日本家屋
~前回のあらすじ~
忍に囲まれた。
シグレとサクヤ。追う者と追われる者。
ここでそのふたりの名前を出せば、何か反応を示す人がいると思った。
だが、殺意と警戒心を向けてきた者は周囲にいる人全員だった。
――殺意はあるのに悪意や敵対心はないって、やはり全員忍者なのか。
(コーマ様、私の力で石にしましょうか?)
メディナが囁くように呟いた。
(そんなことをしたらややこしいことになる)
まずはこちらの素性を伝えないといけないな。
「俺の名前は光磨! ラビスシティーから来た火神光磨だ! 以前、シグレと一緒にい草を取りに行ったことがある。その話を聞いている人間はいないか?」
俺がそう名乗りを上げると、周囲から殺意が和らいだ――気がした。
次に目的を告げる。
「この里を抜けたというサクヤとも俺は知り合いだ! 俺はシグレとサクヤ、両方の友達だ! だから、ふたりの殺し合いを見たくない。そのために、この町に来た。誰でもいい、責任者のところに案内してくれないか!」
俺が叫ぶ。どよめきも何も起こらない。
誰もが自分で考え、自分の役目を全うしようとしている。
恐ろしい集団だ。
できることなら敵にまわしたくない。
そう思っていたら、麦わら帽子を被った白いシャツを着ている白髪の老人が杖をついて現れた。
顔も皺だらけで目もほとんど閉じている。
だが、俺の診察スキルによると、この爺さんはただものではないことは手に取るようにわかった。
【HP4200/4200】
普通の人間のHPは二桁が関の山。俺のHPはようやく3万を少し超えたが、それは力の神薬というドーピング薬を飲んでいるからだ。
通常状態で、このHPは異常だ。
しかも、状態異常も何もない。年老いた動きも演技だろう。
「……コウマ殿御一行、ようこそカリアナへ。わしはこの国の長をしているグンジイと申します。長旅ご苦労でした。ラビスシティーからならさぞお疲れでしょう。わしの家へと案内しよう」
グンジイと名乗る爺さんはそう言うと、杖を脇にはさみ、手をパンパンと叩いた。
「ほら、皆のものは仕事に戻れ」
その声に、先ほどまでの警戒心も殺意も全てが無かったように、最初からそんなものなどなかったかのように消え、日常の風景がそこにあった。
それが逆に恐ろしい。
「ついてきなされ。コウマ殿達にはぜひカリアナ料理をご堪能していただきたい」
「カリアナ料理で、兵糧丸とか出さないでくれよな」
俺がそう言うと、グンジイは片目を大きく開き、こちらを見た。
「安心してくだされ。そのようなものはもうないわい」
「そうか……」
アイテムクリエイトでは作れるんだけど、正直、絶品という食べ物ではなかった。
まぁ、ルシル料理を食べている俺からしたら、命に係わるような食べ物以外なら全て美味しく食べきれるのだが。
「それにしても結構奥の方に行くんだな」
今度はこっちが警戒する番ってことかな?
何しろ、隠し扉、隠し階段など、普通では絶対に通れないような場所を通っているんだから。
「ワシの家は一般の人にはあまり見せていない場所でしてな」
「あまり見せない場所……まさか『そこがお前の墓場だ』なんてオチじゃないよな」
「カッカッカッ、そのような冗談は思いつきませんでしたな。今度試してみましょう」
グンジイは俺の言ったことをジョークだとでも思ったみたいに笑った。
絶対に試さないでくれ。試された人間は恐怖で舌を噛み切って自害するぞ。
そして、俺達がたどりついたのは、一軒の民家だった。
「……これだ、俺が見たかったのはこれなんだ」
石造りの壁、木造家屋だが屋根は瓦が敷かれている。
そして庭にはなんと松の木が生えていて、家の中には池までもがある。
縁側では三毛猫が昼寝をしていて、その鼻の上にモンシロチョウが止まった。猫は痒そうに前足で自分の鼻をかくとモンシロチョウは逃げて行った。
その風景はまさに日本。
日本の古い家だ。
これぞ日本家屋!
「これが真のカリアナ文化ですか……中々シンプルでいて奥が深い造りですね」
『見てください、コーマ様。池の中に変わった魚がいますよ』
「これは、真鯉か……」
庭の中の鯉といえば錦鯉のイメージがあるが、錦鯉が生まれたのは200年ほど前だ。
このあたりは、琵琶湖で鯉を釣る時に研究した。
ちなみに、琵琶湖にいる野ゴイという鯉は見た目は普通の真鯉と違いがあまりないのだが、実は日本固有の鯉であり絶滅危惧種でもある。当然、俺も釣り上げた時はちゃんと写真だけ撮ってリリースした。
と関係のない話になってしまったが、カリアナはそれよりも昔からこの世界にあるという。
錦鯉がいるはずはない。
「コウマ殿、こちらへどうぞ」
「あ、すみません」
俺は言われて、玄関へと向かった。
靴を脱ぎ、家の中に入る。
「あ、靴は脱ぐんだぞ」
後ろにいるメディナとマユに注意をする。
『畳の上と一緒ですね』
その通りだ。
「コウマ殿はカリアナの文化についてよくご存知のようで」
「……それについても話をしたい。とりあえず……」
俺はアイテムバッグに手を入れた。
そして、そこからとあるアイテムを取り出した。
「さっき米を買ったんだが、ご飯を炊きたい。土間があったら貸してもらいたいんだがいいか?」
「ご飯でしたら夕食にご用意いたしますよ」
「本当か? いやぁ、夕食まで世話になっていいのか?」
「ええ、もちろんです。自分の家と思ってお過ごしください」
グンジイは笑顔で言った。その言葉に悪意はないのだろう。
だが――
「……自分の家だと思ったら夕食時ほど寛げない時間はありませんよ」
俺は心から思ったことを呟くように言った。
なにしろ四日に一度はルシルの料理に襲われそうになるんだから。
案内された場所は畳の和室だった。
まるで旅館の一室みたいだ。
グンジイがお盆に湯呑を四つ持ってきて、三つを俺の前に置いた。
緑茶だ。緑茶が入っている。
茶屋で飲んだ抹茶も美味しかったが、飲みなれたお茶といえばやっぱりこっちかな。
といっても俺が日本で飲んでいた緑茶はペットボトルや缶のものがほとんどで、自宅ではほうじ茶だったけど。
お茶は少しぬるいが、とても美味しかった。
「あぁ……そうだそうだ。これ、つまらないものですが」
俺はアイテムバッグから、干し芋の詰め合わせを取り出した。
「西大陸の芋で作った干し芋です」
パリス芋を材料にして作っている。サクヤの好物のため、彼女に怒られたときに賄賂として贈ろうと思っていた。
「ほう、サクヤの好物ですな」
「ええ、彼女の好物です」
暫し無言が続き、グンジイは静かに尋ねた。
「サクヤは元気でしたかな?」
「ええ、元気にしていますよ。少なくともあと一週間は」
「一週間……ですか」
「……ええ、シグレが彼女を殺すそうです。一週間後」
そう、俺はサクヤとシグレのふたりを救うためにここに来た。
それは絶対に忘れてはいけない課題であり、本題であり、そして命題でもある。
「お茶、おかわりもらってもいいですか?」
とりあえず、話はもう一杯お茶を貰ってからにしよう。




