同盟の締結
~前回のあらすじ~
備考欄:コーマは天然の女たらしにつき要注意
冒険者ギルドを出た俺達は青い屋根の建物――どうやら喫茶店のような施設らしい――で何か真剣に話し合っていた二人と合流し、町の奥に向かった。
そこには階段があり、地上に出られるようだ。
「わぁ、こりゃ良い眺めだな」
階段を上がると木の柵があり、その向こうは崖になっていた。湖が見え、その向こうには赤土の山が見える。
とても鋭い山で、まるで槍のようだ。槍ヶ岳と言われても不思議ではない。
日本の槍ケ岳とは全く違うが。
「あの山がフレアランドが誇る聖峰、サランマズだ…………サラン、今の貴様の声はカガミには聞こえていないぞ」
サラン――火の精霊が何かを語ったのだろうが、レイシアの言う通り、彼が何を言っているのか俺の耳には届いていない。
精霊の声を聞くことができるのは神子だけだ。
例外として、俺が本気で作ったスウィートポテトやマシュマロを食べたときはその精霊の力が極限まで高まり、誰にでも見えるようになるとか。
俺――もう一人の俺はその力を利用し精霊を具現化、サランの言葉により戦争を止めようとし、それに成功したらしい。
「で、サランは何て言ってるんだ?」
「あぁ、聖峰サランマズはサランの名前を冠しているが、自分とは全く関係がない。迷惑な話だって言っている」
「そうなのか?」
「あぁ、何もない山で、サランマズの由来はサランではなく、その山に多く生息するサラマンダー種のせいだ。五代前の神子がその名前を利用して観光地にしようと勝手に伝説をでっち上げたんだ。神子が己の力を高めるために修行を行うありがたい土地だと言ってな」
「それ、まずいだろ」
「実際に行えば問題がないと思ったんだろうな、五代前より本当に3か月間、神子はあの山で修業を行い、修行の成果として山に住むファイヤーサラマンダーを倒すことになった。もっとも、3代前の神子が張り切りすぎたため、山中に住むファイヤーサラマンダーが全滅してしまい、今ではコーラサラマンダーのみしか住まない山になってしまったがな」
ちなみに、コーラとは炭酸系の飲み物ではなく、サランマズがある土地の昔からの呼び名なんだそうだ。
でもファイヤーサラマンダーを殲滅させたって、恐ろしいことをする神子もいるもんだ。
一つの種族を滅ぼすのって絶対に簡単なことじゃないだろ。
「本当にいい景色だな。あっちは俺がいた山かな……ってあぁ、シルフィア、大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です……どうか私のことをは気になさらず景色をご覧になってください。私も私で楽しんでいますから」
「……楽しんでいるって……絶対楽しくないだろ、それ」
シルフィアは教会の壁にくっつくようにして、壁を見ていた。
視界は全て壁に覆われている状態だ。
高所恐怖症だからこっちに来たくないのは仕方ないが、壁だけを見る必要はないだろう。
「いえ、大聖殿の壁を見ることで教皇様の見ている景色をこの身に受けている気が――」
「するわけないだろ」
まぁ、教会が立派なのは認めるよ。聖竜のゴンドラに乗っていたときも、そして地上にいたときも見えていたが、教会の形はまるで高層ビルのような直方体の建物だった。
高さも50メートルはある。
この世界でこれほどの建築技術のある建物があるとはな。
「まぁ、シルフィアがこんな状態だし、速く用事を済ませようぜ……えっと、同盟の締結には、司祭様の前で行うんだっけか」
「はい、本殿の中は神子と、本当にごく一部の人しか入れないので、お二人はここでお待ちください」
「すぐに終わらせてくるから、その後は地下街観光の続きをしような、カガミ」
「あぁ、俺も楽しみにしてるよ」
二人が本殿の中に入って行く。
本殿の入り口は二ヵ所あるらしく、護衛のためには二ヵ所とも守っておこうとサクヤが提案してきた。
本殿の入り口には全身鎧をまとった警備の男(?)がいるから問題ないと思うんだけど、まぁ俺も了承した。
サクヤが反対側の入り口に向かい、俺は一人で景色でも眺めようかと思った時だった。
「魔王?」
声が掛けられた。
振り返ると10歳くらいの変な帽子をかぶった少女がいた。
教会の子だろうか?
「あなたは魔王?」
「俺が魔王? 何のことだ?」
「……違う、あなたは残滓」
残滓?
ザンギならわかるが。北海道のカラアゲっぽい料理。
いや、やっぱりわからない。俺はザンギではない。
「俺は魔王でも残滓でも鳥肉でもないぞ」
「……知らないなら別にいい」
少女はそう言うと、
「ありがとう。貴方に来て貰って良かった」
と頭を下げた。
ますますわからない。
「火と光が一つになった。あと四つ。闇は森の光を飲み込み、風は本来の自由を失い、水は流れに逆らい、土はまだ動かない」
少女は続ける。
「東から船が来る。愛と勇気と希望を乗せた船が。貴方は彼女達に会わないといけない。貴方は知らないといけない。魔王を知らないといけない。でないと私達は戻れない。天に戻れない。復活しない」
「東から船? 魔王? 一体何のことを言ってるんだ?」
「今は知らなくていい。何も知らない貴方が知っても情報の網に囚われるだけ。逃げ出そうとすれば溺れる。だから教えない」
何も知らない俺?
この子、俺が記憶喪失だってことを知っているってことか?
いや、そうとは限らない。
情報を何も知らないってだけかもしれない。きっとそうだろう。
「占いか何かか。わかった、肝に銘じておくよ……えっと、何かお菓子でも食べるか?」
「必要ない」
少女はそう言うと、トテトテと本殿の方に走って行った。
「おい、そっちは――」
入れないぞ、そう言おうとしたが、少女は門番の男の間を走り抜けていった。
一体、何が何なのか、俺には全くわからなかった。
てか、彼女が悪人だとしたら、サクヤに怒られるだけじゃ済まされないぞ。
……でもまぁ、警備の二人も反応していないし、きっと問題ないんだろうな。
結果、本当に問題も起こらず、30分後にシルフィアとレイシアが本殿から出てきた。
この時、歴史を紐解くと実に802年振りに、光と火、両国の戦争が終わった。




