冒険者ギルドカードの照会
~前回のあらすじ~
シルフィアは高所恐怖症。レイシアは飛行機恐怖症。
大聖殿にたどり着いた俺達は、その屋上から螺旋状に続く階段を降りていた。
一度、ここから一番下まで降りないと他の場所にはいけないらしい。
若干二名がさっきまで死んでいたが、まぁ、今は生きていることを喜んでいるようだ。
帰りも同じ目に合うことを二人は気付いていないのか、それとも大聖殿に永住するつもりか。
飛行機恐怖症――もとい飛竜恐怖症のレイシアはともかく、高所恐怖症のシルフィアにとって、湖から約300メートルの高さに浮かんでいるこの場所に永住するのもまた地獄だろうな。
階段は地下まで続いていた。
螺旋階段から出ると、そこで俺が見たのは――
「大聖殿って聞いていたからもっと厳かな場所かと思ったんだが、まるで町だな」
多くの店が立ち並ぶ地下街だった。
食品店、雑貨店、本屋まであり、従業員たちが働いている。
「彼らの先祖は、この湖で暮らしていた湖族と呼ばれる人達だ。太古の時代、この大聖殿の建立に協力し、そのお礼にここに住むことを許されたという伝説が残っている。彼らはこの大聖殿で生まれ、そして外に一度も出ることなく死んでいく。まるで、我々忍びの一族のようだ」
「外を知らない――外を知らなければ外に出ることすらできない一族か。誰もが入ることを憧れる大聖殿の中に永遠にいるのは、それは幸せなのか、それとも――」
「幸せの尺度は人それぞれだし、自由かどうかも人それぞれだろ。世界中を駆け回る船乗りだって、自分は船という棺桶から抜け出せない囚人だと思う人間がいるかもしれないし、例え牢獄に囚われていても頭と心の中は自由だって言う人もいるかもしれない」
なんて適当なことを言ってみる。実際、地下で商売する彼らが不自由で不幸に見えるかと言われたら、俺にはそうは見えなかった。
「なんとも極端な例だな。貴様はどうなんだ? かなり自由に動いているように思えるが」
「俺か? 俺は――どうなんだろうな。少なくとも今は、見えない半年間の記憶に縛られている気がする」
「そうか。私も忍びの里を抜け出したのに、まだ忍びの掟に縛られている……全く、自由とはかくも難しいものなのか」
サクヤがそう言うと、前を歩いていたレイシアとシルフィアが俺達の間に割って入り、話に混ざった。
「私達神子も似たようなものさ。神子の中で二番目に自由だと言われる火の神子の私でさえ、神子としての重責としがらみが常に付き纏う。私一人の決断が国の民全ての命を左右する」
「ですが、だからこそ私達は逃げることはできません。私達が逃げれば指針を失う大勢の人が生まれてしまいますから」
なんともかっこいい台詞だ。自分のことで精いっぱいの俺には一生かかっても言えないような気がする。
でも、その台詞は聖竜のゴンドラに乗っている時に見せた醜態のせいで全てが台無しになっている。
サクヤも少し苦笑していた。
「シルフィア様、この先の冒険者ギルドに向かいたいのですがよろしいでしょうか?」
「冒険者ギルド? あぁ、コーマ様の身分証明ですか……その必要はないと思うのですが」
「私も彼が敵国の間者だと、今更疑ってはいません。だからこそ安心して確認できます」
「そうですね、では、サクヤ、お願いします」
冒険者ギルド?
あぁ、俺が身分証明書に提出したのが冒険者ギルドのカードだった。
あの時はルシルが用意してくれたんだと思っていたが、俺が半年間の記憶を失っているとしたら話は別だ。
俺自身が作った可能性がある。
「なぁ、サクヤ。俺も一緒に行っていいか? 俺の記憶の手がかりがあるかもしれない」
「そうだな……大聖殿の中なら本来は護衛の必要もない。シルフィア様、レイシア様、よろしいでしょうか?」
サクヤが神子二人に問う。
「ええ、サクヤ。コーマ様のことをよろしくお願いします」
「私達はこの先の青い屋根の建物にいるから、後で来るんだぞ」
神子二人の許可を貰い、俺達は冒険者ギルドに向かうことになった。
冒険者ギルドとは、戦う人達のためのギルドだ。だとしたら、この大聖殿の中には必要ないんではないかと思うが、冒険者ギルドは独自の情報網を持つから、その情報を手に入れるために先々代の教皇が誘致したそうだ。
ちなみに、職員は冒険者ではなく湖族の子孫であり、冒険をする経験どころか、剣を握ったことすらないという。
本当に情報を収集するためにある施設なんだろうな。
剣と盾の看板がある建物の中は、カウンターがあるだけで椅子もなにもない。客が動けるスペースはエレベーターよりも狭い――タタミ一畳程度しかない。
二人立つともう満員という感じだ。
「いらっしゃいませ」
受付嬢というには幼い――10歳くらいの褐色肌の子供が仰々しく頭を下げる。
サクヤは俺の冒険者ギルドのメンバーカードを出して、
「このカードの照会を頼む。持ち主の名前、発行場所、業績、備考欄、とにかくわかること全てだ」
という言葉ともに、何かブローチのようなものとともに少女に渡す。あのブローチが何の意味があるのか、今の俺はわからない。
ちなみに、カードの情報は、全ての冒険者ギルドの間で共有化されているらしい。
情報を伝えるための魔道具があるんだとか。
「かしこまりました」
少女はカードを受け取ると、奥に行った。
そして、3分後帰ってくる。
「お待たせしました。それではお伝えいたします」
そして、少女が伝えてきた情報は、以下の通りだった。
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名前はコーマ。
年齢は登録当時16歳――現在17歳。
発行場所はラビスシティー内、冒険者ギルド本部。
ギルドメンバーカードの発行日時は半年前。
ただし長期間仮登録であり、正式に登録されたのは最近。
発行人は戦闘職員レメリカ。
勇者クリスティーナの従者として登録。
冒険者ランクはFランク。
Cランク昇格試験を受けるも、不合格。
犯罪歴は無し。
…………………………………………
犯罪歴が無いということに安心する。
ランク昇格試験に不合格というのは少し恥ずかしいが、目立たないようにわざと不合格になったのだとしたら、ある意味俺らしいと言える。
それと、ここでもラビスシティーとクリスティーナの名前か。
情報は、俺がラビスシティーにいた可能性を示唆するものばかりだった。
やはり記憶の鍵はその町にあるのか。
「そして、備考欄には【天然の女たらしのため要注意】と、発行人のレメリカさんによって書かれていますね」
「は?」
なんだ、それ。
記憶を失っているとはいえ、明らかに濡れ衣だろ。
そう思ったが――、
「……レメリカという受付嬢の観察眼は確かなようだな」
サクヤも同意見のようだ。
そんなわけないだろうに。
「兎も角、貴様にはこれは返しておこう。疑って済まなかった」
冒険者ギルドのカードを返してもらい、
「あぁ……ありがとうな、信じてくれて」
改めて礼を言う。サクヤが今では俺のことをまるで疑っていないことくらい気付いていたしな。
俺がそう言うと、
「……天然の女たらしめ」
サクヤにそう叩かれた。
……レメリカって職員、本当に余計なことを書きやがったな。これじゃ普通にお礼も言えないじゃないか。




