プロローグ
~前回のあらすじ~
ゴブリン族長の第一子が誕生した。
ラビスシティー内全域に厳戒態勢が敷かれたのは突然のことだった。
町に四つある門が封鎖された。出ることは可能だが、入ることはできないようになった。
それで困るのは商人達だ。ラビスシティーへの仕入れに来たものだけではなく、ラビスシティーの外へ仕入れにいったものが帰ってきても中に入ることができなくなった。
例外がいるとすれば、それは勇者とその従者くらいだろう。
「うぅ、ありがとうございました、クリスさん、コーマさん」
コースフィールドの町に仕入れに出ていたレモネを門の外まで迎えに行った俺達は、三人で町の中に戻った。
門の外から戻れなくなった彼女は門の外に急遽設けられた仮設キャンプの中で半泣き状態で膝を抱えていた。
その時、クリスの力を借りてラビスシティーの中に入ろうとする商人が何人かいたが、俺がクリスの代わりに断った。
冒険者ギルドの真意がわからない以上、見ず知らずの相手を助けることはできない。
クリスは困っている人を助けられないことに辛そうにしていたが、この場合は仕方ないだろう。
迷宮の出入りも完全に禁止となっただけでなく、一部の店を除き、休業するように通達が来た。
そのため、フリーマーケットも今日は臨時休業だ。
そのため、町に戻ったら、大通りはほとんど誰もいない。
俺達が出ていく前は、逆に買い溜めをする人達で溢れていたから、そのギャップで一層寂しく感じる。
石畳に落ちていたドラゴンの人形を拾い上げ、ついていた砂を叩き、空を見上げる。
別に何も変わらない空がそこには広がっていて、一体何が起きているのか俺には皆目見当もつかない。
地上がこんな状態のため、しばらくは地上にいるとルシルには連絡している。
「一体、何があったんだろうな」
フリマの寮に戻った俺達は、メイベルの食事に迎えられた。
自分で作る料理もとてもおいしいのだが、他の人が自分のために作ってくれる料理というのは心が満たされる気持ちになる。
「おいしいよ、メイベル」
「いえ、まだコーマ様の作った料理には敵いませんが」
本心で、メイベルの作ったスープを褒めた。ちなみに、ここでかつて、オーナー料理としていろんな料理を作ってきた俺だが、今はアイテムクリエイトのみでの料理作成にしている。
流石に、手料理を振る舞ったら、フリーマーケットが行列覚悟の料理専門店になるほどの料理だということは自覚している。
もっとも、昼限定フリマ寮レストランも今日は臨時休業だ。
そして、話題はやはり、この謎の厳戒態勢についてになった。
「戦争でも始まるのかなぁ」
そう言いだしたのは、シュシュだった。だが、何故か関西訛りのリーがそれを否定する。
「今は、国の外に出るのは自由なんよ。むしろチェックが甘くなってるくらい。それっておかしいんとちゃう?」
情報の流出を恐れるなら、チェックは厳しくなるはずだ。
「凶悪犯が逃げ込んでいるんじゃないでしょうか? 前に一度あったそうで……あ、すみません」
レモネが提案し、すぐに言葉をひっこめた。
なぜなら、その凶悪犯というのが、今はタラとして生きているゴーリキであり、その被害者が、かつてここで働いていたコメットちゃんだったから。
でも、コメットちゃんが生きていることを知っている俺は、淡々と答えた。
「まぁ、凶悪犯だとしても、検問封鎖はやりすぎだし、検問も逆になるだろ。入ってくるのは自由だが、出ていくのは難しい、みたいな」
「なら師匠はどう思います?」
クルトに問われて、俺は自分の考えを言った。
「俺もわからない。ただ、勇者とその従者全員に緊急招集命令が下った」
「はい、三日後。かつて勇者試験で集まったあの講堂に集合するように」
勇者には多くの特権が与えらえられる。だが、それと同時に、緊急時にはギルドのために働く義務もまた発生する。
例えば、今回のように緊急招集命令があれば、各地の冒険者ギルドから勇者にその旨が伝えられる。そして、それは拒否することはできない。拒否したら、勇者としての称号が剥奪されることになる。
そしてもう一つ、勇者が拒否することができないのが強制任務。
それらの二つは、いまだかつて一度も発動されたことがない。
だが、緊急招集命令が発動された今、強制任務が発動されないという保証はどこにもない。
「それに、クルトとザードにも強制ではないが、依頼は来ているんだよな」
「ああ、剣の作成依頼がとんでもない本数来てる」
「僕も、力の妙薬を含め、僕がぎりぎり作れる薬の作成依頼が沢山」
二人が告げると、
「実は、店にも、アルティメットポーションを再度入荷できないかとレメリカさん経由で質問がありまして」
薬に剣か。
本当に戦争をしようとしているんじゃないかと思ってしまう。
だが、相手は門の外の相手ではない。
門と同様、いや、門以上に完全に封鎖されている場所がある。
迷宮。
もしかして、冒険者ギルドは――いや、人間は迷宮相手に本気で戦争を仕掛けるつもりじゃないだろうか?
(いや、俺が魔王だから考えすぎなだけか)
「きな臭いのはそれだけじゃないよ」
そう言って入ってきたのはスーだった。シーも一緒だ。
相変わらずの厚着だ。やはりあの服の中には暗器が大量に入っているんだろうな。
彼女達が仮住まいとしていた宿までも休業中となった。勇者特権があればギルドが提供する宿に移ることができるらしいのだが、一日中監視のつきそうな場所に泊まるのはつらいと拒否。結果、部屋が余っているこの寮に住むことになった。
「それだけじゃない?」
「各国の代表がこの国に向かっているそうだよ。兄貴は用事があってこれないから、パパが代わりにくるそうだよ」
パパ――ゴルゴ・アー・ジンバーラ。ジンバーラ国の元国王。
ご高齢ながら、愛人を多く持つ爺さんで、子供の数は100を超える。
あの爺さんが来るのなら、精力剤でも作っておいてやるか。
それにしても各国の代表が集まるのか。
それなら、この厳戒態勢は納得できるが、それ以上に嫌な予感がする。
「お! ね! え! さ! まぁぁぁぁっ!」
俺の悪寒と同時にフリマの寮の扉が開き、リーリウム王国の百合女王が登場し、クリスの胸に飛び込んだ。




