レモネの活躍その2
~前回のあらすじ~
帳簿調査開始。
レモネが帳簿をペラペラと捲って閉じた。
そして、次の一冊をペラペラと捲る。次の一冊も、次の一冊も、その次の一冊も彼女はただ本を捲っては閉じるを繰り返した。
何をしているのかまったくわからない。
それは俺だけではなく、ムサビも同様のようだ。
そして、三十冊を読み終えたとき、レモネは急に順番に読んでいたのに、急にトビトビに何かを探すように本を選び読み始めた。それらも一瞬で捲る。そして、レモネが口を開いた。
「ムサビさん、少しよろしいですか?」
レモネは元店長を呼び、
「ここの香辛料なんですが、このキシメールさんが担当なさったときだけ腐敗による廃棄率が異常に高いですよね?」
「え、そうなのですか?」
「はい、他の方が担当なさるときは廃棄率が1.3%なのに、彼が担当したときは6.2%です。商品を横流ししている可能性があります。証拠となる情報はないのですが、キシメールさんと仲のいい人から、彼が給料に見合った生活をしているかどうか調査をお願いします」
「か、かしこまりました!」
「あと、岩塩の値段ですが、一箱あたり銀貨90枚となっていますが、この商品は東大陸で大量生産が可能になり、卸値は従来の三分の二にまで下がっていますが、値段がそのままになっています。きっちり交渉してください。次にこの商品ですが、この値段での入荷はありえません。あとで一箱運んで持ってきてください、粗悪品である恐れがあります。あと薬草の売値ですが――」
「少々お待ち下さい! 今、担当の者を呼んでまいります」
ムサビは焦り、部屋を出て階段を上がって行った。
そして、俺とクリス、そしてレモネが残されたわけだが、
「レ、レモネ、お前、今の一瞬で帳簿を全部確認したのか?」
「はい、そうですが?」
彼女は不思議そうに訊ねた。
まるで、一瞬で帳簿を確認できるのが全員可能な技術であると思っているようだ。
「嘘だろ?」
お前って、ドジ要員じゃなかったのか?
「このくらいできないとフリーマーケットで従業員は務まりませんよ」
「……マジで? あそこって魔人の巣窟なのか?」
確かに、メイベルは凄いのは理解している。
クルトも錬金術師としての腕は一流の域からさらに抜け出たそうだし、ザードも最近、元師匠のドワーフから免許皆伝の証を貰ったとメイベルから聞いた。
だが、他の従業員は、ただ可愛いだけの女の子だと思っていたのに、全員化け物だったのか?
「魔人って……そんなことはありませんよ。ただ、リーさんは人の身のこなしを見て、何を探しているかがわかるだけでなく、万引き目的の客かどうかも判断できますし、ファンシーさんは交渉の達人で従来の半値で買い取りを行ったり、誰にも卸さない身内だけで使用するような商品を卸してもらったりしています。シュシュさんは未来予知に近い流行り廃りを予測して、商品の入荷をしています。本当に、彼女が流行を作っているのではないかと思うくらいですよ。メイベル店長の話も聞きますか?」
帳簿のチェックをしながら、レモネは俺に訊ねた。
「いや、メイベルが凄いのは俺もよくわかってるから」
そもそも、そんな化け物を見つけ出したのか育て上げたのかは知らないが従業員として雇っているだけで十分に化け物だ。もしもメイベルが魔王だったら商売だけで世界征服をしているんじゃないだろうか?
ここに俺がいても邪魔にしかならないだろう。
使われていないテーブルの上にテーブルクロスを敷き、ある準備をしていった。
その後、担当者の女性が来たので、レモネは次々に指示を出していく。
その指示に、ある者は驚き、納得し、時には疑問を投げかけるとレモネは丁寧に説明した。
ドジっ子レモネはここにはいない。
「それだけ優秀なら独立しようとか考えないのか?」
「私達全員が奴隷だったというのはコーマ様も御存知ですよね?」
「あぁ、メイベルに買われたんだったよな?」
「そのメイベル店長も奴隷です。ある日、メイベル店長がオーナーから自由を貰いました。店の資金とともに。メイベル店長は、そのお金の金額を言って、私達に訊ねたんです。このお金はオーナーのものであると同時に、私達全員で稼いだお金でもあるからと。だから、もしもこの店で働くよりも自分の店を持ちたい、もしくはもう働きたくないという人がいるのなら、金貨2万枚を退職金として渡すと」
「……金貨2万枚って、退職金って金額じゃないだろ」
「ふふ、ですよね。でも、私達は全員それを断りました。私達は何一つオーナーに恩返しできていません。一度も会ったこともないオーナーですけど、いつかそのオーナーが万が一困ったとき、手助けができるように私達が努力しないといけない。全員一致の意見でした」
レモネは帳簿を閉じ、
「まぁ、今でも何もできていないんですけどね。私はドジばかりで皆さんの足を引っ張って、帳簿の確認くらいしかできないんですから」
そう言って自嘲した。
「そんなことないさ――レモネは絶対にそのオーナーの役に立ってるよ」
「そうでしょうか……そうだととても嬉しいです」
レモネは新たな帳簿を確認しながら笑顔で言った。
彼女の作業は本当に徹夜になるだろう。
「あぁ、じゃあ、俺はここで寝てるから、クリスは帰っていいぞ」
俺はアイテムバッグからソファを取り出して横になることにした。
もう夜だろうし、眠たい。
「え、コーマさん、ここで寝るんですか?」
「あぁ、クリスも一緒に寝るか?」
「寝ません!」
クリスはそう言い切って帰って行った。
睡眠代替薬を取り出してレモネに飲ませ、俺は寝ることに。
「レモネ、気になるなら言ってくれよ。できるだけ気配を消すから」
「いいえ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
レモネは俺がいても気にならないようで作業を進めた。
三分後、本棚を倒しそうになり、書類をレモネが全部ぶちまけるまではゆっくり休めた。
俺がいなかったら、彼女は本棚の下敷きになってたぞ……本当に大丈夫だろうか?
さらに三時間が経過したころ。
ひとりの三十歳くらいの痩せた男が入ってきた。
ティーポットとパンの入ったバスケット、そしてティーカップを持ってきている。
「レモネ様、紅茶とお夜食をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます。ちょうどお腹がすいていたんですよ」
休憩しようとするレモネだったが、俺が起き上がり、先に紅茶とパンを見た。
ティーポットの蓋をあけて中身を鑑定した。
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毒茶【料理】 レア:★★
毒入りの紅茶。致死量の毒が混入されている。
飲めば三十分後、あの世への片道切符が手に入る。
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やっぱり来たか。
「おい、あんた、この紅茶を飲んでみろ」
「え?」
「毒の入っている紅茶を飲んでみろって言ったんだ」
俺がそう言うと、男は急に態度を豹変させ、隠していたナイフを取り出した。
が、俺に敵う訳ないだろ。
俺は即座に男を取り押さえた。
「プロじゃない……ってことは、お前、キシメールか?」
「お前らが悪い! お前らが余計な事をしなければ全部うまくいってたんだ! くそっ!」
キシメールが叫び声をあげた。
俺とレモネが悪いって、一番悪いのは横流ししたお前だろうが。
「とりあえず、毒を食わされる気持ち、お前に味わわせてやるよ」
俺はそう言って、アイテムバッグから未だに手つかずのルシル料理――蛇に似た何かをキシメールの口の中に突っ込んだ。悲鳴を上げて全身紫色になって気を失った。
「あの、コーマ様、大丈夫ですか?」
「……大丈夫じゃないかも」
蛇の尻尾から胴体はキシメールの中に入っているが、その口は俺の指に噛みついていた。
全身に毒がまわり、俺もあと一時間解毒ポーションを飲むのが遅れたらこの世を去っていただろう。キシメールは幸い石化症状のため命に別状はなかった。
ちなみに、キシメールの持ってきた毒茶、試しに飲んでみて診断スキルを自分に使ってみたが、何の異常にもならなかった。毒の免疫が完全に身についているようだ。
そして、俺は目を覚ましたキシメールにこう尋ねた。
「お前、誰に俺達を殺すように頼まれた?」




