思わぬ抜擢
~前回のあらすじ~
クリスの借金を返すためにフリマに行った。
メイベルとの久しぶりの再会に、俺はリラックスしていた。
彼女の出してくれるハッカ茶の旨さは、コメットちゃんの淹れてくれたそれと比肩する旨さだ。
はぁ、幸せだな。メイベルのような女の子と結婚できたら幸せだと思う。
とはいえ、魔王であることを隠している俺は彼女に告白することなんてできないんだけどな。
「いままで連絡取れなくて悪かったな。あ、そうだ。メイベル、俺の通信イヤリング壊れちまってな。これが、新しい通信イヤリングだ」
俺は アイテムバッグから通信イヤリングを取り出し、
「あぁ、でももう店のオーナーと店長という関係じゃないんだし、別にいらないか――」
そう言って戻そうとしたが、するりとメイベルの手が伸びて来て、通信イヤリングを手に取る。
「何かあったときのために必要ですよ」
と言って彼女は自分の耳に通信イヤリングをつけた。
「それと、コーマ様、コメットちゃんのことですが」
「……悪い、伝えられなかった。事情が事情なだけにな」
「たしかに、コボルトと融合したなど、私も他の皆には話せません。でも、私には話してほしかったです」
メイベルがふてくされた仕草で言う。
「悪いな、いろいろと事情があって……それと、メイベルに頼みがあって」
「はい、私にできることなら何でも仰ってください」
何でも……か。
でも、さすがに金貨5万枚はぱっと出せるような金額ではない。
日本円に換算したら、おそらく500億円相当。
そんなお金、ぱっと用意できるものじゃない。
せめて金貨1万枚あれば家と私財を全て投げ出せば店の負債はなくなる。
もしもその1万枚が返せない場合、仕入れをしている店への支払いが滞り、連鎖倒産が起こり得るとクリスとレイシアは言っていた。
ただ、今月中にお金を用意したらいいというのなら、俺のアイテムを売ればなんとかなる。
最悪、本当に最悪、力の霊薬をメイベル経由で売ってもらえればなんとかなるんじゃないか?
そう思って、俺は話を切り出した。
「お金を……金貨5万枚を用意できないだろうか?」
「はい、かしこまりました」
「無理なら金貨1万枚だけでもいいんだ」
「いえ、金貨5万枚用意しますよ?」
「もちろん代わりになるアイテムを……え?」
え?
金貨5万枚をそんなにあっさりと?
「メイベル、銀貨と間違えていないか? いや、銀貨5万枚でも大金だけど、金貨だぞ?」
「コーマ様が私にこの店をお譲りくださったときの預金残高、お忘れですか?」
呆れた口調でメイベルが訊ねてきた。
……覚えていない。
「金貨500枚くらい?」
5億円くらいあったっけ?
そう思って俺は訊ねた。
「金貨10万枚です!」
え? そんなにあったっけ?
あぁ、お金はあまり必要としていなかったから固執してなかったが。
「しかもそのお金はほぼ手つかずで残っていますよ。だから、このお金は本来コーマ様のお金ですからどう使おうが自由ですよ」
「……今すぐ貯金を卸せる?」
「冒険者ギルドに言えば時間はかかりますが用意できます」
今月中には用意できるのか。
それは助かる。
「ところで、差し出がましい話ですが、何に使われるのですか?」
「あぁ、ちょっとクリスの実家がな……」
俺はメイベルに事情を話した。クリスの実家の話、エリザさんのこと、レイシアのこと、戦争のことなどを。
「きな臭いですね」
「あぁ、俺もディードって奴は怪しいと思っているんだが」
「いえ、怪しいのはそのお店の店長さんのほうです。例えエリザさんから指示があったとはいえ、店が潰れるほどの戦争援助、本当に資金援助していいのかお伺いを立てるはずです」
「……言われてみればそうだよな」
「もしかしたら、そのディードさんという人から裏で援助、そうですね、例えば提供した戦争資金の何割かをキックバックしてもらったのかもしれません。そのような方が店長だとするのなら、ここで資金援助してもまた何かあるか……」
メイベルが考えるように呟く。
なるほど、ただのエリザさんのドジだけが原因じゃないということか。
もしかしたら、エリザさんは本当に店の経営に支障が出ない程度の資金援助をするように指示を出していたのかもしれない。
その時、扉がノックされた。
メイベルが「どうぞ」と言うと、レモネが入ってきた。
「メイベル様、コーマ様、コーヒーをお持ちしました」
トレイには並々に注がれたコーヒーが……これはまずい。
「あ、ハッカ茶の用意をしていたので――きゃっ」
ここでレモネの特技、なにもないところで転ぶが発動。
だが、こうなることを予測していた俺はアイテムバッグから取り出したただの布きれでメイベルと自分の身を守った。
おかげでコーヒーがかからずに済む……はずだった。
だが、宙を舞ったのはコーヒーだけではなかった。
彼女の持っていたトレイが天井にぶつかり、俺の頭に直撃した。
「すみません、すみません、すみません」
「あ……あぁ、悪いがこれを洗濯しておいてくれ」
コーヒーで濡れた布を差し出す。
「わ、わかりました! すぐに洗ってきます」
布を受け取ろうとしたレモネは慌ててかけより、コーヒーで濡れた床に滑って盛大に転ぶ。
今度は何も持ってはいなかったが、尻もちをついて倒れたため……白いパンツが丸見えになっていた。
ドジっ子の鏡のような彼女だ。
「そうですね、コーマ様。彼女にクリスさんの実家のお店のアドバイザー、できることなら店長になってもらいましょう」
「……レモネに店長?」
もしかして、メイベルはクリスのことが大嫌いなのだろうか?
思わぬ人材抜擢に俺はそう邪推してしまった。




