将軍と鶏
~前回のあらすじ~
フライドチキンの恐怖。
「ニコライ将軍、異常ありません」
定時報告はいつもと変わらない。それが私をイラつかせ、無精髭を撫でる手の力が強くなる。
タライ・ゴブリン戦役で手柄を上げ、将軍の地位を得た私だったが、所詮は一兵卒からの成り上がり。
貴族連中と違い、周りからの評価は悪く、冷遇されている。
「ゴブリン将軍」と陰口を叩かれることもある。そもそも、戦争と呼べるものがなかったこの120年、将軍等の階級の価値は、貴族の玩具と成り果てていた。
でも、これからは違う。私の持つこの将軍という地位は、持つにふさわしい力がある者が、しかも権力や財力ではない、武力と指揮力を持つものが得るべき階級へと生まれ変わる。そして、その新たに生まれ変わった階級は私にこそふさわしいのだ。
だからこそ、何をしてでも私はここで手柄をあげないといけない。本国にいる古い体制に胡坐をかき、何もできない愚図どもを見返さなければいけない。
にもかかわらず、本国が私達に命じたのはシングリド砦の包囲のみだった。
此方の数は1200、砦の中の敵兵の数は300程度だろう。敵のザッカ将軍はオーガ殺しの猛者だと聞いたが、たかがオーガ10匹や20匹程度、私でも倒すことはできる。
「なんで本国は命令しない。命令があれば、私一人でもこの砦を落として見せる!」
そのようなことは不可能なことくらいわかっているが、私の気持ちはもう抑えることはできないでいた。だが――その気持ちが僅かにだが収まりをみせたのは、昼前に届いたフレアランドからの使者の手紙だった。
フレアランドが、アークラーン王城を占拠。だが、神子のシルフィアと100人の部下が抜け道から脱出。
こちらに向かってくる恐れがあるから注意するようにとの知らせだった。
これで手柄が上げられる。光の神子を捕縛し、その宝玉を手中におさめたとあれば、俺の地位は確固たるものになる。
もうゴブリン将軍などと呼ばれることもない。
ならばと考える。
敵の数は100、いや、非戦闘員を除けばさらに数は減る。まともに攻められてもこちらが負けることはない。
となれば、こちらを攪乱し、砦の中の兵たちと呼応して攻めてくる。
まずは……陽動だな。
そう確信にもにた予測を立てた私だったが、夕刻になっても異常なしの報告が続いていた。
索敵活動を行うか? いや、索敵を行い相手に気付かれたら逃げられる恐れがある。
今は待つんだ。直に敵兵発見の報告が来る。
そう思っていた時――部下が慌てて天幕の中に入ってきた。
「将軍! 何者かがこちらに!」
「数は!?」
「1と20です」
「バカもの! 21と言え! あとそれは恐らくは陽動部隊だ、敵は他にいる! 決して深追いは――」
「違います、将軍! 一人の男が20羽の空飛ぶ鶏に追われています!」
「は!? なんだ、その報告は」
陽動部隊か、それともただのバカか。
判断がつかない。
いや、やはりただのバカだ。
「すぐに鶏を矢で撃ち落せ! 男は捕縛――いや、殺しても構わん!」
俺が命令を出すと、部下は天幕の外に出した。
もしも男がただの冒険者だとしても、ただの事故だ。それより、まだか。敵はまだか。
「将軍!」
「どうした、男と鶏の報告はいらんぞ」
「それが、男と鶏が止まりません! 鶏を攻撃した兵は全て鶏に返り討ちにあい、男には矢も通らず、逆に拳ひとつで兵が飛ばされる始末。しかも、真っ直ぐこちらに向かって――」
部下がそう言った刹那――彼は言葉を失った。
頭を蹴られて意識を失ったのだ。
そして、左袖のない黒いジャケットを着た男が現れた。
「ぐっ、私の命を奪いに来たか! いいだろう、戦ってや――っておい!」
男は俺のことを無視し、天幕の後ろを突き破って逃げて行った。
バカにしやがって。
だが、今度は後ろから15羽の鶏が飛んできた。
「ふざけやがって! 何が鶏だ!」
私はそう叫び、愛槍を持ち、鶏にその槍を突き出した。
だが、私が大口を開いたところを、鶏は自分の体を啄み、その肉片を私の口の中に飛ばしてきた。
思わず飲み込んでしまう。刹那――息苦しくなった。立っていられないくらいの目眩が私を襲い、頭がいたくなる。
「がほっ」
胃から何かが押し寄せてきて、それを吐き出すと、胃液とともに大量の血が溢れていた。
毒だ。
何かの毒にやられた。
そして、私の意識は遠のいていく。
※※※
コーマが急にシングリド砦の――敵部隊へと走って行った。
そこで、私の脳裏によぎったのは、コーマがウィンドポーンの間者だったということだ。ウィンドポーンに光の宝玉を持って帰るためにフレアランドの兵を倒し、我々の信用を得て自由に振る舞い、そしてここぞというときに裏切る。
普段の私が、そのような行動に移す者を見たら、敵ながら天晴だと思っただろう。諜報、裏切りは忍びのお家芸ともいえる。
だが――この時私が思ったのは、失望と絶望だった。
ありえないと思っていたが、私はこの短い間に、コーマのことを信用し、私が死んだあとはシルフィア様の護衛を任せるに足る人間だと思っていた。何が私をそう思わせたのか、私にもその判断はつかない。それどころか、あまつさえ……いや、これ以上は何も言うまい。すぐに撤退しなければいけない、そう思った。
だが、それは間違いだった。
コーマが敵陣にたどりつくと、混乱が起きた。
コーマによって兵は殴り飛ばされ、鳥に攻撃した弓兵は原因不明だが意識を失って倒れた。
ようやく私は気付いた。コーマは、私達のことを気遣い、謎の魔物を利用して陽動作戦にかってでたのだ。
コーマを信用しなかった自分を恥じたいが、今はそのコーマの働きに報いるのが先だ。
「シルフィア様に伝令を! 挟撃の合図を送れ! 全軍突撃だ!」
そう叫ぶと、私達陽動部隊――いまやその役割を失ってしまったが――は、アークラーン国の軍旗を掲げ、突撃を開始した。
※※※
シングリド砦内で隊長と呼ばれるワシは、覗き穴から砦の前で起こっている事件を見ていた。
「ザッカ隊長、いかがいたしましょう」
あの男が何者かわからない。ただの冒険者なのか、それともワシ達を戦場におびき寄せるための敵の策か。
齢20の時にこの砦に配属され、39年。10年前にはオーガの猛攻でさえもしのぎ切った難攻不落の要塞。
その砦も、食糧の備蓄がなくなりかけ、あと数日もつかどうか。
砦の命運が、あのどこの誰かわからない男の正体に託されているとは。忸怩たる思いだ。
「隊長! あそこに我が軍の旗が!」
「あれは――」
夕日に照らされるその旗を見て、ワシはほくそ笑んだ。
あの旗を持っているのは、シルフィア様のお付のサクヤ。ということは、シルフィア様が城より脱出しこちらに向かっているという情報は正しかった。
あの男は陽動か。単身で陽動に乗り込むとは見上げた男だ。
さらに、森の中から狼煙があがった。あれはまさに挟撃の合図。
「門を開けろ! 挟撃開始だ!」
ワシの声とともに、全員が武器を構えて開いた門から外へと出た。
そして、勝負は決した。
※※※
『シルフィア本軍による陽動作戦の結果、シングリド砦を包囲していたウィンドポーン軍、ニコライ将軍率いる第三部隊は壊滅的被害を受け敗北。隊長であるニコライ・メドヴェージェフ――タライ・ゴブリン戦役において、ゴブリン1000匹斬り、ゴブリンジェネラル撃破の英雄は、シングリド砦包囲作戦において、中毒症状により戦闘不能ののち捕縛された。
後日談ではあるが、第三部隊の多くの者が鳥アレルギーにかかった。この戦いにより将軍の役職を解任されたニコライは、後にウィンドポーン領内における豚肉産業に大きな影響を与え、養豚王として名を馳せることとなる』
【六国戦争書第一部より抜粋】
ギャグをやりすぎたら怒られる。でもやりたかった。
本気でふざけたかった。
うん、ルシル料理はとりあえず品切れ。
とりあえず、正月ムードの更新数アップはここまでです。
明日からは1日1本に戻ります。




