本棚の上から見下ろす瞳
~前回のあらすじ~
パーカ迷宮楽しいな!
「そう……お父様はこの迷宮で死んでたの」
パーカ人形を飾り終え、魔王城に帰って事情を説明した俺だったが、ルシルから返ってきたのはそんな言葉だった。
「お前、知らなかったのか?」
「そのあたりの記憶が曖昧なのよ。なんていうのかな、もやがかかっているというか」
「でも、グラムのことは知ってただろ?」
「だから、ところどころは覚えてるんだけど」
なんとも要領を得ない。
魔王城の財宝が無事だった理由もわからないそうだ。
「……ルシル様……記憶ないの?」
カリーヌが心配そうに訊ねる。ちなみに、「ルシル様」と呼ぶ理由は、ルシルにそう呼ぶように言われたらしい。
そうだろうな。きっと、父親が殺されたショックで記憶が一部抜け落ちたのだろう。
「……ルシル様、若年性認知症?」
「うん、カリーヌは初めて会った時はもうちょっとしっかりしていた気がするなぁ。その言葉はおかしいから絶対にルシルには言うなよ」
「聞こえてるわよ」
「悪い、ルシル。きっちりとカリーヌに言い聞かせるから」
俺はルシルに素直に謝罪した。
流石に言って良いことと悪いことがある。
今のは悪いことだ。
「いいか? ルシルはああ見えて2700歳らしいから、若年性じゃないぞ」
「そこっ!? コーマの指摘ポイントはそこなのっ!?」
「ただ、魔物が住んでることをギルドに知らせたから、ギルドの調査員、もしかしたら勇者がこの迷宮に来るかもしれない。注意して見ていてくれ」
「話題を変えてもごまかされないわよ! コーマ、私のこと年寄り扱いしたでしょ!」
「……クリスならごまかせるんだが。ルシル、成長したな。ご褒美に今からDXパフェを作ってやるよ」
「え? ほんと?」
ルシルは顔を緩めて、明るい笑顔になる。
簡単に誤魔化すことができたようだ。
ふっ、パフェと一緒でお前もまだまだ甘いな。
「じゃあ、お説教はDXパフェを食べ終わってからにしてあげる」
「……あぁ、はい」
結局怒られた。
DXパフェはお詫びの品としたら許してくれたんじゃないだろうか?
※※※
翌日、パーカ迷宮に行こうとしていた俺だが、思わぬ妨害が入った。
クリス宛てにギルドへの出頭命令があった。
「……クリス、お前、何をしたのかしらないけど、面会には週に一回は行ってやるからな」
「なんで私が犯罪者前提なんですか!」
「いや、警察から呼び出しとか、そういうのがあったらとりあえずこのノリは必須だろ」
小学校の授業中でも、パトカーのサイレンが聞こえたら「お前を迎えに来たみたいだな」と言ったり、救急車のサイレンが聞こえたら、「お前の頭を治しに来たみたいだぞ」と言ったり、消防車のサイレンが聞こえたら「新婚の岸谷先生夫妻の熱い炎は消せるのか?」と言ったりする、あのノリだ。
俺もクリスが悪いことをしたとは思っていない。
ただ、出頭命令は、文字通り命令。
ゴーリキがブラッドソードに乗っ取られて殺人鬼になっていた時の呼び出しでさえ、強制ではない緊急招集だった。
つまり、あの時以上にクリスを呼ばなくてはいけない用事があるということだ。
「もしかして、闇竜のことでしょうか?」
「どうだろうな。調査依頼だったらどう――「行きます!」する? って早いな」
喰い気味どころか、文章だったら確実に俺の会話文の中に入り込んでいるくらいの速度でクリスは答えた。
なんだ? やけにやる気だな。
昨日も「闇竜」と聞いたとき、クリスの様子がおかしかった気がするが。
あぁ、クリスは七英雄のファンだからな。
七英雄が闇竜を倒したらしいから、ある意味ルシル迷宮はクリスにとって聖地なのかもしれない。
聖地巡礼、俺はあまり興味ないが、アニメ好きの友人が熱く語っていた。
某アニメの姉妹が巫女をしている神社のモデルになった神社がどうのこうのとか語っていたなぁ。
俺も最初からクリスと一緒にルシル迷宮に潜るつもりだった。
俺と一緒ならクリスをある程度抑制できる。
本当はクリスに迷宮の独占権利を与え、クリスの業務を代行する振りをして迷宮に入る勇者の人数を絞る予定だったのだが、それはできなくなった。
でも、まぁ探索の許可くらいは出るだろうな。
そう思っていたら、
「許可できない」
ユーリが告げたのは、その一言だった。
ユーリの後ろの本棚の上では、ルルが気持ちよさそうに横になっている。そんなところで寝たフリをして落ちないのか?
本当に寝ているわけはないよな。
「君たちを呼んだのは昨日の迷宮の話ではない」
「あの、どうしてダメなんですか!?」
ユーリの言葉に、クリスが食って掛かるように尋ねた。
ここまで必死なクリスは本当に珍しい。
「あの迷宮は奥が深い。ギルドが管理し、適切な調査の必要がある」
「勇者の力でも無理ですか?」
「あの迷宮の探索権は私が持っている。許可できない」
ユーリはそう言い、一通の封筒を差し出した。
「君たちには、この手紙をリーリウム国のリーリエ・シュテヒパルテ女王陛下に届けてほしい。とても重要な手紙だ」
「リーリエ……それで私を呼んだんですね」
手紙の宛名を聞いて、クリスはとても嫌そうな顔をした。
女王陛下か……クリスと関係があるとは思えないのだが。
これが物語とかなら、実はクリスはリーリウム国の王女様だった、とかよくある話だが、そんなことはないだろうな。
「そうだ。この手紙を届けてくれるのなら、その迷宮を条件付きで探索する許可を出そう」
「かしこまりました」
クリスは封筒を受け取り出て行った。
俺も出ていこうとしたところで、さっと振り返る。
……ルルと目が合った。
やっぱり寝たフリか。




