弱化の泉に到着
~前回のあらすじ~
タラとコメットちゃんのトラウマが払拭された。
コメットちゃん、タラの快進撃は続き、俺達は進軍を開始した。
二人が倒して得た魔石やドロップアイテムはみんなで拾って俺のアイテムバッグに入れていく。
ベリアルの迷宮を下っていく。
ここが何階層なのか、そもそもベリアルの迷宮の入り口がどこにあるのか、それは俺にも、そしてコメットちゃんやタラにもわからない。
なんでも、二つ上の階層にとても強い一匹の鬼がいて、門番のような役割をしているとか。
外から入ってきた侵入者を倒し、内から逃げようとする脱走者を倒す。
その先に出口があるのは確実なのだが、その先というのがどれだけの距離あるのかはわからないそうだ。
まぁ、その鬼と戦わなくていいというのは僥倖だ。
魔物との戦いが一段落ついたころ、俺はなんとなくそんなことを訊ねた。
「そういえば、今まで考えなかったけど、なんで弱化の泉というものがあるんだ?」
強いやつとの戦いを望むあいつにとって、弱化の泉など害悪でしかないはずだ。
あいつが望んで作ったとは考えにくいんだが。
その答えは、コメットちゃんからも、タラからも得られなかった。
もしかしたら、ベリアル本人も知らないのかもしれない。
俺も、なんでルシル迷宮の瘴気から生まれる魔物がスライムしかいないのか、本当にわからないからな。
魔物の数もすっかり減ってしまった。
「日没時間まで残り約30分か」
懐中時計を確認して俺は呟くように言った。
朔の夜、その日にのみ現れる弱化の泉。
朔夜……そういえば前に二度、一緒に迷宮に潜ったくノ一、シグレの追っている抜け忍の名前もサクヤだったよな、と関係のないことを考える。
時雨に朔夜、完全に日本人の名前だ。
ラビスシティーにも居辛くなるし、この冒険が終わったら、マユ、カリーヌ、マネットを含めて皆でカリアナに旅行に行くのも悪くないな。
もちろん、スライム達やゴブリン達全員を連れていくわけにはいかないから、ゴブ(仮)を留守番隊長に任命してもいいとか思う。
独自の文化があるということは、独自のアイテムがあるだろう。俺の持っていた水の上を歩く道具、水蜘蛛改とかも、絶対、この世界で最初に作ったのはカリアナの人だろうと思っている。
ついでに、カリアナで仕入れたアイテムをこっそりメイベルに送って、カリアナ独自の文化をラビスシティーにも普及してもらうのも悪くないな。
寿司がアメリカに渡ってカリフォルニアロールができたように、独自の料理ができるのも悪くない。
そういえば、この前、メイベルから、ラビスシティー初の汁そば店がオープンしたと聞いたな。俺が限定で提供したラーメンを食べた客の一人が、渡したレシピを基に醤油を作り、そしてラーメンを完成させたと聞いた。開店時間から閉店時間まで行列の途切れることのない店になっていたが、従業員のリーが食べたところとてもおいしかったとか。
あと数十年もしたら、大陸中、いや、世界中でラーメンが食べられる日が来るかもしれない。
と、いけない。
ここで冒険が終わった後のことについて延々んと考えるなんて、無事に冒険が終わらないフラグじゃないか。
今は目の前のことに集中しないとな。
意識を切り替えた時、前を歩くコメットちゃんとタラが立ち止った。
「ここです、主」
「これが弱化の泉の湧く窪みです」
思っていたよりも小さいな。
んー、なんとか10人くらい入ることができる広さで、石鉢のような形にも見える。
確かの窪みだ。だが、どこから水が湧き出るのかわからない。
本当にここがそうなのか? と思ったが、二人が嘘をつくことはない。
「よし、じゃあ待つか」
俺は座り、コメットちゃんの用意したお弁当食べようと提案した。
それに二人も同意。
「主よ、こちらにお座りください」
そう言って、タラは平らな石を持ってきて――ゴブ(仮)の後ろに置いた。
「ゴブカリ様、お食事をどうぞ」
「あ、あの、お二人ともどうなさったんですか?」
急に自分に傅くタラとコメットちゃんを見て、ゴブ(仮)が驚いた。
それに、二人がはっとなる。
「も、申し訳ありません、主よ」
「すみません、コーマ様、少しぼぉっとして」
タラは慌てて平らな石を俺のところに持ってきて、コメットちゃんが俺にランチバッグを渡してくれた。
「コーマ……」
二人を見ていたルシルは俺の名を呟くように言う。
「だな、これがゴブリン王の力か。もともとゴブ(仮)に敵意がないから影響が出やすかったんだと思うが、進化前なのにな」
「問題は、それがゴブカリ君の意志で発動していないってことですよね」
クリスのまともな発言に、俺は頷いた。
そうだ、この力をゴブ(仮)の意志で発動できるとしたら、これほど使い勝手のいい能力はない。
だが、無意識化で魔物を引き寄せ、傅かせる能力となれば、間違いなく混乱が起きる。
それこそ、あのゴブリン王物語の絵本のように。
「魔王様」
ゴブ(仮)は何かを決意したかのように俺に言った。
「短剣を一本、拝受できませんでしょうか?」
「別にいいが、何に使うんだ?」
「もしも弱化の泉を使っても私がゴブリン王になってしまった場合、自ら命を絶つつもりです」
ゴブ(仮)の決意を俺は黙って聞いた。
「先ほどのお二人を見て、私は決意しました。人の心をも弄ぶゴブリン王の能力が、この世に存在して良い道理がありません」
「ダメだ。もしも、お前がゴブリン王になったときは――俺がお前を殺す」
ずっと迷っていた答えを、俺はここで出した。
「お前は何も悪くない。お前がゴブリン王になることは罪ではない。罪があるとしたら、お前を救えなかった俺の、魔王としての俺の罪だ。だから、その罪は俺が背負う。俺がお前を殺す。絶対に」
「まぁ、大丈夫ですよ。コーマさんを信じてください、ゴブカリ君。だって、コーマさんですから」
「クリス、それ全然理由になってないぞ」
やはりバカな発言をするクリスに、俺はげんなりした口調で言うと、ルシルは笑って、
「いいんじゃない? 未来がわからないのなら、直感を大事にしたら」
「だな。よかったな、ゴブ(仮)。直感しか使っていない奴の直感だ、絶対にいい結果が出るぞ」
俺の発言に、皆が笑った。クリスまで笑っているんだから、本当にこいつには敵わないな。
そして、皆で昼食を取り、日没まで残り10分となった、その時だった。
「――――っ!!!!」
全身から汗が一気に噴き出た。
来る――奴が来る!
その気配はものすごいスピードでこっちに迫ってきた。
金色の鬣を持つ巨漢の男が、俺の前に現れる。
「……ほぉ、俺様の迷宮に侵入してきた骨のある強者を見に来たら、お前だったのか、コーマ」
俺を見て、気をよくするベリアル。
これなら、話し合いでなんとかなるか? 幸い、アイテムバッグにはあいつにも評価の高かった豚汁が鍋ごと入っている。
だが、そんな俺の目論見は脆くも崩れ去った。
「じゃあ、早速戦おうぜ、コーマよ!」
ベリアルから闘気が膨れ上がった、そんな気がした。




