何も知らなくてもわかること
~前回のあらすじ~
斧が完成した。
一応、俺が炎の剣や、火炎爆弾、炎の杖などの武器をアイテムクリエイトで一通り作成した俺は、小さく息を漏らした。
……炎の剣とか昔RPGやっていたときは憧れたものだが。
ちなみに、轟雷の杖の炎バージョンが、火焔の杖。
5回しか使えないが、時間が経ったら使用回数が回復していく。
赤と橙色のフォルムはやっぱり燃えるものがある。火の剣だけに。
「コーマ、その炎の剣と炎の杖はクリスに?」
「あぁ。俺が死んだ時のためだ。あいつは放っておいても突っ込むだろうからな」
勝率を0%から1%……いや、0.01%、まさに万に一つにするくらいの効果しかないだろうが。
俺はそう説明して、はっとなる。
「言っておくが、死のうだなんて思ってないぞ。本当にヤバかったら逃げる。ただ、今回は相手が相手だからな」
「……そうね。そうしたほうがいいと思うわ」
ルシルが静かに肯定する。
彼女もわかってるんだろうな、いろいろと。たぶん、俺以上に俺のことを見ているのだろう。
俺は本当にヤバイと思ったら逃げるのか?
もちろん、絶対に勝てない状況ならば逃げるだろう。逃げて準備を整える。
だが、勝率が5割の状態なら? 3割の状態なら? わずかでも可能性があれば?
俺はどうするのか、俺にもわからない。
「なぁ、ルシル……」
「何?」
ルシルが尋ねる。
俺はその後言おうとしたことを躊躇った。
これは俺の欲だ。そして、初志貫徹とは言い難い欲望。
だが、それを言わずに死ぬと俺は絶対に後悔する。
「あぁぁ、うぅぅうっ!」
葛藤に葛藤を重ねた結果、俺は結局欲望に負けた。
完膚なきまでに。
「一緒に戦ってほしい。俺と。お前の力を借りたい」
それはルシルを命がけで守るという、俺が最初に持った、それでいて今も変わらない決意と相反するものだ。
でも、今回の敵と戦うには、ルシルの力は必要だ。
「……わかったわ。その代わり、コーマ、約束して」
「あぁ、何があってもお前を守る」
「ううん、そうじゃない」
ルシルは笑顔で言った。白い歯を見せて、目を細めて無邪気に笑って言った。
「絶対に勝つわよ! 私ってこう見えて、誰かと勝負して負けたことないの! 私が手伝う以上負けは許されないわ!」
確かに、俺の知る限りルシルは勝負で負けたことはないよな。
殺人料理大会でもチャンピオンだし。
「当たり前だ! 絶対に勝つ!」
そして、俺とルシルは魔王城に戻り、転移石を使って、ブックメーカーの部屋へと行った。
タラとクリス、エリエールの姿はなかった。
一度王城に戻ったのかもしれない。
「やあ、コウマくん、ルチミナちゃん」
青毛褐色肌の爽やかイケメンのブックメーカーがそう声をかけた。
ブックメーカー……か。
「あんたは何でも知ってるんだよな?」
「そうだね、僕は何でも知っている。そして、何も知らない。僕が知っていることは誰にでも言えるわけではない。それなら、何も知らないのと同じだよ」
「エントはなんで魔王になったんだ?」
伝承によると、エントはもともとは森を守る防人だった。それが何故か魔王になった。
その理由さえわかれば、もしかしたら戦わずに解決できるんじゃないか?
そう思ったが――
「それは答えられない」
ブックメーカーの答えはそれだけだった。
「なら、エントの弱点は何だ?」
「それはコウマ君が知っている通りだ。火と斧だよ」
ブックメーカーは答えた。
簡単に答えた。そう、俺が知っていることを。
「なら――」
「コウマ君が持っている斧はオリジナルの斧だね。名前はない。炎属性があるから安心していいよ」
俺が作った斧について聞こうとしたら、先回りして答えを出した。
「私も聞きたいわ。私の料理を美味しくする方法ってある?」
ルシルがそう尋ねた。
「それは答えられない」
それは、答えられないんじゃなくて、そんな方法は存在しないんじゃないだろうか?
ていうか、今はそんな質問してる場合じゃないだろ。
「あんたは未来がわかるのは本当なのか?」
「本当だよ。僕は過去も現在も未来も全てを知っている」
「ならば――信じているよ。あんたの見ている未来。そこに俺がいることを」
俺はそう言ってルシルとともに転移陣をくぐり、リーリウム国の王城の地下へと移動した。
螺旋階段を登っていると、ルシルが俺に尋ねてきた。
「聞かなくてもよかったの?」
「訊いても答えてくれないよ」
ブックメーカーは、いまここにある武器の性能、そして俺が知っている事実は答えてくれる。
だが、俺が知らないことは何も答えてくれない。
未来については絶対に答えてくれないだろう。
いや、答えられないのだろう。
未来を知っているということは、彼にとって、いや、世界にとって未来は一つしかないということだ。
それを知るということは、未来を変えることができるということだ。たった一つしかない未来を変えることができるということだ。
それは矛盾でしかない。
決まりだとか制約とかじゃない。彼は文字通り、答えられないのだろう。
「それに、例え負けるって言われたって、俺は負けられないからな。約束だろ」
「そうね。約束よ。私の不敗神話を守ってね、コーマ」
「魔王の娘なのに神話っておかしくないか?」
俺はそんなバカなことを話しながら、階段を上がって行った。
何も知らなくても、俺が勝つという事実はもうわかっている。
だって、約束だからな。




