ブックメーカーへの質問
~前回のあらすじ~
鍛冶工房の管理者を雇った。
「いやぁ、コメットちゃんの作る味噌汁はいつもおいしいなぁ」
魔王城のテーブルで、俺、ルシル、コメットちゃん、タラ、マユ、カリーヌの6人で朝ごはんを食べていた。
味噌と豆腐はアイテムクリエイトで作成、煮干しはマユがワカメと一緒に差し入れた小魚をアイテムクリエイトで作成、そしてそこから味噌汁を作ったのはコメットちゃんだ。
彼女はグーと一つになる前、さらに奴隷になる前は孤児院に養われる子供の中で一番お姉さんだったらしく、みんなの分の食事を作っていたそうだ。
そのためか、大勢の料理を作る技術は魔王軍で一番と言ってもいい。
アイテムクリエイトで作れないこともないけれど、なんか味気ないんだよな。味はあるんだけど。
「ありがとうございます、コーマ様」
コメットちゃんは犬耳をぴくぴくさせながら軽く頭を下げた。
本来食事をとる必要のないルシルだが、最近は一緒に食事を食べることが多い。
彼女が言うには、「魔王軍元帥として配下とコミュニケーションをとるのは当然の義務よ」とのことだ。
義務で食事を一人分用意させられるコメットちゃんはというと、「大勢で食べる方が楽しいですからね」と嬉しそうにしているので、俺は余計な水を差さないでおいた。
まぁ、一応ルシルは彼女の上司にあたるわけだしな。
「んー、この玉子焼き、甘くておいしいわね」
「はい、ルシル様の分だけ、砂糖を少し多めにしておきました」
「そうなの? ありがと」
満足そうに玉子焼きを食べる甘党のルシルだが、ふと、
「私もこんな玉子焼きを作れたらいいなぁ」
と呟いた。それに、俺の背筋に悪寒が走った。
そして、タラも汗がダラダラと出る。
俺の次にルシル料理の被害者にあっているのは紛れもないタラだ。
思えば、タラの中の一人であるゴーリキが勇者試験を落ちるきっかけになったのも、ルシルの料理だ。
あの時、薬草汁の襲撃がなかったら、ゴーリキは間違いなく勇者になっていただろう。
それでブラッドソードに操られるという運命から回避できたかどうかは不明だが。どうもそのあたりの記憶は曖昧らしい。
「そ、そういえば、ゴブリン族長の奥さん、そろそろ子どもが生まれるんだって?」
俺は慌てて話をそらそうとし、それはうまくいった。
「うん、もう少しね。でも、一次成長を終えて一人前になるまでは生まれてから2ヶ月はかかるそうよ」
「2ヶ月で1人前って凄いな」
「カリーヌは生まれたときから一人前だよ」
「あぁ、そういえばそうだな。カリーヌは偉いなぁ」
カリーヌの口の中に入った卵焼きが、ばらばらに分解されて彼女の中に取り込まれていく。
最初は見ていて気持ちのいいものじゃないなぁ、と思ったが、慣れるとどうっていうことはない。
「そういえば、カリーヌ。30万匹のスライムはどうなった?」
エントとの戦いを生き延びた30万匹のスライムは、魔王城の30階層~40階層にいる。1階層3万匹のスライムというのはとても恐ろしい感じがするが、
「うん、融合してるよ。今は4000人くらいかな」
「そうか、せめて1000匹にして欲しいな」
「わかった」
スライムは融合することで成長することがある。エンペラースライムのように巨大化するのではなく、力が上がる感じだ。
スライムにとっては仲間の死骸を取り入れたり、生きている仲間同士融合するのは普通のことらしい。
そういえば……
俺はふと、自分のスキルを確認した。
スライム創造者レベル1。
使い道のわからないスキル。手に入れたはいいが、何なんだ、このスキルは?
※※※
「ということで、教えてエリエールさん!」
俺はサフラン雑貨店の店長室で業務をするエリエールに聞きに行った。
彼女は、リーリウム王国に行っている間に溜った業務と睨めっこしていたが、俺が訪ねると、笑顔になってお茶を入れてくれた。クッキーは俺が持ってきたので、それを一緒に食べることに。
ブックメーカー候補だった彼女は、俺よりも多くの物事を知っているから、こういう時には彼女に頼るのが一番だ。
「コーマ様に頼られるのは悪くありませんが、そうですわね。一つ条件をお出ししてよろしいかしら?」
「一つ? 俺にできることならなんでも言ってくれよ」
「わたくしとい…………い……一緒…………一緒にその……あの」
エリエールは顔を赤くして身をよじり、ごほんと咳をし、
「いえ、わたくしのための剣を鍛えて頂けないでしょうか? 前のような短剣ではなく、このレイピアのよな」
「あぁ、そのくらいでいいなら」
「では、参りましょうか」
「ん? ここじゃわからないのか?」
「ええ。いくらわたくしがブックメーカー候補であったとはいえ、ブックメーカーの力を得られなかったわたくしが全知というわけではございません。聞いた感じではコーマ様のスキルは相当レアなものでしょうし」
そして、エリエールは小さく呟く。
「ごにょごにょ(殿方と二人きりで迷宮……もしかしてデートかしら?)」
ごにょごにょって口に出して言う人を初めて聞いた。
でも、本当にエリエールは面倒見がいいな。前もコメットちゃんとタラのことを助けてくれたし。
「そういえば、クリス以外と一緒に迷宮に行くのは初めてだな。いつもはあいつと迷宮に行ってるから」
「……行きますわよ」
あれ、何故かエリエールの機嫌が悪くなった。
俺を見て? あぁ、違うな、きっと俺の後ろにある書類を見たんだ。
確かに、短い時間とはいえ執務室を離れたら書類が溜まるからな。
んー、ちょっと悪いことしたかな。
と思いながら、俺達はそれでもパーカ迷宮の最奥を目指して歩いた。
流石に勇者と魔王のコンビは、クリスの時同様、危険な目にあうこともなくパーカ迷宮の最奥にたどり着き、隠し部屋からブックメーカーの部屋に。
「以前、ここに来るまでは、二度と戻ってくることはないと思っていましたわ」
「戻ってしまえばそこはあまりにも近かった……か」
もしかしたら、何年後か、もしかしたら何十年後か何百年後には、俺にとっての日本がそんな存在になるのかもな。
ルシルの力が戻れば、それも可能かもしれない。
「ええと、これですわ」
「これって? スキル図鑑?」
アイテム図鑑のスキル版。
「ええ。コーマ様、本を開いてください」
「……あぁ」
俺は言われた通りにスキル図鑑を開く。
登録されているのは少ないが――。
「もしかして、これって俺のスキル?」
「あと、コーマ様がこれからその目で視たスキルも登録されます」
「なるほど……でも、これもらっていいのか?」
「ええ、古い本ですからよろしいですわ。最新版はブックメーカーの部屋にありますから」
「あぁ、そういえばあったな」
アイテム図鑑、スキル図鑑、魔物図鑑が。
「最新版って、何が違うんだ?」
「そうですわね。このスキル図鑑は100年前のスキルですけれども、100年前になかったスキルというものが存在するんです。それが登録されるようになります」
「……あぁ」
もしかしたら、俺のアイテムクリエイトもそうなのかもしれない。
「あれ? でもブックメーカーは過去も現在も未来も知っているんだろ? なんで未来のアイテムがわからないんだ?」
「未来は決まっていますわ。でも、それは世界の中での話。世界の外からの介入――例えばコーマ様のようなイレギュラーの存在が、世界の揺らぎとなるのです。そして、その揺らぎは未来を不確定に変えるのです。それでも、あと十年もしたら未来はまた一つになりますが。わたくしがコーマ様のことを知ったのもそれが理由です」
そして、彼女は小さな声で、
「イレギュラー因子はコーマ様だけではないのですが」
と小さく呟いた。
他に何かあるのか?
そう思いながら、スキル図鑑を見た。
「なるほど。あ、これか」
スキル図鑑を捲って行き、スライム創造を見た。
スライムの核に魔力を込めて、生きているスライムを作り出すスキルらしい。
スキルレベルが上がるごとに作れるスライムの種類が増える……と。
んー、微妙だな。アイテムクリエイトと違って魔法生物ではなく魔物のスライムが作れるのと、材料がスライムの核だけなのは魅力だが、そこまで便利なものだとは思えない。
「そういえば、未鑑定のものを調べるのもブックメーカーの仕事なんだよな?」
「ええ、そうですわ」
「なら、鑑定できない剣と斧があるんだが、それを見てもらってもいいか?」
「ええ。ブックメーカーもそれなら教えてくれると思いますわ」
ならば、と、俺はアイテムバッグから鉄の剣(?)とエントを殺した斧を取り出した。
あっちに行く前に、やるべきことはやっておかないと。




