鍛冶師ギルドの暗躍
~前回のあらすじ~
鍛冶師ギルドから恨みをかった。
「どう思う、ザード」
「はい、素晴らしい作戦だと思います」
僕は思ってもいない世辞を述べた。
鍛冶師コーマ。奴を潰すための作戦は単純だった。
彼がギルドの入会を拒否し、強気の態度に出られるのには大きな理由がある。
鍛冶師ギルドに入会する大きなメリットの一つとして、先ほども言った通り凡庸武器の買い取り制度がある。
特定の卸し先を持たない鍛冶師にとってはとてもありがたい制度だ。
だが、コーマにはそれが必要ない。何故なら、彼が作った武器はほぼ全てフリーマーケットに卸される。
武器の売り先に困ることがないのだ。
なら、その売り先に少し圧力を掛けたらいい。
もちろん、相応の見返りは用意しなければならないが、二人はそれだけの意味もあると思っているのだろう。個人的な恨みに加え、見せしめ的な意味で。
フリーマーケットは、できて半年足らずの店だ。ハチバンさんとクイナさんが言うには、もともとはエルフが営む中堅の雑貨店だったそうだが、数年前にエルフが亡くなり、借金を残して倒産。その後、フリーマーケットと店名を改め、そのエルフの娘のメイベル・ヴーリヴァが奴隷として雇われ店長で働いていた。奴隷なのに店長? と思ったが、その業界においては決して珍しいことではないらしい。だが、次の事態は予想外だ。どういういきさつがあったのかは知らないが、店長及び従業員全員が奴隷から解放され、さらに雇われ店長だったはずのメイベルがオーナー兼店長として店の経営をしている。
彼女が持つ総資産は金貨数千枚から数万枚とも巷では囁かれている。それだけなら周囲の妬みもあるだろうが、彼女はその資産の一部、といっても少なくない額を孤児院への寄付や清掃団体への支援などに使っているために評判はすこぶる良い。
彼女とコーマとの付き合いは今のところ不明瞭だが、メイベルの住む女子寮に勇者クリスティーナが住んでおり、彼女の従者であるコーマに配慮している可能性が高いと思われた。
ちなみに、メイベルと一番面識があるのはクイナさんだ。
凡庸武器をフリーマーケットに卸している。その価格設定の時に話し合いをした。
クイナさんが言うには、メイベルは面白味に欠ける人物らしい。
夜にもかかわらず仕事があるからと酒は一滴も飲まず、やり手の商売人だという。僕と年はあまり変わらないのに、凄い人だと素直に思った。
コーマとの一悶着があった翌日。僕たちは件のフリーマーケット目指して歩いていた。
僕たち――つまり、僕とハチバンさんとクイナさんだ。
「はんっ、若いのにそんな生き方をしているようじゃ、彼氏は絶対にいねぇな」
ハチバンさんが笑って言う。
「なんなら俺が直々に女の喜びを教えてやろうか」
「ハチバンさん、そんなこと絶対に彼女の前で仰らないでください。フリマはギルドにとっても貴重な収入源なんですから。オーナーを怒らせて良いことなんて何もないんですよ」
「あぁ、冗談だよ、冗談」
ガハハハとハチバンさんは下品な笑い声を発した。
クイナさんはハチバンさんに敬語を使う。クイナさんはマスターにもため口で話すことが多いので、そのクイナさんが敬語を使えば、ハチバンさんの自尊心が満たされる、そのことを彼は熟知しているからだ。
それにしても、誰も笑えない嘘を冗談と言っていいのだろうか?
そして、僕たちはフリーマーケットの門戸へとたどり着いた。
時刻は午前11時。昼前だ。開店後の慌ただしい時間も過ぎているらしい。
「フリーマーケット……蚤の市か」
その店名に偽りあり、といわんばかりに古いながらも立派な佇まいをしている建物だ。それでも、隣に見える4階建ての大型店、サフラン雑貨店と比べると小さく見えるな。
ハチバンさんを先頭に、僕たちは店の中に入った。
「いらっしゃいませ、ようこそフリーマーケットへ」
そう言って出迎えたのは、美少女の店員たちだった。
この店の店員は全員可愛いと兄弟子達が騒いでいたのを覚えている。僕はその時はあまり興味を持たなかったが、確かに彼女達の容姿を見ると兄弟子達が騒ぐのも頷ける。
彼女達の容姿を確認しながらも、僕は店の中の確認も怠らない、と言えば聞こえがいいが、初めてラビスシティーに来たときみたいにきょろきょろとあたりを見回していた。これだとお上りさんもいいところだと思うが、そうせざるをえないほど、この店の品揃えはすごかった。
ポーションという回復薬は僕も知っている。
だが、そのポーションの種類の多さに僕は舌を巻いた。
前に師匠の命令でサフラン雑貨店に鉱石を買いに訪れたことがあり、その時にサフラン雑貨店のポーション売り場を見たことがあったが、その時に並んでいたポーションは数種類しかなかった。
だが、この店にあるポーションの種類は20種を超えている。
(エラ呼吸ポーション……水の中で息ができるポーションってそんなのもあるんだ)
他にも腕力が30分間1.5倍になるという力の妙薬という薬もあった。鍛冶師ならこれを飲めばいい武器が作れそうだと思ったが、その銀貨20枚という価格に僕はため息しか出なかった。僕の給料が月に銀貨9枚だから、2ヶ月分でも足りない。
こんな薬を作れるなんて、きっと凄い錬金術師なんだろうな。
脳裏に、立派な白鬚を蓄えた賢者のような老人が試験管を持っている姿が浮かぶ。
偏見すぎるか。
「メイベルさん、お久しぶりです」
クイナさんがそう言ったので、僕は我に返った。
クイナさんの前にいたのは、緑色のショートヘアの少女だ。やはり僕と同い年くらい。
「御無沙汰しております、クイナ様、ハチバン様」
「ん? 俺の事を知っているのか?」
「はい、ハチバン様は次期鍛冶師ギルドマスターと言われているお方ですから、当然存じ上げています」
彼女の言葉にハチバンの機嫌は最高潮に達しているだろう。
それにしても、彼女は凄いな。僕なんて鍛冶師なのに、師匠の命令で鍛冶師ギルドに行くまでハチバンさんのことはおろかゼッケンさんのことも知らなかったのに。プロの商売人は人の顔と名前を覚えたら10年経っても忘れることはないというのは本当らしい。
「今日は何かお探しでしょうか?」
「いえ、今日は少しメイベル様にいい話がございまして、伺いました」
クイナはそう話を切り出した。
そして、僕たち三人は店の奥にある応接間に通された。
応接間はソファーとテーブルだけの簡素な部屋だが、驚いたことに部屋に入り扉を閉じたとたんに外の音が全く聞こえなくなった。防音系の魔道具が使われているのだろうか?
そして、ソファーに腰掛けたとたんに、その気持ちよさに、思わず目がとろんとなった。
僕の部屋の床よりはマシというベッドより遥かに寝心地のよい椅子だ。
もちろん、こんなところで寝たらハチバンさんに何を言われるかわからないので必死になって起きている。
そのハチバンさんもその椅子に驚いたようで握りこぶしを作って椅子の感触を確かめていた。
「なぁ、このソファーはどこで売っているんだ? 俺も買えるのか?」
ハチバンさんがそう尋ねた。確かに、家具の類はこの店には置いていなかったはずだ。
ただ、僕も買えるなら値段は気になる。銀貨30枚貯金がある。全部使ってでも、買えるなら買いたいくらいだ。
「申し訳ございません、それは前オーナーがどこからか買い付けてきたソファーで非売品なんです」
前オーナーの噂は僕もいろいろと聞いている。
なんでもほぼ毎日買い付けの旅に出ており、彼がどこからか買い付けてきた武器防具は「オーナーコレクション」と呼ばれ、貴族や商人、一部の冒険者に絶大な人気があるという。だが、メイベル以外、従業員ですらその前オーナーの顔を知らないという。きっと凄腕の商人なのだろう。
「急な来訪申し訳ありません。現在、フリーマーケット様には価格は一般卸し値の5%OFFで卸させて頂いております」
大きな店にはそれだけ安く売る。もちろん、それを知っているのは鍛冶師ギルドの人間のごく一部と安く売ってもらっている店の人間だけだが、多売が期待できる店には薄利でも構わないからだ。
「その価格を10%OFFまで引き下げるというお話で参りました」
「それはありがたいお話です」
彼女はそう言って頭を下げた。
応接間の扉のドアが叩かれ、お茶が四人分運ばれてきて、角砂糖の入った瓶と一緒にテーブルの上に置かれた。
僕は角砂糖を二つ、トングでつかみスプーンの上に乗せたところ、二つともハチバンさんに奪われた。
横を見るとハチバンさんが僕から奪った角砂糖を口に入れてお茶を飲んでいる。
一体どんな飲み方なんだよ。
僕は内心では悪態をつきながら、(たぶん)顔に出すことなく、さりとてもう一度瓶から角砂糖を取るのも面倒になり、そのままお茶を飲んだ。
そして、その芳醇な香りと味に驚いた。砂糖など入れなくても十分においしい。
僕が今まで飲んでいたお茶なんて、色のついたお湯のようなものだった。しかも、ミルクや砂糖のような味を誤魔化すものも用意されていない。
だが、これが本物のお茶なのか。
これだけでも二人に付いてきてよかった。
そして、クイナさんは本題を切り出した。
「その代わり、一つお願いがございまして」
「お願い? 私に可能なことでしたら仰ってください」
「この店に、コーマという男が武器を卸していますよね。私の知る限り、鉄の剣などを」
コーマが武器を卸しているというのは確かなのだが、それがどんな武器なのかは実は僕たちはあまりわかっていない。
ただ、前にギルド員が言った話だと、コーマは鉄の剣を持ってメイベルに「やっと思った通りの剣ができたよ」と普通よりは確かに質のいい剣について自慢していたのを見たという。
「はい。コーマ様には大変お世話になっています」
「その彼との取引を暫くの間中止していただけないでしょうか?」
そう言って、彼女は暫し逡巡し、
「それはどういう理由でしょうか?」
「彼は鍛冶師でありながら、鍛冶師ギルド員ではありません。ですが、鍛冶師ギルドから卸す武器と一緒に並べられた場合、どうしても同列のものであると思われてしまいます。私ともと致しましてはそれはあまり面白い話ではございません」
「……つまり、コーマ様が鍛冶師ギルドに入らずに武器を卸しているのが面白くないから、彼を貶めたい、そういうことでしょうか?」
メイベルはこれまでにない笑顔でそう尋ねた。
「端的に言えばそうなります。卸値を10%OFFするのは当方と致しましても相当な痛手になりますが、それはメイベル様へのせめてもの心遣いです。悪い話ではないと思いますよ」
クイナさんがそう言って笑いを浮かべた。
笑いあう二人。商談は簡単にまとまるかに思え、
「わかりました。では取引を打ち切りましょう」
実際に簡単にまとまった――
「ありがとうござい――」「ただし!」
かに思えた。
メイベルは満面の笑みのまま続けた。
「私が打ち切るのは鍛冶師ギルドとの取引です。此方と致しましては次回より鍛冶師ギルドから武器を卸してもらうつもりはありません。今まで大変お世話になりました」
こうして、鍛冶師ギルドは最大級の取引先を失うハメになった。




