プロローグ
~前回のあらすじ~
クリスを捨て、ルシルを取った。
ダークシルド、アースチャイルド、フレアランド、そしてここアークラーン。
四カ国による同盟が終わって一週間が過ぎた。
結局、ルシルが神子だったとかそのあたりの話が宙ぶらりんになったままなので、調印の時にもう一度会おうと思っていたのだが、ちょうどその時、学校の交流会を兼ねた運動会をセッティングしてしまっていて、調印の場に行き損ねた。
いや、学校と調印、どっちが大事なんだ? って話だが、まぁ、自分で言いだしたうえ、学校ができてすぐに一週間以上何もしていなかったからいろいろと雑務も溜まっていたんだよ。
はぁ、はやく校長の座を誰かに譲りたい。
空が青いと気持ちがいい。普段は太陽の光の届かない地下深くに引きこもっているから尚更だ。
鍬を振るう腕にも力が入る。
遮るものもないため風も強く、ここで凧を飛ばせば天まで昇って行くだろうな。
汗を拭い、大空を見上げると、ちょうど鷲のような鳥が滑空しているのが目に映った。
その時、扉が開く音が聞こえ、俺は視線を落とす。
「校長先生、何してるの?」
入ってきたのは九歳くらいの男の子だった。
まだ最初の授業がはじまるまで一時間くらいある。もう学校に来ているのか?
この学校の生徒で、俺とは、食事を配給していた時からの付き合いだ。
あの時はボロ布を纏っているだけで、顔も泥だらけの子供だったが、今は学生寮で共同生活をしているため風呂にもきっちり入っているし、制服を着ているから、この世界の基準からしたらどこかのお坊ちゃんみたいに綺麗だ。
「こら、マルジュ、ここは立ち入り禁止だって言っただろ」
「いいじゃん、別に」
五歳のころからひとりで、家もなく金もない状態で暮らしていたマルジュにとって、国の法とは己を守るものではなく縛るものであった。こいつには、物を盗むのはいけないこと、と言い聞かせるのにどれだけ時間がかかったか、先生からも数多く報告が上がっていた問題児だ。
そんな彼も最近は法律と常識を身に付けてきていて、文字も書けるようになった。
ただ、「いいじゃん、別に」という口癖だけは抜けないようだ。
「畑を作ってるんだよ」
「え? でもここ学校の屋上だろ?」
そう、ここは学校の屋上だ。
学校の屋上に畑を作った。
「だから、学校の教材用だよ」
「でも、校長先生、ここを卒業したら、学者とか錬金術師とか会社っていうんだっけ? そういう奴の経営者になれるって言ってたじゃない。農家なんて学校に行かない奴らがすることだろ?」
「……はぁ」
俺は嘆息し、マルジュを見た。
「お前はその質問をさも当たり前のように言っているが、錬金術師にしろ学者にしろ会社の経営者にしろ、俺達の生活ってのはその農家の人たちが作った野菜や穀物を食べて生きているんだ。それをわからない奴が社会に出て政治家にでもなってみろ。ろくな国にならないぞ」
上に立とうとする政治家は絶対にろくなものになれない。政治家という人間は、農家の人や社会に貢献する多くの人を支えようとしないといけない。俺はそう思うよ。
「……よくわかんないや」
「わからないのなら、手伝え」
「えぇぇ」
「立ち入り禁止の屋上に入った罰だ。手伝わないのなら給食のおかわりを一週間禁止にするぞ」
「うわ、それは嫌だ! わかった、手伝うよ!」
俺が出した鍬を握り、マルジュが畑を耕す。
そして、僅か十分で音をあげそうになるが、
「いいか? お前の言っていた学校も行っていない農家の子供ってのは、だいたいお前くらいの年になったらこうやって畑を耕しているんだよ。朝日が昇ると同時にな。そうして作られた果物。そして、穀物を俺達は食べているんだ」
「……学校に来てよかった?」
俺の言いたいことをまだ半分も理解していないマルジュがそう言って尋ねた。
「あぁ、お前は運がいい。だが、いや、だからこそ感謝を忘れるな。農家の人がいなかったら俺達は美味しいパンを食べられないんだからな」
俺も魔王城で作られた小麦を使う時はコメットちゃんとタラにいつも感謝している。
その小麦を使って魔物を生み出すルシルにはいつも悩まされているが。
「もう行っていいぞ。あとは俺がするから」
「ううん、もう少し手伝うよ」
マルジュはそう言って鍬を振るった。
……少しはわかってくれたかな?
そう思ったら、
「こら、マルジュ! あんた寮の掃除当番サボったでしょ! 寮長がカンカンよ!」
と言って一人の女子生徒が入ってきた。10歳くらいの茶色いおさげ髪の女の子だ。
頬のそばかすがかわいらしい。
マルジュはその女子生徒を見ると俺に鍬を押し付け、
「やば! じゃあな、校長先生! また手伝うよ」
と手を振って、彼は学校の壁を伝って下へと降りて行った。
「こっちを手伝う余裕があるのなら寮の掃除をさぼるなよ、マルジュ! あと危ないから壁伝いに降りるな!」
果たして俺の声が届いたのか、屋上の端まで走って行ったお下げ髪の女の子は悔しそうに地上を見下ろす。
「校長先生! もしもマルジュが戻ってきたら学生寮まで連行してください!」
「……委員長、今朝も大変だな」
ちなみに、委員長というのは、俺が勝手に呼んでいる彼女の仇名だ。第一印象で決めたのだが、実際に学級委員長を勤めているというのだから、名は体を表すとはよくいったものだ。いや、この場合は見た目から入ったから、体は名を表すってことになるのか? ちなみに、彼女の名前はカリエルナだ。
マルジュと委員長、ふたりの追いかけっこはこの学校ではもはや定番となっている。
ちなみに、委員長は戦争孤児だ。委員長のお母さんは彼女を産んですぐに他界、そして男手ひとりで育てた彼女の父親も戦争時に彼女を置いてウィンドポーン側の国境砦に赴き、帰らぬ人となったそうだ。
ちなみに、彼女は既に初等教育のカリキュラムの大半を終えている秀才で、来年からは中等教育か専門教育に移行することになるだろう。
「あと、マルジュにも言ったが、ここは立ち入り禁止だ。看板は見えなかったか?」
「あ……すみません! 失礼しました!」
委員長は自分がしたことに改めて気付き、大きく頭を下げた。見事なまでに90度に曲がっている。
「いいよ、別に。ほら、そろそろ学生会議の時間だろ? 行ってこい」
「失礼します」
委員長はそう言って、俺に頭を下げて出ていった。
今日も平和だなぁ。
そうだ、将来は委員長に校長の椅子を譲ろう。
生真面目な彼女ならきっとうまいことやってくれるだろう。
そう思ったら心のつっかえも一気に取れた。
本当に平和だ。
そう思っていたら、今度はスーツ姿(ちなみに、スーツは教員全員に俺から支給している)の黒髪の美女が現れた。シグレだ。
「コウマ殿、ここにおられたのか」
「おぉ、シグレか。あぁ、俺は今、平和を噛みしめているんだ。何の用だ?」
「一週間後、シルフィア様がシングリド砦に慰問に赴くそうです」
「あぁ、言っていたな。戦争であの砦の兵が一番活躍したからな、ザッカ将軍をはじめシングリド砦の兵たちに直接褒章を渡すそうだ。それがどうした?」
俺は行かないぞ。あいつらに会ったら、絶対に料理を作ってくれって煩そうだし。
「あ、そうか。お前も干し芋好きなんだよな。わかったよ、じゃあシルフィアに頼んで芋を持って帰ってきてもらうよ。それで干し芋を作るわ」
「いえ、そうではありません。その日、サクヤを殺そうと思います」
…………はい?
決意に満ちたシグレの眼差しに、俺は言葉を失った。




