スラム街で豚汁配給
~前回のあらすじ~
初代ブックメーカーの予言について聞いた。
例え、全ての店が臨時休業だろうと、腹は減る。
多くの者は食糧を買い溜めしているし、ラビスシティーに住民登録している者はギルド職員が毎日食糧を配給しているので飢えて死ぬ心配はない。
だが、全ての住民が住民登録しているわけではない。
日本にいたら信じられないことだが、スラム街の住民の9割以上は住民として登録されていない。なのにずっとこの町にいる。だから、彼らには、入国記録もない。いわゆる「書類上存在しない人」ということだ。ちなみに、1割の住民として登録している者は封鎖前にスラムを脱け、ギルドが用意した仮設テントに移動した。
そのため、スラムにおいて、ギルドからの食糧の配給はない。
しかも、ギルドは今回の緊急事態でスラム街を封鎖することにした。臭い物には蓋をするということだ。
そして、スラム街の中だけで彼らの胃を満たす食糧が確保できるわけもない。このままだと餓死者が出るのは明白だが、その確定未来が起きる前に暴動が起きるのも目に見えている。
それを食い止めるために、クリスは俺に助力を求めた。
結果、俺はギルドに許可を貰い、封鎖されたスラムの中に俺一人で入った。クリスも来ると言ったが、まぁ、スラム街に女性を連れていくのも気が引ける。
「おう、ブラザー! 今日も来てくれたか、ヒャッハー」
そう叫ぶのはモヒカンのチンピラ。見た目とは違い、意外と気のいい奴なんだが、俺にはモヒカンの兄も弟も持った覚えはない。
ギルド準戦闘職員に許可証を見せて、封鎖されたスラムにどこから入ってもこいつは現れる。
ちなみに、名前はないそうで、好きに呼んでくれと言われた。なので、俺はこいつをセイキマツと呼んでいる。
「うるせぇ、セイキマツ。今日の配給を中止にするぞ」
「やめてくれよ、ブラザー。そんなことになったらおいらが皆に嬲り殺しにあっちまうぜ」
だろうな。
みんな、この配給を楽しみにしているだろうから。
「ほら、みんなを呼べ」
「おう、わかった」
そう言うと、セイキマツは指で輪っかを作り、指笛を鳴らした。
相変わらずよく響く指笛だ。
その音とともに、どこからともなく、本当にどこからともなく人が集まり、列を作った。
列を守らない奴には量を減らす、俺に逆らう奴、暴動を起こす奴は制裁する。それは初日に済ませてあるため逆らう者はいない。
「お前等、器はどうした?」
俺はコメカミをぴくつかせながら言った。
スラム街の人口は500人にも達する。
俺は初日に木の器を500人分用意して食糧を配った。翌日には器を持ってくるように言ってあったのに、全員器を忘れやがった。そのため、器を新たに用意したが、今日も誰も持ってきていない。そして、今日もほぼ全員、容器を持っていない。
持ってるのはセイキマツくらいだ。
「てめぇら! 器だって有限なんだ! 今日は器がないやつには食糧の代わりに器の配給になるぞ! それが嫌ならとっとと持ってきやがれ!」
俺が叫ぶと、列を並んでいた皆は慌てて容器を取りに戻った。
「まぁ、あいつらの気持ちもわかるよ。ブラザー、この器、ぶっちゃけよすぎるんだ。売るところに売れば銀貨3枚にはなる、それだけあれば俺達は1ヵ月は暮らしていけるからよ」
まぁ、漆塗りのお椀だからな。アイテムクリエイトで作ったけれど、黒光りしていて高級そうには見える。
俺はアイテムバッグから50人分の豚汁が入った寸胴鍋を取り出す。アイテムバッグの中には同じ豚汁があと20個入っている。
アイテムバッグを見せたとき、盗もうとするやつが後を絶たなかったが、全員半殺しにしたらもう盗もうとするやつは現れなくなった。もちろん全員治療したが。
そして、俺はセイキマツの器に豚汁を入れてやる。
セイキマツは汁を飲み、残った具を手で食べ始めた。
「うめぇ! こんなうまいもん、ここに堕ちる前にも食ったことねぇ。スラムに住んでてよかった。ありがとうな、ブラザー」
「礼を言うなら、俺にこんな雑務を命じた勇者クリスティーナに言いな」
俺はそう言いながら、列に並び始めたスラム街の住人に豚汁を入れていく。
この豚汁、見た目以上に栄養抜群で疲労回復効果もあり、腹持ちもいい。
料理スキルを一部使ったためだろう。
「コーマ、これはなんて料理だ?」
「さっきも言っただろ、豚汁だよ。豚肉が入ってるだろ?」
「おぉ、これが豚肉か。鼠の肉以外食うのは初めてなんだが、見た目はそんなに変わらないんだな」
「コーマお兄ちゃん! お母さんの分貰ってもいい? お母さん、寝た切りでこれないから」
「嘘をつくな! お前の母ちゃんは俺が昨日治療してやっただろ。それにさっき食べにきてたぞ。おかわりが欲しいなら素直にそう言え」
「え? いいの?」
「まだいっぱい余ってるからな」
「兄ちゃん、もうスラムに住んじまえよ。俺が良い家紹介してやるからよ」
「屋根なしワンルームの家に住んでいるお前の紹介なんて信じられるかよ」
俺はそう言いながら、セイキマツが持ってきたタンクの中に水魔法を使って水を入れていく。
清潔な水――これがあるだけでもスラム街における病気の発症率は大幅に抑えられるそうだ。
「にしても、外のやつら、まさか俺達がこんなうまいもん食ってるとは思いもしないだろうな」
「ちげえねぇ。はは、ここは天国だぜ」
「言っておくが、俺も仕事があるんだ、いつまで食糧の配給ができるかわからないからな」
そう言いながら、おかわりを貰うために並ぶ奴らに豚汁を配っていると、両手が出された。
「器がねぇんだ。ここに入れてくれ」
「器がないって……火傷するぞ……ったく。お前の顔は覚えたから明日は――げっ」
俺は予備の器に豚汁を入れて差し出し――絶句した。
なぜなら、その男には見覚えがあったから。
「うぉぉ、なんだ、これ、めっちゃ旨いじゃないか! コーマ、てめぇあの時は手を抜いてやがったな」
「なんで……なんでお前がいるんだよ」
絶句したままでいたかったが、俺の情報処理を行う脳細胞が持つ好奇心はそれを許さなかった。
そして、俺は訊ねた。
なんでお前がここにいる?
「なんでって、旨そうな匂いがしたからよ。屋根に飛び移ってひょいひょいと」
ガハハと笑うそいつに、俺は絶句した。
「まぁ、仕事でな。俺様だって仕事くらいするんだぞ」
「仕事って……」
仕事って、何をしに来た?
汗が止まらない。
目の前にいるライオンのような髪型の男――ベリアルを見て、俺の脂汗は止まらなかった。
「安心しろ、お前と戦うつもりはない。余計な騒ぎを起こすなってグリューエルに言われてるしな」
「……グリューエル? あいつもいるのか?」
グリューエル。エントと戦った時に現れた謎の少年。
おそらく、ベリアルと同格の魔王だと思っている。
「ん? おっと、あいつのことは言わない約束だった。悪い、コーマ。今の話は聞かなかったことにしてくれ」
そう言うと、ベリアルは豚汁を流し込むように食べ、「ごっそさん」と言って去って行った。
ゴブリンの王の復活、そしてベリアルとグリューエル、初代ブックメーカーの予言、そして俺の選択。
波乱の予感しかしない。




