学校懇談
~登場人物おさらい~
アン
孤児院で暮らしていた小さな女の子。
目が見えなかったがコーマに、薬で治してもらう。
以後、コーマのことを勇者のお兄ちゃんと慕うようになる。
今は学校に通っている。
クルト
アンの兄。アンを守るため父を刺し殺し、犯罪奴隷になった。だが、錬金術の才能があると見出したコーマに買われ、無理やり錬金術の才能を開花させられた。
そして、その力で蒼の迷宮の地下にある町に蔓延していた呪いからひとびとを救い、その功績で、恩赦が与えられ、奴隷から解放。妹のアンとともにフリマの隣の工房で暮らす。
「学校懇談に俺も来てほしい?」
錬金術の弟子であるクルトからのはじめてと言ってもいい頼み事は、そんなものだった。
時間はフリマの終了後。
珍しい金属を買い付けたと聞き、メイベルのもとに訪れ、その金属がアルミニウムだったと知り、確かにこの世界では珍しい金属ではあるけれど、俺なら鉱石さえあれば簡単にアイテムクリエイトで作れるからなぁと落胆していた時のことだった。
クルトが、俺が来ていると知り、俺に頼んだのだ。
「師匠、アンの学校懇談に代わりに来てもらえませんか?」
と、まるで保護者のようなことを言われた。
俺――火神光磨(17)にとって、三者懇談となれば俺も参加するのだが。普通の学校懇談とは一年前までは親と先生がするものである。
まさか、たった一年で立場がこうも入れ替わるとは思ってもしなかった。
「それならメイベルに頼んだらどうだ? 前は違ったけど、今の後見人はあいつだろ?」
「あの、師匠は御存知ないかと思いますが、メイベル店長が学校に行けば、大混乱になりますよ。アンの通っている学校の運営資金の何割かは寄付金らしいんですが、今年に限って言えばフリーマーケットから多額の寄付が流れているそうで、その寄付金というのが学校の運営資金の数年分みたいなんですよ」
「うわ、そこまで聞けばたしかにメイベルには行かせられないな」
自動車の部品工場に、自動車メーカーの会長が視察に行くようなものだ。
そんな状態でまともに視察ができるわけない。
メイベルが学校に行ったら、先生がおべっかしか言わなくなるどころか、下手すればアンちゃんとほとんど関わりもない校長先生とかまで出てきてメイベルを最大限におもてなしするかもしれない。
そんなことになったらまともな懇談はできないだろう。
「でも、僕ひとりで行くのはちょっと不安で」
「仕方ないな……じゃあ行ってやるか」
俺も他校の校長をしている。
この町の学校について知るのも悪くない。
もしも学校の環境が悪かったら、アンちゃんをアークラーンのスウィートポテト学園に編入させることもやぶさかではない。
※※※
ということで、学校懇談の日がやってきた。
アンの通っている学校――ラビス学校の生徒の数は全員で120人、そのうち24人の懇談が今日行われる。
8クラスに分かれているため、ひとクラス3人の懇談だ。
学校は、平屋の建物であり、教室と実習室、そして中庭がある程度の少し大きな建物という感じだ。
カリキュラムは語学・算術・歴史・商学・魔物学・魔法学の中から、その生徒に合った(というよりかは保護者の希望の)ものを組まれるそうだ。
先生の数は30人、つまり4人に1人の先生が付く計算になる。
各科目の専門家であり、授業のない日は自分の仕事をしたり研究をしたりする、パートタイマー教師がほとんどらしい。
錬金術や鍛冶といった、スキルがないと覚えられない事を学ぶカリキュラムがない。
「冒険者が多いなら、てっきり剣術とかを学ぶこともあると思っていたが」
「剣術を学ぶなら学校ではなくて道場に行きますからね」
「あぁ、道場ってのもあるのか」
なんて話しながら、俺は約束の時間に、アンちゃんの教室に着いた。
すると、思いもよらぬ人物が教室の前で待っていた。
アンちゃんだ。
「お兄ちゃん、勇者のお兄ちゃん、待ってたの」
トテトテと、アンちゃんが小走りでこちらに来た。
「アン? 家に帰ったんじゃなかったの?」
「ううん、待ってたの。一緒に帰りたいの」
そうか。クルトのことを待っていたのか。
「アンちゃん、懇談は三十分くらいかかるそうだけど、その間大人しく待っていられる?」
「うん、待ってるの」
「そうか」
俺はアンちゃんの頭を優しく撫でる。
本当にこの子は癒しだなぁ。
「じゃあ、ちょっと先生と話してくるから、待っててね」
俺はそう言って手を振るアンちゃんに見送られ、教室の中に入った。
「アンさんのお兄様達ですね。どうぞお座りください」
出迎えたのは二十歳くらいのいかにも新任教師です、といった感じの男性教諭だ。
まぁ、俺よりかは年上なんだけど。
学校の教室は、日本でよくある持ち運び可能な椅子や机を並べるタイプであり、俺らのために用意されたであろう大きな机と椅子を除けばすべて小さい。
まるで小人の国に迷い込んだみたいだと思った。
俺とクルトが椅子に座ると、早速懇談がはじまった。
互いの挨拶をし、まずは学校での生活からはじまる。
「言葉に関しては、少し変わった語尾がついてしまうことはありますが問題ないですね。同年代の友達とも仲良く遊べています。ただ、上級生たちが時々訪れて……」
「まさか、イジメでもあるのか!?」
アンちゃんがもともと孤児であることを知られたのか?
それともクルトが元奴隷であることを知られたのか?
どちらもイジメの原因としてはあり得る。
くそっ、ちゃんと情報が漏れないようにクリスの勇者特権を駆使したはずなのに、ひとの口には戸を立てられないというのか。
「くそっ、すぐにアンちゃんの転校手続きを!」
「ま、待ってください! 当校にはイジメなどありません」
「師匠、落ち着いてください。先生、その上級生たちはアンに何をしたんですか?」
俺が取り乱したために、クルトが冷静に尋ねた。
返答いかんでは、俺の総力を持ってこの学校を潰さないといけない。そんなことを思いながら。
「上級生たちが、アンさんにおべっかを言っていくのです」
「「え?」」
思いもよらぬアプローチに、俺もクルトも意味がわからなかった。
「アンさんがフリーマーケットの店長であるメイベル様と懇意にしていることは周知の事実ですからね、メイベル様と繋がりを持ちたい、もしくは良く思われたいと思う商人の方が多いのです」
「そのために子供を利用する商人がいるってことか。でも、それはそれで少し問題だな」
「はい、最近では休み時間に下級生のクラスを訪れないように教員が見張りをしています」
ううん、まぁ、アンちゃんに危害が加わる心配は少ないわけか。
いや、出る杭は打たれるっていうからな。
やっぱりイジメの心配が。
「それに、アンさんに何か手を出すような勇気のある生徒はいませんよ。というのも、成績の話になるのですが」
「成績ですか」
クルトの顏色が少し悪くなる。
子供の頃からまともな教育を受けていないから心配だとクルトは言っていた。
「あの、家でどういった教育をなさっているのでしょうか?」
「すみません、正直、僕もまともな教育を受けていなくて、アンのしている算術もほとんど」
「い、いえ、逆です。成績が良すぎるんです。特に算術と商学についてはトップレベルです。それどころか、商学については上級生が解くような問題をスラスラと解き、時には我々教師が教わることもあるんですから」
そりゃそうだ。
メイベルやフリマのメンバーが、ことあるごとにアンに勉強を教えているんだから。
世界最高峰の英才教育だ。
「あと、先ほどの問題にもつながりますが、魔法学においても成績優秀どころの話ではありません。彼女は間違いなく1000万人に1人の天才です」
「え?」
「彼女は三属性持ちです」
この世界では、魔法を使える人というのは少ない。
100人にひとりくらいだ。
そして、持てる属性はひとりにつき一つというのが原則だ。
なかには二属性の魔法を持っている人もいるが、それこそ3万人にひとりくらい。
三属性となると、1000万人にひとりくらいしかないという。
ちなみに、ルシルは最初は、闇、氷、封印、回復の四属性持ちだった。
彼女みたいな例外を除けば、確かに三属性持ちは異常だろう。
……あぁ、俺がやりましたよ。
水魔法、光魔法、雷魔法。
比較的余っていた魔法書をアンちゃんに使ってもらった。
護身用に。
「水魔法を使えることは、多くの生徒が知っています。先月の水不足の時に飲み水が不足したとき、アンさんが水魔法を使ったので、多くの生徒がそれを目撃しています」
あぁ、アンちゃんを苛める勇気のある生徒がいるわけないといったのはこれが原因か。
確かに、魔術師は武器を持っていなくても、その口を開くことができるだけで相手を攻撃できる。
そんな相手を苛めることなんてできるわけないか。
「三属性を持っていることは、今のところこの話は私を含め一部の人しか知りません。これが世間に知られたら、彼女は宮廷魔術師としてどこかの国から召喚される可能性もあります。お兄さんたちはそこも考えてください」
その後も、他の成績について、良いところばかり聞かされた。
それは、当初危惧していたメイベルへ気をつかってのおべっかではないのは、
「私も教師として働いてまだ二年目なので、彼女をどう扱えばいいのか、本当に困っているんです」
という最後の愚痴ともとれる一言でわかった。
※※※
学校からの帰り道。
俺の右手、クルトの左手がそれぞれアンちゃんの左手と右手を握り、三人で下校していた。
「ねぇ、アンちゃん。先生、アンのこととっても褒めてたよ。アンちゃんはいい子にしてるって」
俺がそう言うと、アンは「にへぇ」と、とても嬉しそうに笑った。
そして、妹が優秀すぎてあまり手放しで喜べない感じだったクルトだったが、
「アンは将来、何になりたいの?」
と訊ねた。アンは「うーん」と言って考えて、
「勇者のお兄ちゃんのお嫁さん」
と、とても嬉しいことを言ってくれた。
「そう言えば勇者のお兄ちゃんが喜ぶってファンシーお姉ちゃんが言ってた」
と、余計な事も言ってくれた。
まぁ、俺を喜ばせようとしているのなら悪い気分じゃないよな。
「師匠からお兄さんって呼ばれるのは嫌だな」
クルトが少し困った顔でそう呟いた。




