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リセット  作者: 桐条京介
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 バスに揺られながら、ガイドの説明をノートに記入する。そんな時間が続けば、遊びたい盛りの学生たちのストレスも増加する。

 目的地に到着するなり、バスを降りた生徒たちは男女を問わずに両手を伸ばして、溜まったストレスを大空へ向けて放出する。

 哲郎のすぐ隣では、恋人の少女も同様のポーズをとって伸びをしている。瞼を閉じて、小さく呻く姿がなんとも可愛かった。

「どうしたの、哲郎君。私の顔をじーっと見て」

 哲郎の視線に気付いた水町玲子が、素朴な質問をしてくる。以前ならここで言葉に詰まったものだが、多少なりとも経験を積んできた今では違う。

 普通に微笑んでみせたあとで「玲子が可愛いと思って」などと、歯が浮きそうになる台詞を平然と口にできる。

 このような発言を嫌う女性もいるが、こと水町玲子に限ってはそうではなかった。むしろ、ロマンチックな言動を好む傾向にある。

 ゆえに哲郎も、遠慮せずに第三者が聞いたら呆れるような言葉を選択できる。結果、恋人の少女は赤面し、顔を俯かせてしまう。

「哲郎君って、本当に唐突だよね」

 予測もしていなかった発言を、時と場合を考えずに口にする。哲郎が本来いた時代では、このような状態を空気が読めないと評するのだろう。

「そうかな。俺は思ったことを、素直に言っただけだぞ」

「わかってる。少し驚いただけで、凄く嬉しい」

 そう言って水町玲子は、他の班員たちに見えないように哲郎の手を握ってくる。

 ほんの少しだけ汗ばんでおり、恋人の少女が緊張している様子が伝わってきた。

「哲郎君の手……大きくて、暖かいね」

「玲子の手だって、優しくて暖かいよ」

「ふふふ。優しいって、なんか良いね」

 二人だけの世界を形成しながら、午前中の予定のメインとなる寺院の見学をする。

 指定された寺院を見回ってから、中でありがたい話を聞く。その後に、一時的な自由時間が与えられる。

 境内の中には修学旅行生を狙った出店が数多くあり、ここぞとばかりに客引きをしていた。地元では珍しいタイプの商品を並べ、購買意欲を懸命に誘おうとする。

 もちろん土産物屋も並んでいる。定番商品を手に入れるには、こちらの方が便利だった。

 しかし午後の自由行動では、各班の意思によって目的地までのルートを決められる。従って、どのような店に行くかも、ある程度は選択できるのだ。

 ここで必要以上のお金を使う必要はないのだが、修学旅行の最中ということでテンションが上がっている学生たちは、次々と商品を購入している。

 水町玲子も何か欲しそうにしていたが、哲郎は頭の中にある理由を説明し、恋人の少女を納得させていた。

「さすが、哲郎君だね。私ひとりだけだったら、きっと早くも色々と買っていたよ」

「お客さんに買いたくなってもらわないと、売っている側も生活していけないからね。全力でアピールをされたら、少なからず興味を惹かれる人は多いと思うよ。学生なら、なおさらね」

「学生ならって、変なの。それを言うなら、哲郎君だってそうじゃない」

 言われて哲郎はしまったと反省する。明らかに先ほどの物言いは学生らしくなかった。本来は年齢を重ねすぎたくらいの大人であっても、この時代においてはまだ子供なのである。

 言動に気をつける必要性を再認識しつつ、恋人の少女には笑って誤魔化しておく。幸いにして、更なる追求はされなかった。

 もっとも、もしかして本当は大人なのではないかと、SFも同然な推測をする人間の方が珍しい。実際に我が身で経験していなければ、例のスイッチの話を聞かされても到底信じたりはしなかった。

「あ、そろそろ自由時間も終わりみたいだよ。バスに戻ろう」

 恋人の少女に手を引かれながら、哲郎は自らが所属するクラスが使用しているバスへ向かって歩き出すのだった。


 予約していた途中の料亭で昼食をとったあと、いよいよ待ちに待った自由行動の開始となる。

 班毎に動くことになっているが、出発場所と目的地で待機している教員に、班のリーダーが支給されたテレホンカードを使って細かに電話連絡をする手はずになっていた。

 もちろん時間制限もあり、迂闊な行動をとった学生たちには厳しい処分が科せられる。あくまでも修学旅行だというのを、忘れてはいけないという注意が教員から何度もなされた。

 ほぼ全員が大学へ進学するような人間ばかりが在籍しているため、好んで問題を起こそうとする学生は皆無に等しかった。

「しかし、さすが都会だよな」

 哲郎と同じ班の男性学生のひとりが、京都の街並みを眺めながらそんな台詞を呟いた。

 首都である東京には及ばないものの、かつては都であった優雅さがそこかしこに存在している。それでいて、哲郎たちの地元よりも進んだ文明を所持していた。

 憧れるには十分な土地であり、水町玲子も楽しそうにあちこちを見ていた。哲郎も京都に住んだ経験があるわけではないので詳しくはないが、それこそ修学旅行で何度も訪れている。

 加えて自由行動における経験値も、他の学生よりはずっと多い。従って、過剰な感動をすることは一切なかった。

 そんな態度を大人の余裕とでも受け取ったのか。同じ班のメンバーが哲郎を見る視線には、より多くの尊敬が備わっていた。

「哲郎君だけは、なんか見慣れたって感じがしてる。都会の人より、都会の人みたいだね」

 恋人の少女の感想に、思わず哲郎は動揺する。先ほどから水町玲子は、いやに鋭い指摘を連発してくる。

 もしかして自分の正体に感づいているのだろうか。そこまで考えたのち、哲郎はそんなはずはないと心の中で首を左右に振った。

 何度でも人生をリセットできるなど、誰に教えても与太話にしか思われない。哲郎だって実際に装置を使用するまでは、そのうちのひとりだったのだ。

「そんなに褒めるなよ。照れるだろ」

 自分で想像する高校生らしい言動とリアクションを返し、恋人の少女のみならず、他の班員たちも笑わせる。

 場の雰囲気も和やかになったところで、歴史溢れる街並みを眺めながら目的地へ向かうことにする。

 先に出発した哲郎の班が事前に決めた待ち合わせ場所で待っており、そこに水町玲子率いる女性班が合流したばかりだった。

 前夜のお喋り会で幾つかのカップルが誕生しているので、そのとおりの組み合わせになって歩き始める。

 哲郎の隣には、もちろん愛しの少女がいる。幾度もの人生を乗り換えて、ようやく側を歩く権利を得られた。それだけでも、言葉では表現できないくらい幸せだった。

 自由行動とはいっても、途中で立ち寄るべきチェックポイントもきちんと設定されている。そこにも担当の教員がいて、生徒たちがやってくるのを待っている。

 確かに立ち寄った証拠としてハンコを貰う。各場所をまわって専用のカードを埋めたあと、ようやく最終目的地へ向かえるようになる。

 もっともそんなに大変な課題ではなく、一時間以内ですべてのハンコを貰うのが可能だった。あくまでも生徒たちが、逸脱した方向へ進まないようにする枷みたいなものなのである。

 どのようなルートを通って、どのようにしてハンコを貰っていくか。これも自由行動を楽しむ上で、重要なファクターのひとつになっていた。

 どうしてもやらなければならないことなら、楽しんだ方が得だ。哲郎の考えに、ともに行動している全員が賛同してくれた。

「早く行こうぜ。時間にゆとりはあるけど、どうせなら想い出をたくさん作りたいだろ」

 いつの間にか二つの班のリーダーにされた哲郎の号令で、まずは最初のチェックポイントを目指して歩を進める。


 整備された道路を、埋め尽くすように走る自動車。哲郎が本来いた時代には遠く及ばないけれど、現時点では文明開化の先端を走っていた。

 歴史を大事にする土地柄とはいえ、修学旅行生が本来いるはずの地元とは比較のしようもなかった。

 それでも国の首都への憧れが強いのか、ほぼ全員が変わらずに東京の大学を志望する。だからといって、決してこの街にある大学が劣っているわけではない。

 現にこちらの大学を志望する学生もいる。それどころか、学力が足りなくて諦める連中も多かった。

 地元や近隣の大学に進学して、そのまま地域に根ざしている企業に就職する。これもまた、ひとつのパターンではあった。

 実際に最初の人生では、哲郎は信用金庫で働いていたくらいだ。何度も人生を繰り返せるようになったおかげで、勉強をする時間は文字どおり、余るほどに存在していた。

 必死に勉強を重ねて知識を増幅し、今では参考書をある程度読めば十分なくらいの頭脳を所持していた。

 人生を何度リセットしても、経験や知識を蓄積し、持ち越せるというありがたいボーナスによるものだった。そうして哲郎は、人生で通う各学校においてトップの成績を誇れている。

「なんだ。梶谷と水町の班は一緒に行動しているのか。まあ、お前たちなら問題も起こさないだろう」

 最初のチェックポイントで学生たちを待ち構えていたのは、昨夜に見回りで哲郎たちの部屋へ乱入してきた男性教員だった。

 服装の乱れもなく、計画もきちんと立てられている。言葉遣いや態度も、学校の中ではきちんとしている部類に入る。

 そんな哲郎と水町玲子が率いる班だけに、延々と細かい注意を受けるような展開にはなりそうもなかった。

 すぐに専用のカードにハンコを押してもらえ、次の目的地を尋ねられる。

 隠しても仕方ないので素直に計画をお披露目し、少しゆっくりしながら街を散策するつもりだと説明する。

「梶谷がいれば心配はいらないと思うが、決して学生らしさを忘れるんじゃないぞ」

 男性教員の言葉に真剣に頷いてみせたあと、哲郎たちは寄るべき場所にひとつだった地点を足早に離れる。

 寺院を巡るのも趣があるが、そこはやはり高校生。若き班員たちの目的は、珍しいお土産の購入だった。

 家族へはもちろん、せっかくの機会なので、自分自身へも何か買って帰ろうとしてるのが大半である。

 哲郎にはさして珍しくない品々でも、この時代を懸命に生きている他のメンバーは事情が違う。目を輝かせながら、都会の街並みを眺める。

「ねえ、哲郎君。時間はまだまだあるし、どこか適当なお店に入ってみない?」

 班員の誰かに頼まれたのか、恋人の少女がそのような提案をしてきた。何よりも風紀を重んじる生徒会長というわけでもないので、哲郎も異論なく承諾する。

「構わないよ。お土産でも買ってから、どこかの喫茶店にでも入ろうか」

 哲郎としては当たり前に言ったつもりだったが、同行中の班員たちが一斉にザワついた。

 この頃の喫茶店といえば、不良が入るところとして世間に認知されていた。そのため、地元でも好んで入る若者はまだ少なかったのだ。

 けれど大半の若い大人が利用しているのを見て、学生たちも興味を惹かれていた。けれど悪いことだという周囲の認識が、高校生たちの足を喫茶店から遠のかせていたのである。

 本来なら教員や親に怒られそうだからと二の足を踏む学生たちも、今日ばかりは事情が違った。

 教師たちの人望も厚い哲郎が同行しているのと、修学旅行中なのが班員たちの気を大きくさせていた。

「じゃ、じゃあ、寄ってみようかな」

 班員の誰かが賛成の意を示すと、すぐに他のメンバーも一斉に頷いたのだった。

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