謎の半年間と記憶喪失
~前回のあらすじ~
レイシアを倒した。
レイシアの身体を覆っていた炎が消えた。レイシアは気を失っているかのように全く動かない。
俺はとりあえず精霊の槍をアイテムバッグに入れる。もちろん後で返すつもりではあるが。
戦いの一部始終を見ていたフレアランドの兵は、
「……レイシア様が負けただと」
「神子様が1対1の勝負で敗れるなんて……まさか」
ととても信じられない様子だったが、そんなのはどうでもいい。
「レイシア、悪いが時間がないんでな――フレアランドの兵! さっきの精霊の言葉を聞いただろ! これよりアークラーンとフレアランドは対等な同盟を結ぶ。そのためにレイシアを借りていく! これは精霊の――サランの意志だ! 精霊に逆らおうって奴だけ俺を追いかけて来い! 精霊様に従うなら、すぐに撤退ののろしを上げろ!」
俺はそう言うと、レイシアを抱え上げて砦の方に走り出す。
残り5分、時間がない。
走っていると、フレアランドの兵たちは撤退を始めているのが見えた。
レイシアの姿を見られないように、彼女に布を被せて進む。
さらに高速で走っていると、抱きかかえられたレイシアが目を覚ました。
「……カガミ、私は負けたのか」
「ああ、盛大な負けっぷりだったぞ……てか、ずっと起きてただろ、気を失わせるような攻撃はしていないぞ」
「ふふふ、戦姫と恐れられた私が無様に負けただけで飽き足らず、無傷というのは示しがつかないだろ」
「変な見栄を張るなよ……それより、アークラーンと同盟を結ぶ。んでとりあえずウィンドポーンの兵をここから追い払う、それでいいな?」
「それを言うのは私の方だ。貴様が私から火の宝玉を奪えばそれでフレアランドはアークラーンの物になるのに……いや、愚問か」
レイシアは俺の目を見ると、ふっと笑って言う。
「貴様が見ているのはさらに先か……」
レイシアはサランよりわかってるじゃないか。ああ、俺が欲しいのはフレアランドでもなければアークラーンでもない。
彼女の言う通り、もっとその先にあるものだ。
「と、見えた! おおい、サクヤぁぁぁぁっ!」
「コーマ、貴様一体……それはレイシア姫ではないのか!?」
「ああ、ちょいと同盟させることになった。砦に連れていくぞ」
「同盟だと!? 詳しく話せ」
「ああ、サランが認めた。アークラーンとフレアランドは対等な同盟を結び、とりあえずはフレアランドの力を借りてアークラーンからウィンドポーンの兵を追い出すことにしたから」
「貴様は確かアークラーンの近衛隊長か。そういうことになった、よろしく頼むぞ」
レイシアの言葉に、サクヤの目が丸くなる。
「てか、本気で時間がない。サクヤ、今から言うことをしっかり覚えてほしいんだが」
「何だ?」
「俺は、普段、半年間の記憶を失っている。そのことを、ラビスシティーのフリーマーケットという店のメイベルと勇者のクリスティーナに俺の居場所とともに手紙で伝えてくれ。俺には半年分の記憶がないことを伝えるのと、ルシルを信じろと伝えてほしい」
「記憶を失っているだと? ラビスシティーのメイベルとクリス? ルシル?」
サクヤが混乱するように言う。悪い、それ以上説明のしようがない。
「クリスティーナだと?」
「レイシア、知っているのか?」
「ああ、私のかつての友だ。彼女はフレアランドの商家の出で、私が神子になる前はよくともに遊んだものだ。彼女の実家はフレアランド一の富豪だぞ?」
クリス、実家にプラチナソードがあるとか言っていたからもしかしたら金持ちの娘じゃないかと思っていたが、国で一番とか、どんだけだよ。しかもレイシアと友達なのか。
「……世界は狭いなぁ……って悪い、時間がない、サクヤ、俺は今から記憶を失うから同盟とかはよろしく頼む。それとシグレが探していたぞ、ちゃんと話し合って仲直りしろよ」
「待て、コーマ、シグレだと!? なぜ姉上の名を貴様が」
悪い、それに答えている時間はもうなさそうだ。
【……殺せ】
僅かだが破壊衝動が漏れ出ている。後は任せたぞ、もう一人の俺。
※※※
俺は走っていた。
横にはサクヤが、そして何故かレイシアをお姫様抱っこしている。
……一体何がどうなってるんだ?
「コーマ、教えろ! 何故、姉上の名を知っている!」
「え? 姉上?」
サクヤに姉ちゃんがいたのか? しかもその名前を俺が知っている?
「とぼけるな、貴様が言ったのではないか! シグレが探していたと」
「……シグレ?」
全く知らない名前だ。響きからすると日本人ぽいが、初めて聞く名前なのは間違いない。
どういうことだ?
てか、なんで俺はレイシアを抱きかかえているんだ?
「サクヤよ。先ほどカガミが言っていただろう。記憶を失うと。恐らく、今のカガミは何も知らん」
「……そうなのか?」
俺に抱きかかえられたレイシアの声に、サクヤが嘆息混じりに言う。
「て、ちょっと待ってくれ、記憶がどうとか言ってる場合じゃないだろ、早くしないとフレアランドの兵が攻めてくる……レイシアは関係ないんだから早く逃げろって」
「……何も知らないとは言ったが、カガミ、もしかして私がフレアランドの神子であることも知らないのか?」
……へ? レイシアがフレアランドの神子?
そういえば、確かに炎を操っていたけど、レイシアが神子だとは微塵も考えなかった。
「なんでそのフレアランドの神子がここに?」
「私は貴様に敗れた。貴様が勝ったのだ。そして、勝者の報酬が、火と光、二つの国の同盟だ」
え? 俺そんなことしたの?
戦いが始まったときから記憶がないんだけど。
もしかして、記憶を失う代わりに強くなれるアイテムを使ったとか?
「……なんか凄い事になったんだな……でも、同盟をするのに、砦の中でいいのか? てか神子とはいえ、レイシアの一存でそんなことをしていいのか」
敵陣のど真ん中で対等な同盟って変だろ?
俺がそう言うと、レイシアは少し考え、
「私の一存だと不平不満は出るだろうが、サランの意志でもある。誰も文句は言わないさ。場所に関しては、そうだな、できれば砦の前で同盟の締結をしたい。サクヤよ、シルフィアを砦の前まで呼んできてはくれないか? そこで対等な同盟とやらを結ぼうじゃないか」
「……いいだろう。ここまで来たレイシア姫が、今更妙な真似をするとは思えぬ……レイシア姫が本気を出せば単身でこの砦を打ち崩せるのだからな」
「もちろんだ……と言いたいが、カガミがいる限りそれは難しいだろうな」
レイシアの言葉に、サクヤはふっと消えて砦に向かった。
横でレイシアは「あれがカリアナの忍びの技か……次は是非彼女とも手合わせを願いたいものだ」と戦闘狂みたいなことを言っていた。
「そうだ、カガミよ。先ほどのカガミが話していたことを私から貴様に伝えておこう」
「俺が話していたこと?」
「ああ、貴様は半年間の記憶を失っているそうだ」
「……俺が半年間の記憶を?」
え? 俺が琵琶湖で溺れたのって夏休みだから半年前は2月?
冬から夏の記憶ならちゃんとあるぞ?
……ということは、考えられるのはもう一つ。
……もしかして、こっちの世界に来てから既に半年間経過しているってこと?
「それと、もう一つ、ルシルを信じろと言っていた。ルシルとは誰だ? 貴様の伴侶か?」
「え? いや、ルシルって……」
ルシルって、意味もなく俺をこの世界に連れ込んだ奴だよな?
確かに料理は旨かったし、アイテムも用意してくれていたが、信用しろ?
「ラビスシティーにいるメイベル、クリスティーナの二人にも手紙を送るように言っていたが、その名に覚えはないのか?」
全く覚えがない。
一体、誰だ? それって感じだ。
「……なぁ、ラビスシティーって遠いのか?」
「遠いな。別の大陸にある町だ。手紙を今から送っても、着くのはいつになるかわからぬ」
「そうか……」
この世界に来てからずっと楽観的に生きていた俺だが、初めて不安になった。
自分の知らない自分がいる。
これ以上怖いことはないと、この時初めて思った。




