鍛冶師ギルドの黄金の剣
~前回のあらすじ~
鍛冶師ギルドに行って、「帰れ」と言われた。
「じゃあ、帰るわ」
踵を返して帰ろうとする俺の肩を、ゼッケンが慌てて掴んだ。
「ちょっと待て待て待て、悪かった。おい、てめぇら! このコーマは俺の大切な客人だ! それ以上余計な口を開いてみろ、二度と閉じれない口にしてやろうか!」
「「「す、すいやせん、親分」」」
俺の悪口を言った三人が慌てて謝罪する。
「ばっきゃろうっ! 謝るなら、まずはコーマ相手だろ!」
ゼッケンがそう言うと、三人はばつが悪そうな顔をして俺に頭を下げた。
頭を下げただけで謝罪の言葉はないんだけれども、でも、帰りにくい雰囲気を作られた。
それに、謝罪されても、別に怒ってはいないんだよな。むしろ、なんというか、「あ、テンプレだ」みたいに思っただけだった。ただ、ロリ鍛冶師ってなんだ? とは思ったが。きっと、アンちゃんと一緒に買い物に行ったところを見られたんだろうな。犯人はお前だな。うん、覚えたぞ。
ただ、素直に謝られた手前、ここで帰ったら俺の評判が悪くなりかねない。どんだけ心の狭い人間なんだと思われかねないから。
「だが、帰る!」
別に俺の評判が落ちてもいいか。
これから鍛冶師ギルドと付き合うことと俺の評判が落ちることとを天秤にかけたらそっちのほうがいいと思った。
「え、なんでだよ」
「いや、謝罪があったってことは俺が被害者なんだから、帰っても文句言われないだろ」
「どんな理屈だよ。いや、確かにこっちが悪かったが、きっちり謝ってるだろ」
「俺の国の言葉に、ごめんで済むなら役人はいらないって格言があるんだぞ」
正しくは警察だけど。あと、絶対に格言じゃないけどな。
俺はそう言って振り返り――それに目が留まった。
鍛冶師ギルドの奥にある剣に。
金色に輝く美しい剣。
「なぁ、あの剣、なんであんなところに飾ってあるんだ?」
「ん? おぉ、凄いだろ。あの剣は初代鍛冶師ギルドマスターが鍛え上げた剣でな、120年前には鍛冶師の祭典、鍛冶場の結晶コンテストで最優秀賞を取り、その国の王様からぜひとも王家の宝として貰い受けたいと言われたほどの品だ」
「へぇ、そんな剣なのか。でも、それならなんでここにあるんだ?」
「その初代鍛冶師マスターができた人で、この剣は後輩達を導くために使いたいと言って、王家に納めるのを拒んだんだ。本来ならそんなこと許されるはずないんだが、逆にその王様は感心し、初代ギルドマスターに金貨100枚を渡したんだ」
「なるほどな。じゃ、帰るわ!」
そう言って、俺は帰った。
もう一度ゼッケンが俺の肩を掴もうとしたが、「甘いな、それは残像だ」と言ってもいいくらい素早く躱して去って行った。
さて、クリスを誑かしてパーカ迷宮でも潜りにいこうかな。
※※※
鍛冶師ギルドの中は、あの若い鍛冶師、コーマが立ち去ってからは罵詈雑言が飛び交っていた。
当然、矛先は立ち去ったコーマに対してだ。
「なんだ、あの男! 偉そうにしやがって」
そう言ったのは立派な髭を蓄えた男――副ギルドマスターのハチバンさんだ。鍛冶師ギルドのナンバー2で、「いつか俺がギルドマスターになるから、お前たちは俺についてこい」と言って飲みに誘ってくれる。だが、いつも会計は割り勘。飲み会で言うことといえば、ギルドマスターへの愚痴ばかりで、口癖は「俺がギルドマスターだったら」だ。もちろん、ゼッケンさんの前ではそんなこと言わない。
むしろ、ゼッケンさんの前ではゼッケンさんに対してこびへつらい、
「マスター、奴にきつい灸をすえてやりやしょう」
このように、自分の意見を誘導するように持っていく事が多い。
ちなみに、ハチバンさんは自分に従わない人間をひどく嫌うので、ギルドに所属せずに好き勝手するコーマが気に食わないのだろう。
「そうだぜ。このままだと俺達は舐められっぱなしだ」
怒っているもう一人は、クイナさん。鍛冶師ギルドの会計をしている。金庫番のクイナと呼ばれている。
彼はギルドマスターの後輩の男で、本来なら副ギルドマスター、もしくはギルドマスターにもなっておかしくないと言われているのだが、決してなろうとしない人だ。二人は出世欲のない男だと見ているが、僕だけは知っている。
酒の席でクイナが口を滑らせたんだが、会計係の仕事の一つに、武器の卸し業務がある。
鉄の剣や短剣、多くの人が使う、俗に凡庸武器と呼ばれる武器があるんだが、ある程度の質に達しているそれらの武器はギルドが買い取り、店に卸すことがある。それを武器を扱う店に卸すのもクイナさんの仕事だ。
そして、大きい店に対しては接待を行い、逆に小さい店からは接待を受け、武器の卸す個数や価格を決める。
彼は無類の酒好きで、接待を行うのもされるのも大好きな人間なのだ。
彼がコーマを嫌う理由はハチバンさんと同様わかりやすい。コーマが卸している武器の品質は、どうやら鍛冶師ギルドが卸している武器よりも質がいいそうだ。それはつまり、コーマが鍛えている武器が多く卸されたら、相対的に鍛冶師ギルドの凡庸武器の品質が落ちるということになる。そうなると、凡庸武器の販売営業をしている彼は仕事がやりにくくなる。
「なぁ、ザード! お前はどう思う?」
クイナは急に僕に話題を振ってきた。
「僕ですか?」
「あぁ、お前も怒ってただろ! ロリコン鍛冶師って怒ってただろ」
「もちろん許せないですよ」
僕は二人に同意した。確かに、彼は絶対に許せない。
鍛冶師ギルドの一員としてもそうだが、一人の男として彼を許せない。
ちなみに、僕は鍛冶師ギルドの中に入ったばかりで、年も17歳の、酒の味を覚えたばかりの若造だ。今日も雑用係として呼ばれていただけだ。
最近になって師匠にようやく包丁を一本作らせてもらった。
「お前らの気持ちもわかる」
ゼッケンさんはそう言った。だが、その顔は僕たちに同意してのものではない。
むしろその顔は怒りに満ちている。
「だが、ギルドは原則として入会は自由意志を尊重する。そうだろ? 奴がギルドに入る必要がないと言ったのなら、俺達はそれを尊重しないといけない。無理やりギルドに入らせるなんてことはできない。コーマは俺の顔を立てて、コーマに対して不満のあるお前等のいるここまで来てくれた、全部台無しにしたのはてめぇらだろうが! 何好き勝手言ってやがる!」
ゼッケンさんが一喝し、さらにコーマへの接触を禁止することを告げ、臨時ギルド会議は幕を閉じた。
だが――それで全てが終わるほどこのギルドは健全ではない。
「おい、ザード! てめぇもこい。あのバカ鍛冶師をぎゃふんと言わせる良い手段を思いついたぜ」
そう言って、ハチバンさんが不敵に笑った。
こういうときの良い手段というのは、どの物語においてもモラル的な問題で悪い手段なのだが、僕はそれを指摘することはできなかった。
なぜなら、僕も奴のことは許すことができないから。




