閑話 聖竜とゴンドラ
~前回のあらすじ~
コーマが大聖殿に行くことになった。
「…………マジなのか?」
「本当だ」
「マジでこれに乗って移動するの?」
「ああ――知らなかったのか?」
それは籠だった。ゴンドラとでも言うべきか。
10人が寝転がっても余裕がありそうなほど大きなゴンドラだ。
だが、それを運ぶのはケーブルではない。ケーブルなら伝っていけば侵入できるかもしれないからか。
ここまで言えばわかるだろう。
俺が驚いているのはゴンドラではない。ゴンドラで驚くくらいなら、アイテムバッグの中身を見た時点で30回はショック死をしている。そもそも異世界に来た時点で1回ショック死している。
でも、異世界に来たと実感できるものであるのは間違いない。
そこにいたのは、白い竜だった。
しかも、狂走竜とは違い――とにかくでかかった。
俺くらいなら丸呑みできそうだ。
「聖竜――そう呼ばれている。白竜バイルス――教皇グラッドストーン様に忠誠を誓っているドラゴンだ。食糧や人は全て聖竜が運んでいる」
「白竜を従えているって、凄いな」
「人に決して懐かないと言われる狂走竜を全て従えた貴様が言っても説得力がないな」
「へぇ、カガミは狂走竜を従えたのか。それは凄い……なら私は翼竜あたりを手懐けないといけなくなるな」
レイシアがゴンドラの中に飛び乗ると、面白そうに俺に言っていた。
翼竜って、空飛ぶ竜か。この聖竜の他にもいるんだな。
「張り合わなくていいからな――で、シルフィアはどうしてそんなところで震えているんだ?」
ゴンドラの外でシルフィアが震えていた。
数千、数万の敵が攻め込んできても、バインに襲われても堂々としていた彼女が――だ。
「……コーマ様、思ったことがありませんか?」
「ん?」
「どうして聖竜様は空を飛ぶことができるのでしょうか?」
シルフィアの質問の意図が最初はわからなかった。
哲学的な話だろうか?
でも、まぁ、とりあえず普通に返事をしておく。
「そりゃ翼があるからだろ?」
「翼があっても聖竜様の御体の重さは10トンと言われています。通常、空を飛ぶ鳥はとても軽いのです。世界最大と言われる鳥、ロック鳥ですらその見た目とは裏腹に重さは300キロしかありません。聖竜様の30分の1です」
……300キロの巨体が飛ぶというのも信じられないが。
つまり、何がいいたいんだ?
「聖竜様が空を飛ぶには、翼とは違う別の力が働いていると思うのです。例えば――そう、例えば魔力のような」
「魔力か、それなら納得だな」
「ですよね――!!」
これでもないかというくらいシルフィアは大きな声を上げ、
「ですが、聖竜様は毎日空を飛んでいます――いくら魔力に長ける白竜種とはいえ、いつか魔力は枯渇します。それが今日でないとは限りません。危険ではありませんか」
「……サクヤ、もしかしてシルフィアって」
「あぁ、シルフィア様は極度の高所恐怖症だ」
つまりはとても長い言い訳ということか。
「普段はどうしてるんだ? 毎回こんな調子なのか?」
「いつもはシルフィア様が眠られている間に運んでいる。だが、今回はレイシア様とコーマも供に行くからな、そういうわけにはいかなかったのだ」
「なるほどな」
俺とサクヤは頷きあい、シルフィアの両脇を抱えた。
「サクヤ、離してく――コーマ様、後生ですから」
「シルフィア様、覚悟を決めてください」
「もしも落ちるようなことがあったら俺が責任を持って助けるから安心しろ……てかシャンとしないとレイシアに笑われるぞ。なぁ、レイシ……ア?」
横を見ると、レイシアが震えていた。
何だ?
「考えたことがなかった……聖竜様が落ちる可能性など一度も考えたことがなかった。カガミ、私はどうすればいい?」
あぁ、シルフィアが高所恐怖症だとすれば、レイシアは飛行機恐怖症みたいな症状か。これはこれで厄介だ。
そもそも、聖竜が落ちる可能性と、お前が戦場で死ぬ可能性、どちらが確率高いと思ってるんだ? 死をも恐れぬ戦姫のようなことをしていて、竜に乗るのが怖いのかよ。
「そうだ、不要なものを下ろし、聖竜様の負担を減らさねば!」
そう言ってレイシアが真っ先に取ったのは、あろうことか自分の着ていた服だった。こいつ、恐怖のあまり、服と一緒に羞恥心まで捨てやがった。
「レイシア、落ち着け! 落ちない、落ちないから落ち着け! 落ち着いて服を着ろ!」
「サクヤ、貴方にアークラーンの全権を託します。ですからあなたが同盟の締結を行ってください」
「そんなことできるわけないでしょう、シルフィア様、お願いですから気を確かに!」
「カガミ、貴様も服を脱げ! 聖竜様の負担を減らすのだ!」
四人がゴンドラの中で暴れる。というか、暴れているのが国のトップだというのだから世も末だと俺は心から思った。
それから三十分後、聖竜がゴンドラを運ぶ。
ゴンドラの中には俺とサクヤ、そして簀巻きにされた二人の神子がいた。
パーフェクト神子にも弱点を追加したくなった閑話です。




