エピローグ
全てが終わったとき、そこには、コーマさんの姿も、ベリアルという名の魔王の姿もありませんでした。
あるのは、オーガジェネラルを倒した証――その遺体も今は巨大な魔石と、長い角に姿を変えています。
コーマさんは無事なのでしょうか。
「そうだ、通信イヤリング!」
「クリス、無駄よ……コーマが付けていた通信イヤリングはベリアルの攻撃で吹き飛んだから……左耳と一緒に。薬で耳は再生していたけど、失ったイヤリングは再生できていなかったわ」
「ルシルちゃん! もう大丈夫なんですか?」
私の横にいたのは、いつも通りの子供の姿に戻ったルシルちゃんでした。
怪我も完全に塞がっています。
「コーマのことは後回しよ、タラ、ゴブカリは!?」
「怪我の治療は終わりました。意識はまだ戻りませんが、生きています」
「そう。コメット、タラ、ゴブカリを弱化の泉に浸すわよ!」
ルシルちゃんがそう言うと、コメットちゃんとタラくんがゴブカリくんを支えて弱化の泉に向かいました。
「コメットちゃん、タラ、二人は今、ゴブカリに傅く気持ちはあるのね?」
「ええ……ございます」
「はい、さっきよりもはっきりと……油断すればゴブカリくんに土下座をしてしまいそうな感じです」
「ちょうど都合がいいわ。それで、弱化の泉の効果があるかどうか、はっきりわかるわね」
ルシルちゃんがそう言った時、
「コメット様、タラ様、もう大丈夫です……一人で歩けます」
ゴブカリ君が目を覚ましました。
ゴブカリ君はフラフラになりながらも、弱化の泉に向かって歩いていきました。
そして、弱化の泉には――先ほどは何もなかったはずなのに、今は無色透明の水が溜まっていました。
「ゴブカリ、あんたのおかげで、私は死なずに済んだわ。ありがとう」
「いえ、僕の両親がかつていた迷宮は、ゴブリンには住みにくい土地だったと聞きます。ルシル様がいなければ、母は僕を身ごもる前に死んでいたでしょう。感謝するのは僕のほうです」
そして、ゴブカリは弱化の泉の中に入って行き、その身を泉の中に沈めた。
泉が金色に輝き――そして、その光は徐々に失われていきました。
そして、水の光が完全に消えたゴブカリ君が泉から出てきました。
見た目はほとんど変わりませんが。
「どう? ゴブカリ」
「力が抜けていく感じがします……が、僕もなんとも」
ダメなのかもしれない、そう思いましたが、タラくんとコメットちゃんが、
「いえ、今までのゴブカリ殿への敬意の念がなくなりました」
「はい、効果はあったと思います」
と言ってくれました。効果があった。
その言葉を信じましょう。
弱化の泉は、ゴブカリ君の力を吸ったためか、泉の底に吸い込まれるように消えていきました。
「ルシルちゃん、コーマさんは大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫よ、コーマは生きてるわ」
ルシルちゃんは自分の身体を見て微笑みました。
「私の身体がこうして縮んじゃったってことは、コーマの力を封印しているってことなの。コーマが死んでいたら、私の姿は大人のままだったわ」
よくわかりませんが、そういうことなんでしょうね。
「ルシルちゃんはこれからどうするんですか?」
「私は魔王城に戻って、カリーヌやマユに報告をしてから、コーマを探しに行くわ」
「なら、私も一緒に行きます。コーマさんを見つけて、きっちり文句を言わないと気がすみません」
だから、絶対に見つけてあげますからね、コーマさん。
※※※
コーマは空間の裂け目からどこかに飛ばされ、ゴブリン王の復活は妨げられたか。
最悪の事態は免れたが、それでも全てにおいて喜ばしいとは言っていられない。
僕は誰もいなくなった迷宮の弱化の泉の付近を歩いていた。
その時だ――空間に罅が入り、そいつが出てきた。
金色の獅子――獣化したベリーだ。
「……いやぁ、流石に死ぬかと思ったぜ。ん、おぉ、グリューエルじゃないか、何してるんだ、こんなところで」
ベリーは僕を見ると、さっき死にそうになっていたとは思えない元気な声で僕に声をかけた。
「……ベリー、生きてたのか」
「あぁ、いやぁ、衝撃波でふっとばされて異空間を彷徨ってたがよ、なんとか戻ってこられたわ」
嬉しそうに笑うベリー。
よっぽど好敵手に会えて嬉しかったのだろう。だが、僕は彼を許すことはできない。
「ベリー、僕はコーマ達には手を出すなと言ったはずだ。お前のせいで全てが台無しになるところ――いや、既に計画が大きく後退した。どう責任を取るつもりだ?」
「悪ぃ、でもよう、俺様は最強の魔王ベリアル様だぜ? 最強の名を持つならやはり強いやつと戦わないとよ。防衛戦ってやつだ」
「は? ベリーが最強の魔王ベリアル?」
僕は目の前の筋肉バカを嘲り笑い、近付いていき、
「おっ?」
ベリーは僕を見下ろしていた。彼は今、自分の身に起こったことが信じられないように僕を見ている。
「ベリー、君はどう思っているかは知らないが、おかしいと思わなかったのか? 我儘で強い者を求めるお前が、どうして僕と戦おうとしなかったのか? どうして僕には逆らったらいけないと思っていたのか? そして、君は覚えているか? 僕と君はいつ、どうやって出会ったのか? そして、気付かなかったか? 僕が君のことをベリアルと呼んだことがないことを――」
「な、なにをしやがる、グリューエル」
ベリーの顔がひどく歪む。
僕の手に握られた、ベリーの核である結晶を見て。
「僕の名前はグリューエルじゃない」
「わかってる、サイル、サイルマルだ、サイルマル、いいから俺様の結晶を――」
「サイルマルでもない。ベリー、君に僕の本当の名前を告げるのはこれが初めてで、これが最後になる」
そして、僕は結晶をその身に取り込み、言った。
「僕の名前はベリアル。堕天使ベリアルだ。ベリー、君は僕が作った影に過ぎないんだよ……ってもういないか」
僕がそう言った時、既にベリーの姿はそこにはなかった。
いままでお疲れ様。
もう、君の出番は金輪際存在しないよ。
そして――僕の姿は虚空へと消えていった。
……………………………………………………
Episode08 に続く。
……………………………………………………
…………見知らぬ森の中に俺はいた。
「ここはどこだ? さっきまで琵琶湖にいたはずなのに」
次回、はじまりの物語の最終話を書いて、次章に移ります。
本当は7.5章にする予定の話でしたが、長くなりそうですので、設定をいろいろ変えて8章にしました。
暫くコーマ以外の、ルシル達メインキャラが出てこなくなりそう。




