閑話7 初めての梅干し作り~後編~
~前回のあらすじ~
梅干し作りの準備をした。
梅干し作りといっても、梅の実を水でよく洗って、へたを切り落とす。
よく消毒した壺に塩を入れ、梅を敷き、また塩を入れ、梅を敷くを繰り返し、最後に落し蓋をし、ゴーレム石を乗せたらあとは暗所に入れるだけだ。ただし、暗所は埃が入らないように特殊な場所を用意した。
そして後は漬物石の重さを変えるだけだ。
流石に俺も時間を早める魔道具はまだ持っていない。時間を止めるのならアイテムBOXを使えばいいのだが。
植物の成長を促すアイテムは持っていても、漬物相手にそれが通じるとは思えないしな。
あとは重しの重さを途中で変える必要はあるが、とりあえずは一ヶ月後の天日干しまではすることはない。
「ということで、梅干しを食べようか」
俺は種なし梅干しを取り出して、みんなに言った。
「あの、なんで梅干しがすでにできあがってるんですか?」
一番面倒なへた取りをしてくれたコメットちゃんが手を上げて質問した。
「いや、梅の種を取り出して植えたから、残りの部分をそれでアイテムクリエイトでちょちょいと」
そのために、わざわざ梅の実から種を取り出すという作業をしたんだからな。これをしないのなら、実をそのまま地面に植えていたよ。
「それでは全部アイテムクリエイトで作ったらいいのでは?」
タラがそういう疑問を投げかけるが、わかってないな。
コメットちゃんだけでなく、ルシルもわかっているというのに。
「なんで?」
カリーヌが首をかしげたので、俺は説明をした。
俺がわざわざ梅干しをアイテムクリエイトを使わずに作る理由を。
「料理って、作るの楽しいじゃん」
俺の発言においしい料理を作るコメットちゃんと、おかしい料理を作るルシルが同時に頷いた。
俺も最近は料理に結構はまってるからな。俺が料理を面白いと思ったのは、琵琶湖で全種類の魚を釣り上げようとしていた時からだ。ブラックバスやブルーギルの調理法の多さには驚いた。特にブラックバスは、できるだけキャッチ&リリースをせずに食べてほしいという願いが込められているのか、地元の人が様々な調理法を知っていた。
それに、料理を作ったときに喜んでもらえるのは素直に嬉しいからな。
ふと、頭によぎったのは、二人で旅をしている時に俺の料理を笑顔で食べるクリスの笑顔だった。と同時に、俺の手によって胸を貫かれたときの彼女の表情も同時に思い出す。
…………ちっ。
自分の右手を強く握りしめて俺は舌打ちした。あの時、クリスが出てこなければ、恐らく俺は、カリーヌをこの手で殺していた。クリスの胸を貫いたときの感触がいまだに忘れられない。
あいつの鎧を作ってやらないとな。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
俺はカリーヌの頭の上に右手を乗せようとして――その手を握りひっこめて左手で彼女の頭を撫でた。
カリーヌは気持ちがいいのか「にへー」と声を出す。可愛いな。
「……カリーヌちゃんばっかりずるいです」
コメットが呟くように言ったのを、俺は聞き逃さなかった。そして、笑顔でコメットに近付き、彼女の頭を撫でて、
「いつもありがとうな、コメットちゃん」
「え……えへへ」
猫髭と犬耳をぴくぴくさせるコメットちゃんを見て、俺は頬を緩めた。そして、ルシルがこっちを見てきたので、俺はニヤリと笑い、
「ルシルも撫でてやろうか?」
と尋ねた。それに対してルシルはそっぽを向き、
「いらないわよ。それより、梅干しを食べましょ。コーマが言うくらいだから、かなりおいしいんでしょ?」
「あぁ、食べていいぞ」
梅干しをフォークで突き刺した。
種があったら突き刺しにくかっただろうが、種無し梅なので簡単に突き刺さる。
そして、彼女は何の警戒もせずに全てを口の中に入れて、案の定、口をすぼめた。
「なにこれ、しょっぱ! 塩辛いわよ、何、これ、塩の塊?」
「いやいや、梅干しを食べたときは「すっぱ」だよ。これがいいんじゃないか」
俺はそう言って、梅干しを食べた。
んー、すっぱい。
白いご飯が欲しくなる。
だが、コメットちゃんもタラにも不評のようだ。
カリーヌは、「すぱすぱ」とよくわからない表現をしていたが、美味しいとは言ってくれなかった。
「まぁ、日本人じゃないとこの梅干しのよさはわからないさ。それより、今から梅ジャムを作るからそれを食べてくれよ」
俺はそう言って、まな板に洗った梅を取りだす。
そして、みじん切りにして、鍋に入れ、魔力コンロ煮込み始めた。
タラとコメットちゃんはその間、小麦畑の水やりのために外出。
まぁ、20分ほどでできるからな。
煮たって来たら砂糖を入れ、灰汁を取り除いて、さらに砂糖を加えて煮る。
そしてできあがったのが、
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梅ジャム【料理】 レア:★★
梅から作られたジャム。クエン酸で健康になれる。
毒・麻痺・混乱・魅了状態から治療できる。
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……万能薬だった。
え? なにこれ? レア度は2だけど、効果だけ見たらレア度4くらいの価値がありそうなんだけど?
「うん、今度はいい臭い。ねぇ、クラッカーに付けて食べてもいいわよね」
「あ、あぁ。いいぞ……」
俺が許可を出すと、ジャムをスプーンで掬い、前に作ってあったクラッカーにつけて食べた。
「なにこれ! 美味しすぎるわ! 酸味と甘みが見事にマッチしてて。あぁ、私の中でチョコレートパフェDXのランクが2位になる日が来るなんて思ってもみなかったわ」
「……ルシル、ちょっとスプーンを貸してくれ」
俺はルシルからスプーンを取り、ジャムを掬って一口食べた。
……うまっ!?
なんだこれ、少なくとも特殊な加工はしていないし、梅そのものも特殊な梅ではない。
でも、このジャムは砂糖を入れているにもかかわらず、その甘さは梅本来の甘さを引き立たせているかのような甘みだ。
酸味がとても喉に優しく、頭がすっきりしていく感じもする。
「カリーヌも食べていい?」
「あ、あぁ」
俺は水で洗ったスプーンでジャムを掬い、クラッカーに乗せてカリーヌに食べさせた。
「うん、うまうま」
カリーヌが「もう一枚」と言ってきて、ルシルも「私も! 私ももう一枚!」と催促をしてきた。
「とてもいい香りですね」
コメットちゃんがタラと一緒に入ってきたので、俺はコメットちゃんに聞くことにした。
「なぁ、コメットちゃん。料理レベルが上がるとどうなるんだ?」
「そうですね。一説によると、料理の味がよくなったり、料理に特別な効果がでると聞いたことがあります」
「なぁ、コメットちゃん。ちょっと俺が言う通りに梅ジャムを作ってくれないか?」
その後、コメットちゃんは不思議そうな顔をしたが、ジャムを作ってくれた。
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梅ジャム【料理】 レア:★★
梅から作られたジャム。クエン酸で健康になれる。
酸味が効いていて、パンなどにつけて食べられる。
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そして、味もまた俺のよく知る梅ジャムだった。
つまりは劇的な味の変化も、そして万能薬並みの効能も、全ては俺の料理スキルレベル10による作用ということか。
「何これ、とてもおいしいです。私の作ったジャムとは大違いです」
「生きていて……よかった」
「コーマ、もう一枚、もう一枚ちょうだい!」
「カリーヌももう一枚、もう一枚!」
「待て、俺の分も残しておいてくれ」
こうして、俺たちは梅ジャムを使い切り、梅ジャムパーティーを楽しんだ。
だが、これから料理を作るときは気を付けないといけないな。
それともう一つ。
コメットちゃんに手伝ってもらったとはいえ、俺が作った梅干し。
この効果が一体どんなものになるのか?
それがわかるのは、まだ先の話だ。
「で、コーマ。さっきから気になってたんだけど、マユはどうしたの? 一緒に行ったのよね、蒼の迷宮に」
「え?」
※※※
蒼の迷宮最下層。
領主の館。
「……ねぇ、マユ姉さん。気持ちはわかるけど、コーマも悪気はないんだと思うよ。梅の実を持って急いでたみたいだし」
「そうだよ、マユ姉さん。ほら、マユ姉さんが好きだった白身魚のソテーあげるから」
「ありがとう、メアリ、ランダ」
コーマさんに置いていかれた私は、彼が気付いて戻ってくるまで領主の館で待っていた。
転移石はコーマさんが持っているから、一人で戻るには一度10階層に戻らなくてはいけない。蒼の迷宮の中は私のテリトリー、ここは私の迷宮だから問題ないのですが、
でも10階層はギルド職員がいて、彼らに見つかるわけにはいかないので、結局私は領主の館に留まるしか手段がありませんでした。
「私って、そんなに影が薄かったかなぁ」
私はそう言って、可愛い妹達から貰った白身魚のソテーを食べて、待っていた。食べようとした白身魚が、口にたどり着く前にウォータースライムに分解吸収されてしまい、そのせいで顔に白身魚の食べかすのようなものがべたりとついた。
コーマさんが戻ってきたのは、彼が一人で魔王城に戻ってから4時間後のことでした。
マユの新たな属性誕生。




