世界の革命~後編~
ドンブリにお湯を注ぎ、三分待つ。
インスタントラーメンを余分に用意しておいてよかった。
そして、もう一つ、砂時計を取り出してひっくり返した。
「すみません、コーマ様、いただいてしまって」
「いや、いいよ。うん」
マユのことを忘れていた罪滅ぼしだ。
そして、最初に設定した砂時計が落ちた。
「よし、みんなは先に食べてくれ。でも、その前に――」
『いただきます』
合掌ののち、いただきます宣言。
これが今の食事のときの魔王軍のルールだ。
そして、俺以外の全員が箸を使ってラーメンをとって食べた。
啜るという行為はまだ不慣れだが、箸の使い方は全員上手くなったな。
特にクリスは、箸を使いはじめたのは最近だというのに、とてもきれいに扱えている。
剣術のたしなみのある奴は違うのか?
そして、皆はラーメンを食べ、無言で咀嚼の後、再度ラーメンを口に運んだ。
無言のままスープを飲む。
旨いのか?
それとも不味いのか?
答えはすぐに出た。
『はぁぁぁぁ』
幸せで、満足気な表情を浮かべる皆を見て、どうやら成功のようだと安堵した。
「とても美味しいです、コーマ様。このスープも旨みが凝縮されていて口に入れると同時にそれが広がるのがよくわかります」
とコメットちゃん。
「なんでお湯を注いだだけなのにこんな濃厚な味になるんですか……はぁ、箸が止まりません」
とクリス。
「お兄ちゃん、とっても美味しいよ!」
「コーマは魔王じゃなく料理人になったほうがいいんじゃないか?」
カリーヌとマネットからも高評価だ。
タラは無言で頷く。
そして、ウォータースライムを外して喋ることができないマユからは、
『とても美味しいです』
と喜びの感情とともに伝わってきた。
「……私はラーメンよりうどんのほうが好きなんだけどね」
ルシルはそんなことを言いながら、器用にラーメンをすすっていた。
麺からスープが跳ね、雫となって飛んだ。
ルシルも文句を言いながらもしっかり食べている。
彼女は本来食事をする必要がない。
そんな彼女が箸を止めないという子とは旨いということだろう。
ぐぅぅぅ
俺の腹の虫がなった。
皆に三分待つように言ったため、待たないといけないよな。
砂時計が完全に落ちた。
「いただきます!」
俺はそう言って、箸をスープにつけた。
黄金色に輝くスープに浸された箸が麺を掴む。
ズルズルズル
音を立ててラーメンが口の中へと入ってきた。
その時だ。
強烈な味が口の中に溢れる。
鶏がら独特の風味、スパイスの刺激、そして醤油の塩加減に脂のこってりした味。
旨い。
旨すぎる。
こんなのがインスタントラーメンでいいのか?
そう思ったが……なんだ、この不思議な感じ?
再度ラーメンを箸で掴む。
旨い。
文句のつけようがない。
なのに、この言い知れぬ不安はなんだ?
「まぁまぁね。コーマ、また一カ月くらいしたらこのラーメン作ってね」
ルシルは結局スープまで飲み終え、そう俺に頼んだ。
「え?」
思いもしないルシルの称賛の声。
ただし、その思いもしないとは、悪い意味でだ。
「私も、そのくらいしたら食べたいですね」
「その時は私もお手伝いしますね」
「コーマお兄ちゃん、今度はルシルお姉ちゃんの言っていたおうどんを作ってね」
皆が次々と語りだす中、俺は手元のラーメンの入ったドンブリを見つめた。
……これは失敗か。
※※※
ラビスシティーで一番人気のラーメン屋。
俺はそこに訪れた。
「おい、準備中だぞ……ってなんだ、コーマか」
準備中と言う割には、店屋のおやじは笑いながら俺におしぼりと水の入ったグラスを出してくれた。
額に汗を浮かべ、寸胴鍋をかき混ぜるこの男は、コーリーになっていた俺からレシピを受け取り、最初にラーメン屋をはじめた男だ。
「また、そこそこ不味い汁麺を食いに来てやったぞ」
ラーメンはこの世界では汁麺と呼ばれている。
「がはは、そうか。うちの汁麺を不味いというのはお前くらいなもんだ。今日もアドバイス頼むぜ」
「……あぁ」
店のおやじは麺を茹で、湯きりをし、タレとスープを入れて麺、叉焼、半熟煮卵を乗せた。
ちなみに、湯きり用のザルや寸胴鍋は俺が店のおやじに作ってやった特注品だ。
「はいよ、ラビス汁麺お待ち!」
醤油ラーメンだ。
醤油は本来はまだこの世界で製法が確率されていない品なのだが、アイテムクリエイトで作成し、フリマで販売されている。
醤油の製法はすでにフリマを通じて一部の業者に流れているので、数年後には醤油蔵ができるだろう。
「どうだ? うまいか?」
「……まぁまぁだな。麺の太さが前より揃ってるから硬さが均一になっている。でも、スープを変えたのか?」
「おうよ、今日はお前をぎゃふんと言わせるために試しに竜骨で作ってみたんだ」
「おいおい、醤油とんこつならぬ醤油竜骨かよ。てか、俺を実験台にするな」
醤油とんこつのレシピなんて教えていないぞ。
「どうだ? 旨いだろ」
「はぁ、竜骨って味が濃すぎるよな。猪の骨でも使ってみたらどうだ?」
「猪の骨? ほぉ、そいつは面白そうだ。今度試させてもらうぜ」
「あぁ……本当にそこそこの味だな」
「にしてはお前、最近三日に一度はうちに来てるだろ?」
「まぁな……なんというか、飽きない味だよな、ここのラーメン」
「だろ? 中には毎日くる客もいるくらいだぞ」
そうだ。ラーメンは大衆用の食事。
一度食べたら次は一カ月後でいいなんてものはラーメンとは呼べない。
まったく……料理スキルをもってしてもとんだ失敗作ができたもんだ。
あんな失敗作を作っておいて、正しいラーメンを広めようとか息巻いていた俺を殴ってやりたい。
「おっさん、汁麺って奥が深いな」
「だろ? だから楽しいんだよ、汁麺作りって奴は」
ニッと笑い、おやじは寸胴鍋をかき混ぜ続けた。
そして、俺の顏を見ずに言う。
「またこいよ、コーマ。今度は絶対に旨いって言わせてやるからよ」
「あぁ、また来るよ」
そう言って、俺は汁麺の代金を置いて店の裏口から出て言った。
表側に回ると、開店二時間前だというのにもう列ができはじめていた。
今日もこの汁麺屋は大繁盛のようだ。




