戦姫とランチバッグ
~前回のあらすじ~
豚汁うまし。
「さすがは、六国一といわれるラーン王家の大鏡だな」
高さ3メートル、幅2メートルはある、曇りひとつない大きな一枚鏡を見て、我は嘆息を漏らした。
目の前にいるのは、赤い髪の褐色肌の女性。黒くくすんだ、だが胸を強調した鎧を身にまとっていて、その姿はまるで神話に出てくる戦姫そのものだ。鍛冶師が大の戦姫ファンであり、またその技量がフレアランド随一、この鎧の性能も火の精霊と相性がいいから着ているが決して自分の趣味ではない。でも、似合っているとは思う。
神話の中の戦姫は戦いに明け暮れ、50歳になるまで誰とも結婚せず、戦いの中で死んでいった。
我にはぴったりじゃないか。
戦いに明け暮れた挙句、水、土、風の神子と手を組み、120年も続いていた偽りの休息をも打ち砕いたこの私に。
私は腰にあるレイピアを抜き、眼前の大鏡へとその切っ先を突き出した。寸でのところで剣が止まる。
「これで満足か、レイシアよ! 美しい王宮と豊かな土地を手に入れ、フレアランドの民は間違いなくこれまでに比べ豊かになろう。そして我、レイシアの名もまた戦姫の二つ名とともに後世に語り継がれるであろう」
高笑いするも、それに応えるものは誰もいない。自らの国を空け、神子である自分が先頭に立ち、アークラーンの兵たちを斬り殺した。彼女に一対一で、いや、多対一でも勝てる者はいなかった。生まれ持った戦闘能力――それは武芸の一族といわれたハリス家にも匹敵するだろう――に加え、火の精霊サランの加護もある。
そして、彼女が先頭に立つことで味方の士気は上がるだけではなく、私を討ち取れば勝てると信じた――私を討ち取れば戦いが終わるのは間違いではない。私を討ち取れると思ったことそのものが間違いだ――敵兵をひきつけ、味方の被害を軽減させることさえもできた。
幾千も降り注ぐ矢を炎の盾で焼き尽くし、焔を纏った剣で堅強な砦をも打ち砕いた。
兵の娯楽のために連れてきた吟遊詩人が歌い語る私の武勇伝は、決して誇張しているものではない、真実だ。
扉を叩く音が聞こえ、入室の許可をする。鏡越しに背後を見ると、壮齢を僅かに過ぎた男――軍団長であるディードが入ってきた。
「レイシア様、抜け穴を捜索していた兵たちが戻ってまいりました。穴は北東の山中へと続いている模様。ですが、今は崩落し、詳しい出口はわかっておりません」
「そうか……まぁよい。敵の狙いはだいたい予想がつく」
私はレイピアを鞘に戻すと、振り返り、ディードに向かって指示を出す。
「敵の狙いは恐らくシングリドだ。確か、今は風が包囲していると聞いた。急ぎ伝令を出せ」
「はっ、ただちに。それともう一つ」
ディードは少し間を置く。彼がこのように言いよどむときは、不確かな状況であるときだ。
「構わぬから言え」
「はっ。逃げ帰った兵によると、抜け穴の先で、妙な男にでくわしたとか。見た目は15、6の男ですが、その力はオーガに匹敵する怪力で、一撃で7人の兵を吹き飛ばしたとか。眉唾かとは思いましたが、確かに直接拳を振るわれた男の鉄の鎧は砕け散り、あばらをも砕かれておりました。魔法治療があと少し遅れていたら命にかかわっていたものと思われます」
オーガのような怪力を持つ男か。そのような男がアークラーンにいたという情報は入っていない。
さしずめ、光の神子の懐刀といったところか。
「くくっ、おもしろい。もしも奴らがシングリドをその手に取り戻した暁には、再度我々が進軍し、真の地獄の業火を見せてくれよう」
※※※
「ていや」
気のない掛け声でオーガの頭をどつく。
それだけで致命傷となり、オーガはオーガの角となって消え失せた。
「オーガが住みついているとは聞いていたが、これほどまでに数を増やしていたとは、予想外だった」
俺とは違うが、サクヤもまた余裕でオーガを倒していた。
オーガの拳を楽々と躱し、致命傷となるであろう場所をクナイで何度にも渡り斬りつけている。
時間はかかるが、彼女がオーガに殺されることはないだろう。
道中、俺は魔物の露払いをするために雇われることになった。報酬は国を取り戻してから、という条件はこちらから提示した。
サクヤもまた俺の力を必要と感じたようで、「もし貴君が我々の助力して下さるのなら、私の身体を好きにしてもらっても構わない」とまで言い出したからだ。それは、彼女にとっては「命すらも捧げる」という意味だったのか、それともくノ一特有の色仕掛けだったのかは、俺にはわからない。
相手の弱みにつけこんで――みたいなことを嫌がったのではない。ただ、彼女の真意を探っている時、俺をこんな世界に誘ったルシルの顔がよぎったのだ。
(俺ってロリコンだったのか……)
実年齢はわからないが、あいつの見た目はよくて中学生、それどころか小学生レベルだ。料理の腕前や俺にチートを授けたその能力は尊敬できるが、今までの俺の経験からは、恋愛対象にはならないはずだ。
確かに料理はおいしいし、美少女ではあるが、それでもストライクゾーンを大きくそれたフォークボールだ。
「どうかしたか?」
俺が悩んでいると、サクヤが訊ねてきた。彼女の顔を見て、俺はぽつりとつぶやくように言った。
「……サクヤって美人だよな?」
「なっ」
「胸もそこそこ大きいし、黒髪も綺麗だし、肌は綺麗だし」
「この非常時に何を言っている!?」
「なんでだろうな」
取り乱したサクヤをよそに、俺は自分の性癖にため息をもらした。
こんな美人よりも、ルシルのほうが気になるってどういうことだよ。
もう、こんな性癖がばれたら、「お巡りさん、こいつです」レベルだよ。
もしかしたら、これもルシルが俺に植え付けた感情なのかもしれないが、仮にそうだとしてもそんなに嫌な気にはならなかった。
それがさらに俺を悩ませた。
歩き続けること半日。
すでに昇った太陽は大きく西へと傾き、空を赤く燃え上がらせていた。
緑と白のグリフォンの旗印。
あれが、ウィンドポーンの軍旗らしい。
ということは、砦の周りにいる奴らは全員敵か。
その数は1000人を超えている。
対するザッカ隊の数は300人だとサクヤは語った。
それなら一気に攻められるんじゃないかと思ったが、どうもウィンドポーンはあの砦を無傷で手に入れたいらしく、時を待っているのだそうだ。
そして、もしかしたら彼らが、自分達をおびき寄せるための餌なのかもしれないと彼女はさらに語った。
森の中、双眼鏡で――サクヤは肉眼で偵察を終えた俺達は一度皆の元に戻った。
「敵の数は1000、敵の舞台は恐らくウィンドポーン軍第三部隊でしょう。幾人か見覚えがあります」
サクヤが説明した。凄いな、そこまでわかるのか。
諜報のプロだと素直に感心した。
「第三部隊といえば、ニコライ将軍の部隊ですか」
「有名な将軍なのか?」
「ニコライ・メドヴェージェフ。槍術のエキスパートだ。タライ・ゴブリン戦役において一人で1000匹斬りを果たした猛者だ」
「ゴブリン戦役?」
なんかすごく弱い戦いみたいなんだけど、なんなんだ?
「この大陸では人同士の戦争は120年なかったが、魔物からの侵攻は多々あった。4年前、一匹のゴブリンジェネラルが誕生し、3000匹のゴブリンがタライの村を占領し、逃げ遅れた全ての村民が犠牲となった。その時、ニコライ将軍率いる第三部隊が村を奪い返した。期間にして1週間、これがタライ・ゴブリン戦役だ。ちなみに、ゴブリンジェネラルを討ち取ったのもニコライ将軍だ」
なるほど、まぁ、この世界においてゴブリンがどの程度の強さかはわからないが、3000匹も攻めてこられたら小さな村などあっという間に飲み込まれるだろうな。たまたま勇者が村にいて包囲を突破、ゴブリンジェネラルを撃破した……とかなければ。
槍なんだから、1000人突きじゃないだろうか? とか冗談を言わせないくらいには強いのだろう。
まさに一騎当千だな。
「夜になり陽動部隊で敵兵をかく乱。その後一気に将軍のいる天幕に火を放ちましょう」
「陽動部隊ですか……危険な役回りになりますね」
シルフィアが神妙な面持ちで言う。
「もしよかったら俺がなろうか? 逃げ足の速さなら自信あるし」
「いや、貴君は傭兵とはいえ我々の恩人。そのような危険な任務をさせるわけにはいかない。ここは私が行きましょう」
俺の提案を断り、サクヤが言った。
覚悟を決めた彼女の目を見て、俺は何もいうことができなかった。
でも――彼女を殺したくはないな。
その後、ミーティングが終わり、サクヤをはじめ、数十人の陽動部隊ができあがった。
彼女達にできることがないか考え、俺が出した結論は、旨い飯だった。
豚汁でも腹はふくれたが、やっぱり走るとなったらタンパク質も必要だよな。
さっきは豚肉だったから、今度は鳥肉がいいか。
食べやすくて、力が湧くような鳥料理――フライドチキン……そうだ、フライドチキンにしよう。
アイテムバッグを漁り、フライドチキンよ出て来いと念じると、ランチバッグが出てきた。
オシャレなランチバッグ付きフライドチキンか。これも期待ができる――そう思って蓋を開けたら……目が合った。
――やたら目つきの悪い鶏と。
「コケーっ!」
「生きてるっ!?」
え、アイテムバッグって生き物でも入れることができるの!?
……………………………………………………
骨付きフライドチキン【料理】 レア:★★
鶏肉に衣をつけて揚げた料理。
残った骨を煮込むといいスープにもなる。
……………………………………………………
「こんなフライドチキンがあるかぁぁぁっ!」
俺はそう言って、走り出していた。
なんだ、これ。とても悪寒が走る。
後方から鶏が空を飛んで追ってきた。
って、鶏が空を飛んでる!?
編隊を組んで追ってきている!?
狙いは間違いなく俺だ。俺を食べようと追ってきている!
オーガでさえも怖くない俺が、今、間違いなく恐怖していた。
くそっ、まさかミミックだったとは。
俺の予想では、あのランチバッグは開けた者を死に誘うトラップだ。
無警戒でランチバッグを開けた俺も悪いが、せめて説明くらいしてくれよ。
前方にはサクヤ達陽動部隊がいたが、彼女達にかまっている余裕は俺にはなかった。
「サクヤ、悪い!」
俺はそれだけを叫ぶと、森を抜け出した。
「コーマ殿!」
サクヤの叫び声が聞こえたが、俺は一目散に走りながら、なにか対処できる道具がないかアイテムバッグの中に手を突っ込んだ。
サクヤがチョロインに思えてくる。
いや、まぁ、まだ多少好意程度で、それ以上に警戒されていますが。




