トラウマを越えて進め
~前回のあらすじ~
ベリアル暴走。
敵を数えるのはやめた。重要なのは数ではない。そして、敵の強さでもない。
狼の魔物、ロアーウルフ。狼と同じサイズの猫の魔物――ストロングキャット。巨大な蝙蝠、ジャイアントバット。
どれも弱くはないが、本来なら二人の敵にはなるはずのない魔物だ。
「コーマさん! なんで止めるんですか!」
「俺は二人に任せると言った。だから、お前は絶対に動くな」
通路は狭い。端によれば二人通ることはできるが、真ん中に立っていれば、ましてや両腕を横に広げて通せんぼしていれば、後ろの三人は俺の前に出ることはできない。
そして、俺は戦いをただ見ていた。
コメットちゃんもタラも十二分に強い。だが、相手はその強さを理解し、数で押してきている。
ここが通路だったのは幸いとも思えたが、同時に不幸でもあった。
ミノタウロスの巨体では二人の場所まで移動できないため、広い通路で待っているようだ。
ミノタウロスのような攻撃が大振りの相手なら、俊敏さで優る二人の敵ではなかっただろう。
だが、相手は個々の強さを捨て、手数で勝負に出た。
だから、二人は押されている。
「コーマさん、このままだとタラくんが、コメットちゃんが!」
「動くな。俺はあいつらに任せたんだ」
そして、俺は二人に向かって言う。
「いいか、俺はここから一歩も動くつもりはない、手出しもしない。二人でこいつらを倒すんだ!」
非情とも思える俺の通告に、二人は返事をするも、本当にそれがやっとという感じだ。こちらを見る様子はない。
後ろでクリスがぎゃぁぎゃぁと文句を言っているが、ゴブ(仮)に頼んで黙らせることにした。
「コメットもタラも……実力の半分も出せていないわね」
俺の斜め後ろに移動したルシルが、二人の戦いぶりを見て呟く。
あぁ、その通りだ。さっき、ロアーウルフの爪がタラの右頬を掠ったが、いつも通りのタラの実力があれば、タラの剣が先にロアーウルフの首を落としていただろう。
動きがいつもよりもワンテンポ、ツーテンポ遅れている。本来なら致命傷にもなる動きの悪さだ。それでも二人がここまで戦えているのは、二人の実力が魔物達を大きく上回るからである。
「調子が悪いんですか!」
「あぁ、絶不調だろうな。過去のトラウマで」
二人が、俺たちの前に現れた時のことを思い出す。
傷だらけで死にかけていた、見るからに弱々しいコボルトだった。
ベリアルとは少し出会っただけであいつに関してはほとんど何も知らないに等しいが、あいつは弱者をじわじわいたぶって喜ぶなんてことはしない。
戦いを心から楽しむあいつにとって、弱者は邪魔でしかない、すぐに殺してしまうだろう。
なら、あの二人を傷だらけにしたのは、ベリアルではない。十中八九、いや、確実にこの迷宮に住む他の魔物達だろう。
コボルトは、この迷宮に住むには辛すぎる環境だったのだろう。
そして、そのトラウマは、肉体的に強くなったからと言って払拭できるものではない。
俺についたベリアルの臭いに過剰に反応した時から、それはわかっていた。
「なら、それこそ二人を助けないと!」
クリスが叫ぶ。
俺だって助けたい。それができないのなら目を背けたい。
でも、俺は直視する。
コメットちゃんが傷つき、タラが倒れそうになっても俺は前を見る。
それが、命じる者の責務であり、そして二人を大切な仲間だと思うからこそ、俺は前を見る。
タラの剣がジャイアントバットの片翼を切り落とした。
だが、ジャイアントバットはそれでも飛行を続け、タラの上を通過、俺目掛けて飛んできた。
「コーマさん! 避けてください!」
クリスが叫んだ。
だが、俺は二人に言った。俺は一歩もここを動かないと。
だから俺は――二人を信じた。
眉一つ動かさず、前を見た。
ジャイアントバットの黄色い瞳が、豚っ鼻が、鋭い犬歯が、その醜悪な顔が俺に迫った。
それでも、俺は動かない。絶対に。
「主!」「コーマ様!」
直後だった、俺の間近に迫ったジャイアントバットが輪切りになった。
コメットちゃんとタラ、二人の剣によって。
そして、ジャイアントバットは片翼と魔石を残して消え去った。絶命したのだ。
「怪我はございませんか!」
「コーマ様、無茶しないでください」
二人が俺の目の前で言う。
だが、俺は二人に言った。
「いいのか? 敵が来ているぞ」
二人が振り返るその先に、魔物が迫ってきていた。
「タラ」
「うむ」
二人が短い言葉を交わし、振り返った。
二人の震えは、もう微細も感じられなかった。
突如――魔物は全て、魔石を含めたドロップアイテムへと姿を変えた。
これが、いつもの二人の動きだ。
「コーマ、よく避けなかったわね」
「避ける必要がないって信じてたからな。最初から」
そして、俺は二人に尋ねた。
「薬はいるか?」
在庫なら十分あるからな。
「いただきましょう」
「はい。ですが、コーマ様を害しようとする敵、全てを」
「「排除してから」」
それからは一方的な戦いだった。
敵の数は減ることはない、むしろ他の場所からも集まってきたため、増えていた。
だが、ジャイアントバットを倒してからの二人は、敵からかすり傷一つ受けることがなかった。
そんな二人を見て、ルシルはニヤニヤ笑って俺に言った。
「コボルトが強くなるのに反対してたわよね。コーマの能力が他の魔王に知られたら困るって言って」
「そんなことも言っていた時期もあったな」
「それでどうするの? あの二人の実力なら、あっという間に他の魔王に知られるわよ」
「それは困るな」
そして、俺は笑って言った。
「もしもそんなことになったら、ルシル、俺と一緒に戦ってくれよな」
「嫌よ……私は戦いには向いてないし」
ルシルが当然のようにそう言った。
ひどいな、そこは「ええ、死が二人を分かつまで」みたいに気を利かせたことを言ってくれてもいいのに。
「だから、もしそんなことになったら、私がちゃんとそばで見ていてあげるし、フォローくらいはしてあげるわよ」
ルシルが笑顔で言うと、俺は「それは千人力だ」と笑顔で返した。
「じゃあ、コーマさんが他の魔王と戦うときは、私が一緒に戦ってあげますね」
クリスがそう言って、俺の腕を掴んだ。
そんな俺を見て、ゴブ(仮)が気を利かせるように言った。
「流石魔王様です」
何が流石なのか、10字以内で答えよ。ゴブ(仮)、今回の戦いが終わるまでの宿題だぞ。




