コーマの決意
~前回のあらすじ~
ルシル料理が勇者達を襲った。
謎の魔物達との戦いは激戦といえました。
斬っても斬っても再生するドラゴン、甘い香りのするゴーレム、お肉の焼けた香りのするミノタウロス等、意味のわからない魔物が襲い掛かってきました。
この魔物達は、攻撃力は大したことがないのですが、倒した時にその肉片が仲間たちの口の中に入ってしまい、時には魔物自ら彼らの口の中に己の体を押し込みます。
直後にひどい腹痛を引き起こします。腹痛だけではありません、嘔吐、幻覚、混乱、時には石化を起こします。
そして、襲い掛かってきた15体全ての魔物を倒したときは、私を含め、数人の人しか立っていませんでした。
「どういうことだい? ユーリさんよ。魔物はいないんじゃなかったのか」
「誤算でした。彼らは魔物ではありません……魔物ではなく、突然変異で生まれた別の何かです。その証拠に、彼らを倒しても何のアイテムもドロップしていないでしょう」
確かに、謎の魔物(?)達を倒してもアイテムが落ちることはなく、残り香だけが迷宮に充満しています。
あれは魔物ではない。
それは、私達にさらなる混乱を招くことになりました。
「つまり、あんたの言ってた魔物の気配とやらでは、さっきの魔物の気配はわからないってことか。俺達はこれから、あんな化け物たちと戦わなきゃならないってことかよ、そんなの御免だぜ。そもそも、この強制任務は報酬だって碌に得られないボランティアみたいなもんなんだ。それに命まで賭けられるわけないだろ!」
一人がそう叫びました。
「それに、見てみろ! 薬が明らかに足りてねぇ! こんなんでどうしろって言うんだよ!」
「……そうですね。ここから先は私と、クリスティーナさん、一緒に来てもらえませんか? 体力のある人は一度地上に帰還、薬を持ってきてください」
「私……ですか?」
「ええ。ここは私と君のお父上が攻略した迷宮です。これも運命でしょう」
ユーリはそう言って微笑みました。
「あの、ルルちゃんはどうするんですか?」
「彼女は連れていきます
「危険です、ルルちゃんも一緒に」
「問題ありません。彼女のことは私が守ります。ゴブリン王の素体を探すには彼女の力が必要です」
ユーリ様の背中で、ルルちゃんが親指を立てて、「私は大丈夫」とサインを送ります。
「あの、動ける人で地上に戻れって言われても――11階層から15階層にはスライムが、16階層にはゴーレムがいます。少ない人数での突破は危険が伴うのでは」
「それは問題ないでしょう。数は少ないですし、薬を取りに帰るだけなら襲われることはありません。彼らを操る存在の性格を考えれば、それは確かです」
「操る者……もしかして、それって」
「急ぎましょう、クリスティーナさん、ついてきてください」
走り出すユーリさんを追って、私は走って行きました。
この迷宮を操る人――そんな存在がいる。
もしかして、それは――私のお父さんを殺した闇竜では?
※※※
薬を取りに行っている勇者達の邪魔はしないように、ルシルが魔物達に指示を出したため、17階層で立ち往生していた勇者達と従者達の治療はスムーズに進んだ。クルトにも、薬の納品が終わったら、解毒ポーションや石化解除ポーションなどを作るように言っておいたが、言いつけを守ったようだな。
そして、5時間後には全員、ルシル迷宮から退避していった。
残ったのは二人。
「スピードを上げたな……よりによってクリスとユーリの二人だけかよ」
映像送信器が捉えた映像を見て、俺はため息を漏らす。
現在138階層、あと2時間くらいで150階層に到着する。
「ルルって子も一緒よ」
「ルルとユーリは二人で一人の計算でいいんだよ。それより、ルシル、なんとかならないのか? お前が母親なんだろ?」
「なんとかって、食べたらいいじゃない」
「食べたらって言われてもなぁ」
ルシルが作った料理のうち、勇者達を襲ったのは15品、残り15品がどこにいるかというと、俺に食べてもらうためにわざわざ150階層まで降りて来ていた。
いや、知ってたんだけどさ。
だから、急いで150階層まで来たわけなんだし。
「いや、これから大事な戦いがあるからここで腹痛は勘弁だわ。頼む、ルシル、また今度ルシルの料理は食べるから、今日のところはなんとかしてくれないか?」
「仕方ないわね。私の料理達、コーマに食べてもらうのは今度にして――」
その時、ひき肉シチューから伸びた触手が、ルシルの横の壁を貫いた。
「……コーマ、ダメみたい」
「諦めるの早いって! あぁ、わかった。ルシル、頼む、転移陣の封印をぶち壊してくれ。この迷宮を完全に放棄し、全員避難を開始する。1時間あればできるんだよな」
「わかったわ。コーマはどうするの?」
「料理を片付ける!」
俺はそう言うと、力の妙薬と胃薬を飲み、エントキラーを取り出した。
「コメットちゃん、タラ、力を貸してくれ。フォーメーションDでいく! ゴブ(仮)はルシルと一緒に待機していてくれ」
「え? フォーメーションDってなんですか?」
「そこはイマジネーションで! 行くぞ!」
料理を斬り、アイテムバッグに入れていく俺。
剣で細かく切り刻んでいくタラ。
そして――コメットちゃんも剣を構えるが、タラのように動けないようだ。
「やっぱり、食べ物を粗末にするなんてできません」
あれを食べ物と認識できるコメットちゃん、流石だよ。
そして、30分後、半分の料理はアイテムバッグに収納、半分は俺とタラの胃袋の中に納まった。
アルティメットポーションでなんとか治療できたが、流石にきつい戦いだった。
ユーリとクリスはすでに141階層を突破。
あと1時間半くらいでここに来ることになる。
「ん?」
一瞬、ユーリとクリスが走る映像を見ていた俺だったが、彼らが走る後ろに、誰かの影が見えた気がした。
しかも、二人。
もしかして、ユーリとクリス以外に誰かいるのか?
「まぁ、誰がいても問題ない。ルシル、そろそろ行けるんだよな」
「そのはず……え? ウソ……」
「どうした?」
「結界を途中まで解除してわかったんだけど、封印結界が3重になってる! ごめん、コーマ! あと2時間はかかる!」
「え、マジか! そうだ、俺を竜化させてルシルの魔力を上げたらどうだ!?」
「竜化2段階までしても難しいと思う、そういう強引なやり方をするには、全部の封印を解かないと」
それは……俺が耐えられない。
「魔王様、ここは僕が行きます。彼らの狙いは僕ですし、全ての原因は僕です。足止めは僕が」
ゴブ(仮)が剣を持ち、149階層へ上がろうとしたが、それを俺は制した。
「いや、ゴブ(仮)とタラとコメットちゃんはルシルを見ていてくれ。ここは俺が行く」
「しかし――」
「悪いな。これは俺の我儘で始めたんだ。ちょうどいい機会だ、これからは魔王業に専念しようと思っていたしな」
俺はそう言って、階段を上がっていく。
エントキラーを持って。




