてください」
「これは……いや、貰うよ」
俺はそう言って、木のスプーン一杯の蜜を口に入れた。
その時感じたのは、大自然の甘みだった。
水あめや蜂蜜、メイプルシロップとは全然違う濃厚でいてまろやか、それでいて力の漲る蜜だ。
これがただの蜜ではないのは鑑定でわかっていた。
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妖精の蜜【素材】 レア:★×5
妖精族が花から抽出して作り出す蜜。
妖精魔法という特別な魔法がないと作ることができない。
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メイベルから聞いても半信半疑だった妖精族の存在だが、
「これは、エルフの村御用達の妖精族が卸した妖精の蜜を、その村の友達に贈ってもらったものなんです。店の開店祝いにと」
「開店祝い? ってことは、結構前の蜜なのか?」
「はい。でも妖精の蜜は特別な製法で作られているため、少なくとも三〇年は痛むことがありません。ちなみに、スプーン一杯で金貨三枚はくだることがありません」
「金貨三枚? めっちゃ高いじゃないか。いいのか、そんな貴重なもん食べちまって!?」
「……それはいまさらですね」
いまさらか。そうだよな。食べてしまったものは仕方ないか。
今度、適当にアクセサリーとか金に換えれそうなものを渡すか。
「コーマ様、今の妖精蜜のお礼に高価な品物を渡そうとか考えないでくださいね」
「うっ、わかった。そうだよな、友達から貰ったアイテムを金に換えるみたいで嫌だよな。わかった、じゃあ今度代わりに俺が美味しいお菓子でも作って差し入れをするよ」
「そういう意味じゃないんですけどね。でもコーマ様の作ったお菓子でしたらきっと皆喜ぶと思います」
そうだよな。
レモネの奴も頑張ってるみたいで、名前が似ているからという理由でレモンパイを作って食べさせてやったらめっちゃ喜んでいた。
その後、喜びのあまり残りのレモンパイを落としてしまい、拾って食べようとしたが、取り上げて処分した。
スタッフが美味しく食べるのも重要だが、健康被害は怖いもんね。
レモネの奴は涙目になっていたけど。
「それで、この妖精の蜜を作る妖精族がこの町にいるって本当なのか?」
「妖精族のほとんどは多くの資産家の家に軟禁状態なんです。無事なのは、先ほど言っていたエルフの村に蜜を卸しにくる子とその妹くらいだそうです」
「そんなんじゃ絶滅しそうだな」
「あ、いえ、妖精族は不老で、死んでもその力は星に返り、花の蕾の中から生き返るそうです。だから、捕まっている妖精も、長い人生、いえ、妖精生の中でのバカンス気分なんだそうですよ?」
妖精生って……変な響きだな。
そうか、長い人生の中での囚われ生活というのはバカンス気分なのか。
……二七〇〇年生きているルシルにとって、俺との半年はどんなどういう感覚なんだろうか?
「その妖精族と一緒に住んでいる方に会うことになったんです……その方が、珍しい物を集めている好事家の方でして、前からフリマの武器を作っている人に会いたいと仰っていて」
「そうか。まぁ、メイベルの仕事の手伝いなら喜んで……」
「あ……あの、本当はコーマ様を紹介したくはないんです。だから、コーマ様が嫌なら仰ってください」
「……なぁ、メイベル、もしかして、俺を紹介して、その好事家が気に入るアイテムを俺が用意できたら、その妖精族と交換する、みたいに言われたんじゃないのか?」
俺の予想にメイベルは少し暗い表情になり、そして小さく頷いた。
「私は奴隷だったころ、それでもいつかはこの店で働くことを夢見て勉強してきました。ですから、コーマ様に買われて幸せでした。こんな幸せでいいのかと思いました。ですから、私はこの町、この町周辺の奴隷商の皆さんと協力して、私のように多くの奴隷に幸せになってほしいと、人材育成の施設を作りました」
メイベルは俺を見て言った。
「コーマ様が私を助けて下さった。その輪を私が広げたい。笑われるかもしれませんが、私は世界中の本気で頑張る人に幸せになってほしいと心から思っています」
「それで……妖精族を助けたいと? 不遇な目にあってるのなら、奴隷も妖精族も関係ない、そう思ってるのか?」
俺が訊ねると、メイベルは俯いたまま自嘲気味に笑った。
「すみません、忘れてください。これは完全に私の我儘ですから」
「いいんじゃねぇか? 我儘上等。少なくとも、俺は多少我儘を言ってくれる女性のほうが好きだからよ」
俺は笑ってメイベルの頭にポンと手を置いた。
「上等じゃねぇか! その好事家がギャフンと言わせて、向こうから妖精族を手放したくなるようにしてやるよ!」




