閑話2 ルシル迷宮のテストプレイ
~前回のあらすじ~
空き巣が迷宮に迷い込んだ。
魔王城に防犯ブザーが鳴り響き、同時に青いランプが点灯した。
青いランプの点灯はフリーマーケットに、従業員以外の誰かが入った証。
部屋の隅に置かれたブラウン管テレビ風のモニターに映し出されたのは、背の高い男と背の低い男の二人の姿だった。
「また空き巣ね」
映し出された映像を見て、ルシルは嘆息を漏らす。
「おいおい、大事な客だ。ルシル、頼むよ」
「わかったわ。えっと、3-2と9-6、転移陣、作動!」
ルシルがレバーを二つ下げた。
フリーマーケットの倉庫の床が2ヶ所輝き、男達の姿が石床ごと消え失せた。
実は、石床の下、全てに転移陣があり、ルシルの持つレバーを下げると作動するようにしている。
ワープ先はルシルの迷宮地下15階。
建設中の迷宮だ。
単純な転移トラップだが、効果は絶大のようだ。
ちなみに、トラップ作動後、レバーを上にあげたので転移陣を使って店に戻るのは不可能。
「さて、15階層のモニターに切り替えるかな」
11階層から30階層までは10ヶ所に映像送信器を設置している。
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映像送信器【魔道具】 レア:★★★★
その空間を魔力波に変換、映像受信器へと送る。
拡大すれば、地を這う蟻の触角まで見ることができる。
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つまりはビデオカメラだ。
しかも、この映像送信器はかなり小さいから見つかることはない。市場に出回れば盗撮事件などで大変なことになるだろう。
そして、このブラウン管テレビ風の装置が映像受信器。
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映像受信器【魔道具】 レア:★★★★
映像送信器から送られた魔力波を映像に変換して映し出す。
ダイヤルを回すことで受信する映像送信器を切り替える。
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つまりはテレビだ。
録画機能はない。
その映像受信器に映し出されたのは――ミノタウロスの群から逃げている二人の姿だった。
うわ、あいつら運がないな。ミノタウロスは11階層に多いけど、15階層は数匹しかいないはずなのに。
俺はダイヤルを回し、他のチャンネルへと切り替える。
現在7人、このルシルの迷宮に転移されている。
彼らはいつまで生き残るか。
じっくり観察させてもらおう。
いわば彼らはルシル迷宮のテストプレイヤーだ。
そして――あれを倒すことができるのか?
※※※
くそっ、一体なんでなんだ?
俺っち達はフリーマーケットの店の倉庫に入ったはずだ。
なのに、どうして、迷宮の中にいるんだ。
しかもいきなりミノタウロスと出くわすとは。
何とか逃げ切ったが、ここがどこなのかわからない。
とりあえず、登り階段を探さないとな。
「シタツキ! 俺っちから離れるんじゃないぞ! 一緒にこい」
シタツキは「うっす、おら、兄貴に一生ついていきます」と言っている。さっきは俺っちを置いて逃げたくせに。いざとなったらこいつを囮にして逃げてやろう。とはいえ、武器がないと一人で生き残るのも難しいな。
ここがどこなのかもわからない。
「兄貴! 大変っす!」
「どうした?」
「あそこに宝箱があるっす!」
迷宮なんだから宝箱もあるだろう。
とはいえ、ミノタウロスのいるような迷宮だ。
金目のものが入っていて欲しい……いや、武器や食料のほうが必要か。
そう思いながらも宝箱を慎重に調べる。
罠の類はないな。
「よし、開けるぞ」
生唾を飲み込み、慎重に宝箱を開ける。
中に入っていたのは――
「兄貴、短剣っす!」
「おう、短剣だな。しかも二本、こいつはラッキーだ」
一本をシタツキに貸してやる。
それにしても、これ、銀の短剣か? なかなかいいもんじゃねぇか。
「兄貴、いきなりプラチナダガーなんてラッキーっすね」
「プラチナダガー? 何言ってるんだ?」
「え? プラチナダガーじゃないんっすか? 店で見たものと同じっすよ」
短剣を見る。
まじか、プラチナか。
そういえば、プラチナリングと同じ色だ。
「なぁ、シタツキよ。プラチナダガーっていくらくらいで売ってた?」
「金貨5枚っすね」
「うお、二本で金貨10枚じゃねぇか。こりゃ運が向いてきたな」
迷宮で見つけたものなら、堂々と持ち帰って店に売り……いや、それはできないな。
迷宮の調査は勇者と従者、一部の人間にしか許可されない。
それでも勇者の従者だったという経歴を利用して売れないことはないか。
そのためには10階層まで登り、ギルド職員に見つかることなく逃げる。
そうすれば、金持ちの仲間入りだ。
「シタツキ、俺っち達がするのは上に続く階段を探すことだ。わかったな」
「了解したっす!」
レンジャーならではの索敵能力と身体能力を駆使し、俺っち達はできるだけ戦いを避けて上へ上へと進んだ。
シタツキも文句を言わずについてきてくれる。
これじゃあ、囮にするのに0.1秒ほど躊躇してしまいそうだ。まぁ、いざとなったら囮にするのは確定なんだが。
だが、それにしてもこの迷宮は妙だ。
魔物がミノタウロスしかいないうえ、見かけたミノタウロスも威嚇するだけで追いかけてくる様子はない。
さらに、ところどろこに宝箱があるんだが、中身が高確率で入っているうえ、時折レアアイテムも出現しやがる。
「兄貴、スライムっす!」
「あぁ? 魔物の気配なんてどこにも……お、マジだ。スライムだ」
スライムはいわゆる雑魚魔物。
あえて倒す必要もないが、スライムが落とすゼリーは水分を多く含む。サバイバル中の現在の状況だと倒しておいて損はない。
「兄貴、なんか妙っす……あのスライム……ハンバーグの香りがするっす」
「ハンバーグ? 何言ってるんだ、そんな……まじだ、ハンバーグの香りがする」
変異種か?
そう思ったところで、スライムの触手が動いた。
目にも止まらぬ速さで。
「なっ!」
「がはっ!」
スライムは自ら俺達の身体の中に入っていき――そして、そのあまりの味に――味? 味ってなんだ?
食べられるか食べられないかを判断するのが味だとしたら、食べれば死ぬ、そんな味だ。
食べてはいけない、というのに、そのスライムはさらに俺の中に入っていき――
「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんな――」
シタツキが頭を抱えて謝り始めた。
そして俺っちは――
「神よ、それがあなたの出した答えなのですね」
何かに目覚めた。
そして、何かが腹の中で爆発した。
比喩抜きで何かが爆発し、俺っちの意識は闇へと吸い込まれていった。
※※※
「あぁ、私の『コーマのためのスライムハンバーグ、ゴーレム風味! 爆発魔法を込めて』がコーマに食べられることなくなくなっちゃった」
「あんなの食えるか! あぁ、12階層にいるミノタウロスCに命令してくれ」
「わかったわ。ミノタウロスC! そこの失礼な男二人を治療して、転移陣に放り込んで。そこに一時的に転移陣作るから」
治療といっても腹の傷を治すだけ。解毒は店のほうでしてもらおう。
ルシルの能力でミノタウロスに命令し、ルシルが作った転移陣に放り込ませた。
「ふぅ、これでやっと一匹か。よくやったぞ、空き巣FとG!」
戦利品としてプラチナダガーはくれてやってもいい。それだけの手柄だ。
とはいえ、精神力の弱い冒険者は恐怖からここでの戦利品を手放す傾向にあるからな。おそらく店の在庫になるだろう。
「まだまだよ。『お米で作ったピザ! 悪魔の血ソースと全乗っけ』と『ウインナーソーセージ! 勝利するは雷とユニコーンの名のもとに』が残ってるわ」
「自慢げにいうな! よし、空き巣Cがピザと出くわした。頼む、今度こそ食いきってくれ!」
最初は8切れのピザだったが、まだ6切れも残っているからな。
いや、ピザというよりはもう八岐大蛇なんだけどな。
8切れじゃなくて、首が8本あったんだけどな。
迷宮の中ではルシルの作った料理が暴れまわっていた。
あの料理をなんとかしないと、俺もおちおち出歩くことができない。
てか、料理にミノタウロス7体もやられたからな。死にはしなかったけど、精神疾患を患った。戦闘は不可能なので結界内の病棟で休んでもらっている。
それにしても、流石だな、俺。空き巣を利用して迷宮のテストを兼ねた料理モンスター退治をするなんて。
11階層から10階層に続く梯子も取り外したから、気絶するまで迷宮内を彷徨ってもらおう。
ミノタウロスには脅かすだけで殺さないように言ってあるしな。
※※※
朝が来ました。
鍵のかかっていない扉を開けると男の人が6人、女の人が1人、泡を吹いて倒れていました。
私は嘆息を漏らし、荒縄で7人を縛ったあと、解毒ポーションを使用。
意識を取り戻した彼らは、
「謝り続ける」「神に祈りを捧げる」「耳をぴくぴくさせ続ける」「ドーナツの穴の中身の行方について真剣に論じる」「犬語でしゃべる」「空を飛ぼうとする」「自殺を試みる」
などの行動を取り続けました。
舌を噛み切って自殺をしようとした人には猿ぐつわを噛ませます。
そして、レメリカさんを呼んで、連行してもらいました。
「いつもすみません」
「いえ、指名手配犯も混ざっているのでこちらは助かるのですが」
レメリカさんも彼らの状況には何と言ったらいいかわからないようです。
ちなみに、この状況は、魔道具による防犯装置の効果、と説明を受けていますが、多分ウソだと思っています。
一体、昨日の夜に何があったのか。それこそ神様に聞かないと答えは得られないでしょうね。
ちなみに、今までのパターンだと、彼らの奇行はこれから一晩続き、翌日には全員改心し、模範囚として過ごすことになるでしょうね。
「それと、これらはこの店から盗んだものです。彼らも認めていますので――」
「はぁ……」
これらも、どうしたものか。
プラチナダガーを含め、レアアイテムが多数あった。
オーナーに相談したら、「俺が用意したもので間違いないよ」と言われましたが、在庫状況を見ると明らかに数が増えています。
私の見たことのない品も混ざっていますし。
今日もフリーマーケットは大繁盛でしょう。
昼も、そして夜も。
※※※
三日後。料理モンスターが全滅するころ。
ラビスシティーの町中に「フリマの防犯設備はやばすぎる」と噂になり、誰も空き巣に入ることはなくなったという。
それと、俺の今回の一番の驚きとは、
「ルシルの作ったスライム、匂いだけはきっちりハンバーグだったんだな」
空き巣二人が残したセリフだったという。
カカオ豆と塩胡椒だけで作ったスライムが、どうしてハンバーグの匂いがするのか? ルシルの料理の謎は深まるばかりだ。
番外編ですが、やってることはあまり本編と変わりありませんね。
むしろ、本編より魔王らしいことをしているかも。
次回から通常の話に戻ります。




