ルシルのパン
~前回のあらすじ~
クリスと再会した。
魔王といえば、あれだよな。
「よくぞここまで来た勇者よ。おのれのはらわたを食い尽くし、二度と蘇らないようにしてくれるわ!」
とか言って勇者と死闘を繰り広げたあげく、倒されそうになったら、
「これは仮の姿。私は後二回変身を残しています」
とかなんとかずるいことを言って変身し、勇者を苦しめるんだが、最終的にはやっぱり勇者には勝てず、
「ぐはっ、やられた。だが、覚えておくがいい。光あるところに闇があるように、いつかきっと……ぐふっ」
と散っていくあれのことか?
いやいやいやいやいやいや。
流石にチートな力があるけれど、魔王なんてことはないだろ。
「なぁ、コメット、俺が魔王なんてそんなバカなことは――」
「はい! コーマ様がバカだなんてそんなことはありません! 立派な魔王です!」
「えぇぇぇっ!?」
俺ってマジで魔王!?
「コーマさんどうしたんですか?」
「クリス様、実は、コーマ様は記憶を失っているようなんです」
「え? コーマさん記憶が無いんですか!? 私の事も何も覚えてないんですか!?」
「あぁ、悪い、本当に何も覚えていないんだ」
「じゃあ、コーマさんが私に借りた金貨10枚の事も?」
「そうだなぁ……例えばこういうものならあるんだが」
俺はそう言うと、一枚の契約書を取り出した。
そこには、クリスが借りている借金の総額が書かれている。
「うっ」
「いや、ちょっと前にクリスに関するアイテムがないかなっと調べたらこんなものが出てきたんだが」
記憶喪失あるあるを実行しようとしたクリスの化けの皮が一瞬で剥がれた。
「あぁ、でも、コーマさん、私の借金を無効にしてくれるって」
「記憶にございません」
「本当に、本当に記憶喪失なんですかっ!?」
本当に記憶喪失ですよ、はい。
なんだろう、クリスをからかうのが面白い。
というか自然と言葉が出てくる。
これはあれか、俺が魔王だから勇者をバカにするのが楽しいということなのか?
「んー、一瞬でもクリスにときめいた俺がバカだったわ。いや、むしろメディナがクリスに化けていたせいでクリスのバカな部分が消されて惚れちまったのかもしれないな。無駄に容姿だけはいいんだもんな、お前」
「え? 私って美人ですか!? コーマさんに褒められたのはじめてです」
クリスが嬉しそうに笑った。その数十倍はバカにしてるんだが、気付いていないのだろうか?
それともバカにされることは日常茶飯事で気にしないのだろうか?
「……はぁ……それで、クリスって勇者なんだろ? なんで魔王の俺と仲がいいんだよ」
「んー、コーマさんは悪い人ではありませんから」
「悪い人じゃないって、魔王だぞ?」
「私も昔は魔王と悪を一緒にすることもありましたけど、勇者だって悪い人はいますし、ほら、ユーリ様なんて勇者でありながら魔王なんですから」
「ほらって言われても、俺、ユーリが誰かなんて知らないし」
「正確には、ユーリ様を影で操っているルルちゃんが魔王なんですけどね」
「それは確かに魔王だ!」
何それ、勇者を裏で操る魔王って最強じゃん!?
風邪薬のような名前をしていながらどんな化け物だよ、そいつ。
そう思いながらも、俺が悪い人じゃないという言葉に安堵した。
魔王だからといって悪人ではない……か。
なんとなくだが、クリスが勇者である理由が少しだけわかった気がする。
俺がクリスの従者であり続けた理由も、もしかしたらそこにあったのかもしれない。
「そういえば、クリスはメデューサの復活を止めるためにここに来たって聞いたんだけど、何してるんだ?」
「あ、ええと、メディナさんが復活しちゃったんですけどね、そうしたらメディナさんがそれほど悪い人じゃないってわかったんです」
「あぁ、そんな感じだよな」
俺はメディナの蛇を握りながら言う。
「確認したら目隠しをほどいてください」
「あぁ、悪い。コメット、頼む」
俺はメディナをコメットに任せ、話の続きを聞くことにした。
「メディナさんは占いが得意でして、ルシルちゃんはメディナさんにコーマさんとどこに行けば会えるか占ってもらう予定だったんですよ。そうしたら、今日、この日にコーマさんがここに来ることがわかって、それならと待つ予定だったんですが、一ヶ月後にコーマさん来るならと、ルシルちゃんが料理の練習をはじめて、とても危ないことになったんです。その時にダークエルフの皆さんが襲ってきたので、このままだと料理に食べられてしまうということで、メディナさんに皆さんを石化してもらって――ルシルちゃんに料理をやめるように言ったんですが何度も何度も料理を作って――そのたびに私が捕まえてきた森の魔獣が死んだり石化したり縮んだりして――放っておいたら避難しているダークエルフの人達まで大変なことになりますから」
森の魔獣がいないのはこいつらのせいか。
「それで、ついさっき、コーマさんの気配を感じ取ったのか、料理が逃げ出したんです」
「……で、そのルシルは?」
「ルシルちゃんでしたら、今も中で――」
「できたわ!」
そう言って出てきたのは――エプロン姿の女性。
銀色の長いツインテール、謙虚すぎる胸、血のような赤い瞳。
そう、ルシルだ。
俺が琵琶湖で見たときのルシルがそこにいた。
「コーマ! 来たのね! ちょうどよかったわ! できたの! できたのよ! 私の渾身の一品! やっぱりコーマに食べてもらおうと思って――」
ミトンを手に嵌めて持っている鉄のプレートの上にはパンが乗っていた。
うねうねと動いている。
「パンは鮮度が命よ! 食べて!」
「い、いや、鮮度が命って、そんなこと言われても――」
その時、パンが俺めがけて跳んできた。
避けろ!
咄嗟にそう思った時、
【いままでサンキューな!】
そんな声が聞こえ、俺は――
※※※
俺は跳んできたそのパンを掴み、自ら口の中に押し込んだ。
「……ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
口から虹色のブレスを吐き出す。
手足の感覚がなくなる。
その場に倒れた。
「ルシル、威力が増してるぞ! てか、お前はやっぱり料理を作るなっ!」
俺は記憶を取り戻した直後、意識を失いそうになりながらも力強くそう叫んでいた。
コーマ・ミーツ・ルシル




