閑話 リンゴとグレープフルーツ
~前回のあらすじ~
アルジェラがどこかに行った。
船は進む。どこまでも。
私は交易船に乗り、西大陸を目指していました。
心地よい潮風が私の金色の髪を撫でました。
こうして西の大陸に戻るのも久しぶりで、感慨深い気持ちになります。
「……うぅぅ、気分悪い……太陽眩しい、船嫌い……ねぇ、クリス……背中さすって」
甲板の上で顔を真っ青にしてルシルちゃんが私にそう言ってきました。
そういえば、コーマさんも馬車で同じような感じで車酔いしていましたっけ。
とても懐かしいです。
「クリス、何笑ってるのよ……うっ……おぇぇぇぇっ……なんでよ……亀の上じゃ全然酔わなかったのに」
「アイランドタートルは波で揺れることもほとんどありませんでしたからね。蒼の迷宮は波がかなり穏やかですから」
私はそう言って、ルシルちゃんの背中をさすってあげました。
「そもそも、私は食べ物を食べる必要がないから、胃の中は常に空っぽなのよ。胃液もでないし、食べたものは次の瞬間には消えてなくなってるはずなのよ。だから吐くこともできないの。吐けば楽になるって言われたのに、吐けないのよ。もう、どうすればいいのよ」
ルシルちゃんは涙を浮かべてそう言いました。
「よかったですね、今の姿をコーマさんに見られなくて」
「言っておくけど、私とコーマは……クリスが思ってるような……そんな関係じゃないわよ」
吐息を漏らしながらルシルちゃんは言いました。
「私とコーマは僕と主君、主人と従魔のような関係なの。男と女を見たら男女の愛を思い浮かべるのは人間の悪いところよ……うぅ」
「大丈夫ですか? 横になりますか?」
「いい。横になったらもっと気分悪くなったから。でも、クリスがコーマを好きなのはわかってるけど、私はコメットちゃんの方を応援するからね」
「え、待って下さい、私はコーマさんのことなんて好きでもなんでもありませんよっ! 我儘でお金にうるさくていつも私のことをバカにしてからかい半分で猫語で喋らせてひどいんですからっ! どうしてコメットちゃんがコーマさんなんて好きになったのか私にはわかりませんね。全くわからないです」
そのコメットちゃんは、今、厨房でお手伝いをしている。
タラくんは甲板の離れた場所で素振りをしていました。
エリエールさんは商談に入っています。
フリーマーケット西大陸支店で仕入れるルートを開拓しようとしているようです。
それにしても、本当にすらすら悪口が出てきます。
んー、普段から私がひどい目にあわされている証拠ですね。
そりゃ、ちょっと前は「あれ? 私ってもしかしてコーマさんのこと好きなのかなぁ?」って思ったこともありましたけど、やっぱりあれは心の迷いです。ちょっと弱っていたところでコーマさんに助けられて、好きになったと勘違いしただけです。
「クリスティーナ様、もう少しでダークシルドの港に到着します」
船員の一人が私に声を掛けてきました。
船に乗って四日目。私達は予定の数倍の速さでダークシルドにたどり着きそうです。
「これも全てはルシルさんのおかげです。ありがとうございます」
「ふふふ、私にかかればこのくらい……おうぇ……お茶の子さいさいよ」
そうなんです。
魔石を使っても簡単な魔法しか使えない。
魔石があっても大きな魔法が使えないというルシルちゃんですが、実は魔法を使う方法があるんです。
ユグドラシルの杖。
術者に強大な魔力を与えてくれるという杖の力を使い、ルシルちゃんは僅かの間だけ大きな力を扱うことができるのです。
その力を使い、彼女は風と水の複合魔法により、船が耐えられるギリギリの速度で進ませたんです。
それはもう凄いスピードでした。船にも強化魔法を使っていたそうです。
それらの魔法のせいで、ユグドラシルの杖30本が廃材になったそうですが。
ルシルちゃんは自分のアイテムバッグの中にはまだあと170本あるから大丈夫と言っていました。
コーマさん、どれだけユグドラシルから枝を取ってきたんでしょうか。
「ルシルちゃんのアイテムバッグ、中に他に何が入ってるんですか?」
「何って、普通に食べ物とかよ……」
げんなりした口調でルシルちゃんは、何か魔道具が取り付けられた硝子のコップを取り出しました。
「そうだ、さっぱりとしたジュースでも飲みたいわね」
そう言って、今度はリンゴとグレープフルーツを取り出して、果物ナイフで皮を剥いてコップの中に。
とても器用です。
あれ……そういえばコメットちゃんとタラくんに、ルシルちゃんには絶対に料理をさせないようにって言われていたけど。
でも、大丈夫ですよね。
思い出しました、あの硝子のコップの魔道具は、果物などをバラバラに砕いてジュースにする魔道具です。
前にコーマさんが一度作ってくれました。ジュースは飲ましてくれませんでしたが。
このくらいなら問題ないでしょう。
ジューサーの中にはいっているリンゴとグレープフルーツはバラバラになっていき液体化していき、だんだんと膨らんできた。
……え? 膨らんで?
次の瞬間、ガラスのコップの中から黄色い液体が甲板中に広がり、そこにいた乗組員全員を飲み込みはじめました。
「……あ……もしかして私が船なんて沈んじゃえ、って思ったからこの船を沈めようとしているのかも」
何故か一人無事なルシルちゃんが冷静に分析しています。
「って、そんな冷静に分析していないで、何とかしてくださいよ!」
船旅が大嫌いになりそうな経験でした。




