プロローグ
コーマ=本作主人公で魔王。アイテムを組み合わせてアイテムを作る能力者。
ルシル=コーマの主人で配下。大魔王の娘、料理が苦手。
淡い光に照らされた迷宮の中を全力で走っていた。
日本における高校生の陸上記録なんて知らないが、その速度を超えている自信はある。何しろ、力を恒久的に上げるドーピング薬を飲み続けたおかげで、俺の力は二週間前の6倍はあるからな。
魔物に追われているわけでも、命の危険があるわけでもない。ましてやトイレに向かって走っているわけでもない。トイレに行くために走っているのなら、全力で走るはずはないし、そもそも迷宮の中にトイレはない。
俺が全力で走る理由はただ一つ。もうすぐ朝になるから。
「消える消える消える消える消える!」
両手で大事に包み込んでいるものの中から漏れる光がだんだんと弱くなっている。どうせすぐに戻るからと水筒の水を飲みほしたのがいけなかった。
こんなことなら、水瓶ごとアイテムバッグに入れて来るんだった。あいつは水を飲まなくても死なないのに。
目的の転移陣までもう数十メートル。
だが、その転移陣はそいつの陰に隠れて見ることができないでいた。
時間がないのに、なんでこんなやつがでてくるんだよ。
通路を埋め尽くすほどの巨大な魔物。
淡い光がそのボディーに反射し、圧倒的な威圧感を醸し出す。
鉄の巨人、アイアンゴーレム。
通路が狭いせいで壁にしかみえない、というかまともに身動きすらできていない憐れな魔物。
だが、時間が限られている中では、防御力の高いこの魔物は厄介すぎる。
回り道をしようにも、ここは一本道だし、あいつがどこかに行くのを待っていたら時間切れになってしまう。
それに目が――ゴーレムの顔にある部分の赤い球がこちらに向けられていた。
相手はやる気満々のようで、こちらに手を伸ばしてくる。
急いでるのに……えっと、相手は鉄、鉄の人形。
となれば鉄を砕くほどの大きな剣……。
手に持っていたアイテムを懐にしまい、アイテムバッグの中に両手をつっこむ。
材料は、白金インゴットと鉄インゴット、そして魔石。
「アイテムクリエイト!」
俺の身長の何倍もある巨大な剣がアイテムバッグの中から現れる。
当然そんなもの持ち上げられるわけはないが、走っていた俺の慣性力。
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白金鉄魔法剣【剣】 レア:★×5
白金と鉄を合金にすることで磁力を持った。
魔力を込めることで磁力と強度が増す。
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さらに魔力を込めることでその磁力と強度は何倍にも膨れ上がり、鉄の塊であるアイアンゴーレムに向かって、剣自ら突撃した。
白金鉄魔法剣がアイアンゴーレムの胸を貫いた。
【ぐぉぉぉぉぉ……ぉぉ】
断末魔の雄叫びともとれる唸り声を上げたのち、赤い核が点滅、消灯した。
作ったばかりのアイテムバッグに収納、ついでにアイアンゴーレムが落とした鉄の塊と魔石もアイテムバッグに収納し、変わりに転移石を取り出す。
「って、時間がねぇぇぇぇっ!」
懐から例のアイテムを取り出し、俺は全力で青く光る魔法陣に向かって駆け出した。
青い魔法陣に入り、転送先を念じたら、そこは見慣れた小部屋だった。
「あ、コーマ、お帰り!」
「ただいま、ってそれどころじゃない!」
俺は水瓶の蓋を入れて、持ってきたアイテムを入れる。
すると、水瓶に月が映し出された。
「わぁ、綺麗、これ、月よね? 見るのは初めてだけど」
先ほど俺を出迎えてくれた銀髪ツインテールの見た目小学生から中学生くらいの美少女――ルシルが水瓶の中を覗き込んで尋ねた。
水に映し出される月は幻想的で美しい。
「これは月の雫ってアイテムなんだ」
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月の雫【素材】 レア:★×6
夜、迷宮深くに生まれる。朝が来ると消えてしまう。
水の中に入れることで日中でも保存可能。
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レア度6は素材としては滅多にお目にかかれないレアアイテムだ。
偶然発見したときは喜んだんだけど、制限時間のあるアイテムだとわかったときは焦った。
「これで何を作るの?」
そう言われて、何が作れるかなぁと脳内に保存されているレシピを視た。
月の雫から作れるアイテムで、俺がわかるのは30種類あった。
その中で、名前だけは見覚えのあるアイテムがあった。
「聖杯とか作れるみたいだな」
「聖杯!? 聖杯って、聖なる杯よね」
「そのままだけど、あってるよ」
「ダメよ、だってここ、魔王城よ!」
ルシルが信じられない、という感じで叫ぶ。
だが、俺の感覚からしたら、ここが魔王城ということのほうが今でも信じられないな。
折り畳み式の卓袱台があって、床はタタミ12畳。
部屋の端には調理台があり、魔力コンロの上には鍋が置かれている。
照明は裸電球2個のみ。他の生活用品は押し入れの中に入れている。
床の間には木彫りの登り龍の置物が鎮座し、「道具作成」の文字が書かれた掛け軸が吊るされている。
扉と、土壁に描かれた魔法陣以外は完全な和室。
まぁ、全部、俺がコーディネートしたんだが。
「聖杯って聖属性のアイテムじゃないぞ? 実際、前の大魔王も持っていたそうだ。薬になる水が湧きでるらしい。そうなればアイテム作成の材料の節約にもなるし、数が揃えば迷宮の中にポーションの池なんてのも建設できそうだぞ?」
「ポーションの池? そんなの作ったら全部持っていかれちゃうんじゃないの?」
「そうとも限らないさ、水ってのはやたら重い上に嵩張るからな、欲張って全部持っていこうとしたら大変だ。アイテムバッグに入れるにしたって普通は限度があるからな」
そもそも、アイテムバッグは俺なら自作できるが、世間にはまだあまり出回っていないはずだ。
「そうなの? ならいいわ」
ルシルはあっさりと引き下がった。
俺のことを信用してくれているのか、それとも自分で考えるのが面倒になったのかはわからない。
目覚まし砂時計を3時間後にセットする。
そして、押し入れをあけて中から敷布団と掛布団を取り出す。
「え、コーマ、もう寝るの?」
「あぁ、さすがに眠い……睡眠の必要のないお前と違って俺はデリケートなんだ」
「私、朝ごはん作ったんだけど?」
朝ごはん? そうか、夜明け前とはいえ朝だもんな。
朝だから朝ごはんか。
朝ごはん……。
「…………今、なんて言った?」
「だから、コーマのために朝ごはんを作ったの」
やはり、聞き間違いではなかった。
背筋に悪寒が走る。走り抜ける。
「…………!?」
俺は布団を慌てて押し入れの奥に放り込み、調理台を凝視した。
なんで俺は気付かなかった?
魔力コンロの上に鍋が乗っているということは、つまりはそういうことだということに。
「ち、ちなみに、今日の料理名は?」
火がついていないにも関わらず、ことことと音を立てて揺れる鍋を見て俺は尋ねた。金属鍋から何か溶けるような音がしている。
「コーマのためのスライムハンバーグ、ゴーレム風味! 爆発魔法を込めて」
「んなもん込めるなっ! ていうかなんだ、そのネーミング、悪意と殺意しか感じられないぞ!」
「え、でも味には自信があるって! 絶対おいしいから騙されたと思って食べてみて」
鍋から緑色のスライムのようなものが現れ、触手を伸ばしてきた。俺の口めがけて。
俺は卓袱台を盾にしてバリケードを築いた。
だが、その触手は卓袱台を貫き、俺の顔の横を通過、壁に激突した。
脂汗が止まらない。
「嫌だ! こんなもん騙されたと思って食べたら、遺言が『騙された』になっちまうだろ!」
「失礼ね、ちゃんと素材の段階では味見くらいしてるわよ! カカオ豆と塩胡椒しか使ってないし。それだけでハンバーグの香りを出すのに苦労したのよ」
「カカオ豆を生のまま味見するな! 味見はできあがったものに対して行う行為だ! カカオ豆からハンバーグを作るという発想はどうなんだ! その材料だとチョコレートすらできないだろ! どんな調理すればそれがスライムになって動き出すんだよ!」
「大丈夫よ、カカオ豆には脂肪分が多いから」
「大丈夫の根拠があいまい過ぎるわっ!」
俺の脂汗が止まらないのは、食べてもいないカカオ豆のせいだろうか。
カカオ豆によって作られたハンバーグ(?)から伸び出た触手は、俺達が言い争っているうちに壁を貫き始めた。
あの壁、土壁に見えて、実は内側は鉄でできているんだぞ? なんでスライムの身体で貫けるんだ?
と思ったら、貫いたんじゃない、溶けていた。溶かしながら進んでいた。
触手が壁の向こうに達すると、本体ごと一本の縄のように体を絞り、そのまま壁を越えてどこかへと向かった。
「なんだよ、こんなもん食べたら即死どころじゃないだろっ!」
「あぁっ! 『コーマのためのスライムハンバーグ、ゴーレム風味! 爆発魔法を込めて』が逃げたっ! コーマ、捕まえてきて!」
「バカ言えっ! なんか壁の向こうから爆発音が聞こえるし! 地雷原以上の危険地帯にいけるかっ! とりあえず、俺は壁を補修したら寝るからな! グーとタラは無事だろうな!?」
幸い、アイアンゴーレムから取った鉄があるので補修には時間はかからないが。俺は扉を出て外に出ると、畑作業をしていた二匹のコボルトは呆けた感じでどこかに彼方の方角を見ていた。
迷宮探索を続けるアイテムマスターの俺、コーマ。そして、自称魔王の娘であり、殺人料理マスターのルシル。
信頼できる仲間は後はコボルト二匹。
これが俺たちの日常。
これが俺たちの毎日。
命がけの生活だが、俺はここで頑張ることにした。
アイテム図鑑を全て埋めるために!
プロローグは、時系列的に一章の一番最後あたりにならいます。
あれ? プロローグでお約束の、
「異世界に召喚され、チートを貰う」
の部分は分割し、各章エピローグの後に、「はじまりの話」として連載されていきます。
今回の騒動の2週間前から物語がはじまります。