闇に身を置く魔王の憂鬱
今回はサイルマル国王視点です。
~前回のあらすじ~
魔物がいっぱい襲ってきた。
ラビスシティーにあるVIP専用の宿。
宿として使われることは年に一度あるかないかというのに、清掃も隅々まで行き届いており、部屋に置かれた調度品も高価なものばかりだし、ベッドの寝心地のよさだけでいえば、王室にある物よりもいい。
その宿の一室で、僕は収集してもらった情報を整理していた。
「サイルマル国王陛下、新たな資料をお持ちいたしました」
40歳の男が静かに現れる。
手には数冊の書物があった。
「あぁ、そこに置いておいて」
「はっ!」
男は資料を、脇にあったテーブルの上に置くと、煙のように消えた。
彼は魔物ではない、ただの人間だ。
にもかかわらず、単身で冒険者ギルドに乗り込み、誰にも気付かれることなくユーリが隠していた資料を持ち帰った。
ユーリとレメリカ、ギルドの中で最も力のある二人がいないとはいえ、並みの実力者だとこの任務は成しえなかっただろう。
彼は元々はサイルマル国の領内に住むただの農民だった。人と違うことがあるとすれば、誰よりも妻を愛していたことだろう。その噂は情報を集めていた僕の耳にも何度か届いたほどだ。だから、僕はある実験を行った。その妻を誘拐し、妻を助ける条件として任務を課す。男が達成できないような任務をだ。だが、男はその依頼を成し遂げた。
愛の力――僕はその時はそう思った。
愛の力、思いの力は人間を強くする。男のその力は、隠形という形になって、男を助けた。
そして、男は来る日も来る日も任務をこなし続けた。妻を助けるために続けた任務は、いつの日か任務をこなすための任務となる。
妻への思いは、困難な任務の達成の喜びとなる。男は困難な任務を求めるようになった。もちろん、僕が少々細工をしたわけだが、男はこうして僕に忠実な手駒となった。もう、彼は妻のことは覚えていないだろう。例え、僕が彼の妻を、誘拐したその日に殺していたという事実を告げても眉一つ動かさないに違いない。
本当に人間という生き物は、なんて愚かで、なんて優れた生き物なのだろう。
例えば、僕が魔法学園の理事長だった時は、学生達自ら、自分の国を――いや、自分達すらもアンデッドへと変えた。遥か昔に消失したはずの禁忌魔法を生み出して。
だから、僕は彼らに最大の敬意を持とう。
人間は凄い。例えば、ゴーリキという男――彼もまた優れた男だった。
彼に渡したブラッドソードはすでに多くの血を吸い、手に取れば人の精神など一瞬のうちに破壊する。
本来なら彼が手にしたら、殺されるまで町の人間を全員殺すはずだった。
実際、僕の思ったように、風の騎士団全てを殺したまではよかった。
その後、奴は多少人を殺したものの、類まれなるその精神により、肉体を自制し、ブラッドソードを手放したら元の状態に戻っていた。
恐らく、彼を処刑した人間達は知らないだろう。僕が剣を渡したのが彼でなければ、彼以外の人間に剣を渡していたら、このラビスシティーは血の海に沈んでいただろう。
面白い男といえば、もう一人。
あのコーマという男――ルシファーを抑えつけるとは、一体、どんな邪法を使っているのか。
でも、その彼もこれからの僕の計画には大切なキーパーソンだ。
いよいよ、第二章が始まる。地下に埋もれし全ての魔王が表舞台へと顔を見せる。
その第一歩が、開幕劇こそが今回のゴブリン王事件だ。
そして、この情報も大切な役割を担っている。
僕は先ほど、部下が持ってきた資料を目に通している時、ふと、気配を感じた。
これは――そうか、コーマはあれを利用しようとしているのか。
なるほど、確かに、あの泉を使ったらゴブリン王は生まれないかもしれない。
となれば、これからあいつがこの部屋に怒鳴り込んでくるな。
「グリューエル! グリューエルはいるかっ!」
うるさい男だと、僕は悪態をつく。
入ってきたのは金髪の鬣の男だった。
「ベリー、僕はここにいるよ。それと、僕の名前を呼ぶときは、サイルマル国王陛下で頼む。君はここでは付き人って立場にしてるんだから」
「それどころじゃねぇぞ。俺様の迷宮に侵入者が入ってきやがった。こんなの何十年ぶりだ?」
「123年ぶりだよ……でも、彼らのことは放っておいていいよ。あそこに入った人間は僕の計画にも必要だから、手を出さないでね」
「あぁ、なんでだよ。俺様の迷宮に入ってきたってことは、俺様に喧嘩を売ってるってことだろう」
「そのほうが僕達にとっては都合がいい。だから、放っておくんだ」
「だけどよ……」
ベリーにしては珍しく食い下がる。
おそらく、飽きたんだろうな。だからベリーはこの町に来ない方がいいと言ったのに。
「ベリー、金貨上げるから酒でも飲んできたら? これだけあれば、酒場の酒を買い占められるよ」
王族の大半がこの町を去ったこともあり、戒厳令は解除された。酒場も営業を再開しているし、仕入れの商人達も町に入ってきている。
今困っている人間がいるとしたら、迷宮に入れない冒険者達くらいだろう。
「……それは昨日やった。おかげでその酒場は今日は臨時休業だ」
ベリーはそう呟くと、僕が渡した、金貨の詰まった革袋から金貨を一枚持ちだして、親指で弾きながら歩いていった。
……あれ1枚でうちの兵士の給料3ヶ月分、兵隊長クラスでも2ヶ月分なんだから、もう少し丁寧に扱ってほしいな。
そして、僕は目線を再び資料へと戻した、その時だった。
ベリーの気配が猛スピードで迷宮へと移動しているのを感じた。
あいつ、まさか――
窓の外を見ると、空は青く晴れ、相変わらず町は多くの人が行き交っていた。




