逃亡と豚汁
~前回のあらすじ~
光の神子とコーマが出会った。
どうやら、この穴は魔物の巣や宝物庫ではなく、王家の抜け穴だったらしい。
俺達全員が抜け穴から脱出したころ、穴の中から爆音が響いてきた。
サクヤと名乗る忍者っぽい女性が火薬か何かを爆発させて、落盤を起こさせたんだろう。怖いことをする。
にしても、俺のチートもそうだが、アイテムバッグには驚かされてばかりだ。
まさか、身分証明書まで用意してくれているとは。
でも、一つ言わせてもらえば、俺は「光磨」であって、「コーマ」ではない。
まぁ、ファンタジー世界の人間に、日本語に関して正しい発音をしろというのは無理難題かもしれない。
俺だって、いまだに「R」と「L」の発音の区別できないからな。
あ、それともう一つ、俺にチート能力があることに気付く。
この世界の住人と普通に会話できているんだが、日本語じゃないんだよな。なのに、俺はきっちり理解できているし、こっちの世界の言葉で話している。
本当に至れり尽くせりにも程がある。
その後、シルフィアから彼女達の状況を聞いた。
突然の他国からの宣戦布告、同盟国の裏切り、落城。
そして、抜け穴を通ってきたところで俺と出会ったこと。
戦争か。日本にいた時には無縁だった物騒な響きだな。
「これからどこに行くんだ?」
「これから、シングリドの砦に向かいます。シングリド砦のザッカ隊は今、ウィンドポーンの部隊に囲まれて孤立状態にあります。まずはシングリド砦の包囲を解き、彼らと合流します。本当なら南のドワーフ自治領に逃げ延びたいのですが、そこを通るにはラタギ川を渡らなくてはいけません。唯一川を渡るための橋はもう封鎖されているでしょうし」
「もっとも、敵もそれを理解し、警戒していることでしょう。それに、ザッカ隊が無事である保証はありません」
サクヤが神妙な面持ちで言った、その時だ。
シルフィアのお腹が「ぐぅぅ」と音を立てた。
同時に、彼女の頬がリンゴみたいに赤く染まる。いいところのお嬢様っぽいからな、腹の音など聞かれたことがないのかもしれない。
「シルフィア様は籠城なさってから粗食を続けておられたから……」
とサクヤがフォローする。サクヤの言っていることは真実なのだろうと俺は直感的に思った。敵に襲われたとき真っ先に俺を逃がそうとしているから尚更だ。
さて、俺はこれからどうするか。
正直、成り行きで彼女達を助けたし、ここで皆を見捨てるのも心苦しいとは思っているが、彼女達を助けることによって俺の身が危うくなるのは間違いない。
俺のことをサクヤは警戒しているが、さっき助けてやったことを盾にして皆と別れるのがベストだろう。戦争に巻き込まれることの恐怖は不思議となかったが、俺の異世界チート能力で他人を殺すのはやはり忍びない。
そう思った時、シルフィアは鞄の中からそれを取り出した。
サクヤの警戒の色が濃くなるのがわかった。少しでも動いたら、彼女は斬りかかってくるのではないか? そんな緊張感だ。
彼女が取り出したのは、拳程度の大きさの白く光る球だった。
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光の宝玉【魔道具】 レア:72財宝
光の精霊の力を宿す宝玉。白く輝く。
6つの宝玉を集めたとき、偉大な力が授かると言われている。
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72財宝……!?
俺は思わずたじろいだ。
72財宝、俺が元の世界に戻る鍵でもある。
ルシルと名乗る少女は言った。72財宝を集めるように。
「いえ、彼はいい人ですよ。私達のことを助けてくれました」
独り言?
いや、説明文が本当なら、彼女はおそらく、精霊と話しているのだろう。
「なぁ、サクヤさん。あの宝玉は6種類あるのか?」
俺が訊ねると、訝し気な顔で俺を見てきた後、
「あぁ。6つの国に1つずつ。それぞれ、光、闇、火、水、土、風の宝玉がある」
6つの国か。72財宝を集めよというのは……そして、俺がここに飛ばされてきたということは、つまりはその6つの宝玉を集めよってことじゃないのか?
なんで72なのかとおもったが、72という数字は、6×6×2。6という数字に縁が深い。
つまり、俺にとって一番困るのは、彼女がなんらかの理由で失踪し、光の宝玉が行方知れずになることだ。それに、6つの宝玉を集めるとなったら、どこかの国に取り入るのが一番だ。そして、彼女達には幸い貸しがあるし、これからも恩を売ることができる。
俺みたいなどこの馬の骨とも知れぬ輩が国のトップと知り合いになれる機会はそうないと思う。
となれば、この好機を見逃すのは悪手だ。
「サクヤ、食事の準備をいたしましょうか」
「なりません。城より持ちだした食料はパリス芋です。あれは生で食べたら毒になり、火を起こせば敵兵に見つかる恐れがあります。あと半日も歩けばシングリド砦です。それまでは私の干し芋――このような粗末なもので申し訳ありませんが召し上がり下さい」
そう言って、サクヤは小さな干しイモをシルフィアに渡そうとし、シルフィアは首を横に振った。
「これから戦いになるのです。サクヤも言っていたではありませんか、腹が減っては戦ができないと」
それって日本でよく言われる言葉だよな。
……サクヤは日本人なんだろうか?
んー、気になる。
ここはやはり俺の出番だな。
「食料なら俺が持っている。皆で食べよう」
俺が提案すると、サクヤは俺のつま先から頭のてっぺんまでを見て、
「貴君が全員分の干し芋を持っているとは思えぬが」
「なんで干し芋限定なんだよ。食べ物なら、この中に(たぶん)入ってる」
そう言って、俺はアイテムバッグの中を探した。
みんな疲れているようだからな。何か疲れがとれる食料でもあれば。
そういって取り出したのは――大きな寸胴鍋だった。中には味噌汁が、しかも温かい状態で入っていた。
40人前はあると思う。
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豚汁【料理】 レア:★★
飲めば疲れがとれる具だくさんの味噌汁。
豚肉や野菜がいっぱい入っており、健康になれる。
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「あぁ、豚と野菜の入っているスープなんだけど、宗教上、豚肉を食べたらダメだとかそういうのってある?」
「いえ、そういうものはありません……それより、そのような小さな鞄から、どうしてこのような大きな鍋が? しかも、温かいようですし」
やば、そういえばアイテムバッグはチートアイテムだったか。
なんて説明したらいいんだ?
「シルフィア様、彼が持っている鞄はアイテムバッグなのでしょう。最近になって、東の大陸、ラビスシティーで発明された魔道具だと聞いたことがあります」
「なるほど、便利なアイテムがあるのですね」
へぇ、この世界には、ルシルが作ったもの以外にもアイテムバッグがあったのか。でも、これを人間が作ったんだとしたら、間違いなく作った奴は天才だな。
「これは、もしや味噌汁か?」
サクヤが豚汁の匂いを嗅ぎ、そう尋ねた。
「知ってるのか?」
「東の大陸、カリアナの伝統料理だ。私の祖国でもある」
「へぇ、味噌汁が伝統料理なのか」
「コーマ殿、まずは私が味見させてもらっていいか?」
「ああ。毒見でも味見でもいいから好きに食べてくれ」
俺は笑顔で、寸胴鍋と一緒に取り出したオタマをサクヤに渡す。
ついでに、木製のお椀も人数分出した。本当にこのアイテムバッグは何でも入っている。お椀が漆塗りなのはやりすぎだと思うが。
彼女はお椀の、上から二番目を取り、オタマで掬った豚汁を入れて一口飲んだ。
「これは……こんな美味な食事をとったことがない。疲れが一気に取れていく」
「私もいただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、人数分はあると思う。どんどん食べてくれ」
俺が許可を出すと、サクヤがおたまで豚汁を掬って入れた。
なべの中を見ると、豚肉や小芋、たまねぎ、にんじん、白菜、こんにゃくまで入っており、本当に具沢山という印象を受ける。
スプーンは数えるほどしかなかったので、割り箸を使ってもらうことにした。
割り箸という文化はこの世界では浸透していないらしく(箸そのものは、やはりというかカリアナに存在するらしい。カリアナ=日本人の集落説がさらに強くなった)、俺が使い方を説明する。
そして、シルフィアは一口、豚汁を飲んで、涙を流した。
え? 口に合わなかったか?
「このように心が休まる料理、口にするのは初めてです。コーマ様、ぜひ皆にも同じものを振舞いたいのですが」
「あぁ、金はいらん。みんな並べ! 一列に整列!」
金はいらんと言ったとたんに、遠巻きに見ていた連中が殺到しそうになったため、一列に並ぶように命令した。
そして、おわんにいっぱいの豚汁を入れていき、それを飲んだものたちの感想はどれも、「おいしい」「こんな食べ物初めて」だった。
味噌汁って見た目から海外では敬遠されるかもとか不安だったが、これなら問題ないな。
寸胴鍋は3つあったので最初に食べ終わった2人の若い男を借りて俺を含め3人で豚汁を分けた。
100人全員分配り終え、俺は鍋の底にわずかに残った豚汁(具はない)をお椀に移して飲むことにした。
配っている間にすっかりさめてしまったが、それでも……、
(なんだよ、この旨さ。味噌も出汁も一級品……いや特級品か)
味噌汁の効果はそれだけじゃなかった。空腹だったはずのシルフィア達の胃が、豚汁一杯飲んだだけで満たされてしまった。俺に遠慮しているのかと思ったらそうではなく、食べようと思えばまだ食べられるが、空腹による辛さはまったくないそうだ。
誰もが同じことを言っているので、これもまた豚汁の効果なのだろう。
改めてアイテムバッグのチート力と、これを作ったであろうルシルの料理力の高さに驚かされた。
こんな味噌汁を毎日作ってくれるというのなら、今すぐ結婚したい。まぁ、向こうから断られるだろうが。
そして、俺達は山を下っていった。
ルシルへの料理の評価がすごいことに。




