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リセット  作者: 桐条京介
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 梶谷小百合との会話の回数を増やし、従来より多くのコミュニケーションをとる。

 しかもそれが、水町玲子のおかげと説明されれば、必然的に梶谷小百合も哲郎の恋人を見直してくれる。

 問題があるとすれば、水町玲子へ費やせる時間が減少することだ。それによって、前回の人生とは異なる展開を迎えるかもしれない。

 そこを防ぐためにも、哲郎は言葉を選んで水町玲子へ説明する。マザコンだと思われても嫌なので、かなり気を遣った。

 多少は唇を尖らせるかと思いきや、想像よりもずっと簡単に水町玲子は了承してくれた。不満を言うどころか「もう少し大事にするべきだよ」と、忠告までくれたほどだ。

 理解がある恋人をもって幸せだと実感すると同時に、水町玲子を選んだ自らの眼に胸を張る。

 すでに前回の人生である程度は経験しているため、水町家の工場の仕事も、どこをどうすれば捗るか理解していた。

 就職をしたあとで発見した手法をアルバイト時から活用し、結果的に哲郎は水町玲子の両親から、さらに信頼される。

 受験する大学の入試問題も大体は把握しているので、その点を中心に水町玲子へ教えれば失敗する危険性も減少する。

 完璧に問題文を予想しすぎて、あらぬ誤解を抱かれても困るので、大体合格ラインに届きそうなくらいに留めておく。

 予想していない問題でも、解答を並べられるのはあるはずなので、これで受験対策は大丈夫だった。

 学校での授業も、テストが近づいてくればどのような問題が出たかは思い出せる。繰り返しの人生を十分に活用し、哲郎は改善すべき点に力を入れて取り組める。

 それはすなわち、梶谷小百合との関係である。母親だけに、何も言わなくともすべてを理解してくれる。そう考えていたのが失敗だった。

 常日頃から会話をするように心がけ、細かにお礼を言う。それだけでも、母親の表情が以前に比べてずっと和らいでるのがわかった。

 一度失敗しているのだから、そこへ辿る道筋はわかっている。改善するには、その道を歩かなければいいだけだ。

「哲郎君。今日も家でご飯を食べていくでしょう」

「ああ。そうさせてもらうよ」

 アルバイトが終了すれば、必然的に時間は遅くなる。まだ高校生の水町玲子を、そこから自宅へ招くのはさすがに躊躇われた。

 アルバイトがある日はこれまでどおりに行動し、社長が休んでもいいと言う日は素直に甘えさせてもらうようにする。

 前回の人生での経験が活きており、哲郎は自分だけでなく、従業員の仕事の効率化にも成功していた。

 そのため工場の稼働率は上昇し、生産能力も格段に増した。これまで以上に利益も見込め、他の会社よりも早く好景気の恩恵を受けている。

 他の従業員は手当てを目的に残業したりするが、哲郎の場合はそこまで必要なかった。

 まだアルバイトという身分もあり、無理をせずに仕事が終われば水町玲子の部屋で勉強を教える。

 あまり遅くならないように気を遣い、自宅で母親と会話をする時間を増やした。

 そして休みになれば水町玲子を自宅へ招き、母親も交えて食事をするようにした。

 水町玲子がいる前で褒めると、梶谷小百合はとにかく嬉しそうな顔をする。

 逆に恋人女性がむくれるかといえばそれもなく、むしろ梶谷小百合を称賛して憧れているような素振りを見せる。

 これには梶谷小百合も悪い気がしないらしく、最初はあれこれ哲郎が奮闘していたけれど、最近では二人きりでも円滑に会話を行えるまでになっていた。

 食事の味付けを教えてもらったり、編み物を習ったり。水町玲子と梶谷小百合の親密さは、まるで本物の母娘みたいだった。

 同じ部屋にいながら話題についていけない哲郎は、ひとり胡坐をかいて座っているしかなかった。

 けれど悔しさはなく、笑顔で会話をする二人の女性を微笑ましく眺めていた。


 高校生活は順調そのもの。テストも大学入試も問題なく、前の人生をなぞるように進んでいく。

 本当に繰り返しているだけなら大問題なのだが、細部ではきちんと修正を加えている。

 水町玲子と梶谷小百合が親密になったのを受け、家族同士での食事会の回数が圧倒的に増えていた。

 会社経営も軌道に乗っている水町玲子の父親が企画し、御呼ばれするのが大半だったが、最近では梶谷哲也もお返しに食事会をセッティングしたりしている。

 一代での成金社長になったようなものだが、水町玲子の父親は決して自慢話をしない。哲郎のおかげで助かっていると、いつも梶谷哲也へ頭を下げる。

 繰り返してきた人生のひとつで、困窮を極めた末に泣きながら娘を水商売で働かせたりもしていたが、基本的には真面目で良い人なのだ。

 騙されたりなどで人間落ちぶれると、誰だって余裕を失う。例のスイッチがなければ、哲郎も平常心を保ってなどいられない。

 人生において数々の問題が起きるのは当たり前であり、平坦な道など存在しない。ゆえに人は誰でも、苦しんだり喜んだりする。

 過去へ戻れるスイッチの存在は、バランスを著しく破壊する。それでも使わずにはいられないのだから、哲郎もかなり欲深い人間だった。

 だが他者からどのように罵られようとも、愛する女性と一緒にいたい気持ちは変わらない。ゆえに今日まで、可能な限りの努力を続けてきた。

 かなりの失敗を経てはきたが、おかげで現在も幸せな気分を味わっていられる。

 だからといって、前回の人生の失敗を忘れてはならない。何のために再び過去へ戻ってきたのかをよく考え、結末を変更させるために動く必要がある。

 迎えた大学入試の日や、大学の卒業式でも梶谷小百合と水町玲子は微笑ましげに笑いあっていた。

 すっかり仲良くなりホっとするも、まだまだ安堵するには早いと、自分自身へ油断をしないように忠告を繰り返す。

 大学生活が始まり、哲郎は将来的に水町家の工場と取引をすることになる会社でアルバイトをする。

 現在の人生では初対面でも、社長や他の従業員の性格は熟知している。対人関係に気を遣うのは最小限で済み、仕事も覚えているので無駄な残業もなくなる。

 アルバイトはしているものの、以前よりも時間的な余裕はずっと増えた。週末に水町家の工場を手伝いに行く回数もかなり減った。

 哲郎の心情的にはすぐに水町玲子と同棲をしたかったが、あまりに拙速すぎて周囲に不満をもたれてもマズい。なので慎重に事を進め、なんとか互いの家の両親に許可を貰った。

 前回と大違いなのは、本来は微妙な顔で同棲の報告を受けいていた梶谷小百合が、満面の笑みで「よかったじゃない」と哲郎を祝福してくれた点だった。

 苦しめられた当時とあまりに態度が違いすぎるので、さすがの哲郎も水町玲子が普段、梶谷小百合とどのような会話をしてるのか気になった。

 台詞内容を聞くのは無粋な気もするが、同棲を開始したその日の夜に、おもいきって水町玲子へ尋ねてみた。

「え? 心配しなくても大丈夫よ。ちゃんと上手くやっているわ。もしかしたら、近い将来にお義母さんになるかもしれない人だしね」

 悪戯っぽく笑ってはいるが、水町玲子は水町玲子で、きちんと将来に関して考えてくれていた。それがなにより嬉しかった。

 前の人生ではここまで積極的でなかったが、哲郎があまり触れてなかったせいなのだろう。きちんと事情を説明していれば、こんなにも協力的になってくれる。

 改めて水町玲子の存在をありがたく思っていると、梶谷小百合との会話を彼女が教えてくれる。

「哲郎君がどんなにお義母さんを好きで、信頼しているか教えてあげるの。そうすれば、とても機嫌を良くしてくれるわ」


 同棲を開始したあとも、哲郎と水町玲子の関係は順調そのもの。こちらは何の心配もいらないように思えた。

 もうひとつの心配事もだいぶ解消されており、哲郎はホっと胸を撫で下ろして日々を満喫している。

「ただいま」

 アルバイト先から、前回の人生でも住んでいたアパートへ帰宅すると、二つの声が「おかえりなさい」と出迎えてくれた。

 ひとつは同棲中の水町玲子。もうひとりは、地元から遊びに来ている梶谷小百合だった。

「母さん、来てたんだね」

 当初は哲郎たちの邪魔にならないかと、電話連絡のあとに恐る恐る様子を見に来ていたが、最近では気軽に突然やってくるようにもなっていた。

 以前は遊びに来たことなど皆無なだけに、驚きの変化のひとつである。

 けれど無干渉だったのが、急に過保護になったみたいで、戸惑ったりもする。救いなのは、そんな母親と恋人女性が仲良くやってくれている点だった。

「ええ。玲子さんと一緒に夕食を作っていたの。哲郎もお腹が空いているでしょう」もち

 時刻はすでに夜の十時。大学での講義終了後にアルバイトをして、ようやく帰宅できたばかり。当然のごとく、空腹感はかなりのものだ。

 もちろんと応じながら、哲郎は部屋で料理が運ばれてくるのを待つ。皆で食卓を囲みながら、とりとめのない話をする。

 このような光景を望んでいただけに、ますます哲郎は幸せだという思いを強くする。一方で、新たな不安も芽生えていた。

「頻繁に会いに来てくれるのは嬉しいんだけど、父さんは大丈夫なの?」

 何があっても優先させていたくらい、梶谷小百合にとって夫の世話は大事なはずだ。にもかかわらず、最近は泊り込みで哲郎のアパートへ遊びに来たりしている。

 そうなれば当然、梶谷哲也の身の回りの世話はできなくなる。その間、どうしてるのかと哲郎が気にして当然だった。

 だが当の母親は笑顔で「それなら大丈夫よ」と話す。どうやら自身が不在の間は、梶谷哲也は水町家へ行っているみたいだった。

 梶谷小百合と水町玲子だけでなく、両家の親同士もかなり仲が良くなっている様子で、その話を聞いた哲郎はさすがに唖然とする。

「お父さんも、哲郎君のお父さんとお酒が飲めて嬉しそうだったわ。寡黙だけれど立派な人だって、いつも褒めているしね」

 水町玲子は知っていたみたいで、にこにこしながら教えてくれる。そうならもっと早く、哲郎の耳にも入れておいてほしかった。

 とはいえ、アルバイトやらで夜遅くに帰る機会が多い哲郎なので、その点についてあまり文句も言えない。それに仲が良くなるように望んでいたのもあり、好意的に受け止める。

「私たちの大学が夏休みになったら、会社の慰安旅行でこちらまで来るらしいわよ。哲郎君のご両親もご一緒で」

「そ、そこまで話が進んでいたのか……さすがに、少し驚いたよ」

 苦笑いを浮かべる哲郎を見て、母親の梶谷小百合が「あら、前に説明しなかったかしら」などと呑気に言ってくる。

「聞いてないけど、良いことじゃないかな。俺は歓迎するよ」

 哲郎に続いて、水町玲子も「私も歓迎します」と言ってくれた。すると梶谷小百合は嬉しそうに笑顔で「ありがとう」と返してくれる。

「私も娘ができたみたいで嬉しいの。こんなによくできたお嬢さんと恋仲になれるのだから、さすがは哲郎よね」

「そう言われると……なんか、照れるね」

 顔を赤らめて頬をかく哲郎を見て、水町玲子がクスッとする。

「もう、哲郎君たら。そういう時は、当たり前だよと言ってあげればいいの」

「そうか……じゃあ、改めて。当たり前だよ」

 言い直した哲郎の台詞が引き金となり、アパートの一室に、実に温かそうな笑い声が木霊すのだった。

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