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リセット  作者: 桐条京介
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 入学式当日の手を繋ぐという行動により、哲郎と水町玲子の噂は一気に拡散された。

 ザワめく教室を後にしようとしても、新たにできた人だかりでなかなかできない。新しいクラスメートたちが、口々に勝手な質問をぶつけてくる。

 二人は交際しているのといった問いかけに、笑顔で頷く水町玲子を見るたび、哲郎はなんともいえない温かな気分になる。

 相思相愛を確認できたためかどうかは不明だが、とにかく悪い気がすることはない。哲郎も「付き合ってるよ」と同級生たちに応じつつ、教室の出入口を目指す。なんとか人の群れをかいくぐり、廊下へ出ると、あとはさほど苦労しなかった。

 二人で手を繋いだまま帰ろうとしている最中、今度はお互いの母親と遭遇した。顔見知り同士なので、何事かを話し合いながら哲郎たちを待っていたみたいだった。

「あら。相変わらず、仲が良いわね。玲子は哲郎君に任せても大丈夫そうだわ」

 水町玲子の母親に同意を求められた小百合は、どこかぎこちない笑みを浮かべながらも「そうですね」と応じていた。

「それなら、お母さんは小百合さんとお茶でもして帰るわね。行きましょう」

「ええ……」

 促されるままに哲郎の母親はお茶の誘いを承諾し、水町玲子の母親と一緒に廊下を歩いていく。その後ろ姿は、どことなく寂しそうでもあった。

 だがそんな母親の小さな異変に、高揚中の哲朗が気づけるはずもなかった。

 水町玲子と恋人同士だと教室で公言し、今もなお学校内を手を繋いで歩いている。否応なしに注目度は上昇し、勝手に頬が熱くなる。

「あはは。なにか……恥ずかしいね」

 はにかみながらも、廊下を通行中の水町玲子は哲郎の手をしっかり握っている。感じる温もりがとても嬉しく、それだけで恥ずかしさなど遥か彼方へ消え去った。

 とぼとぼとひとり帰宅の途につくのが普通だったはずが、水町玲子という女性の存在だけでこうも変わっている。

 まだ高校へ入学して最初の日だというのに、早くもこれまでの人生とは違う生活が待っているのがわかった。

「じゃあ、手を離してみる?」

「ううん。このまま帰ろう」

 顔を真っ赤にしながら、学校の廊下で笑い合う哲郎と玲子を、他の生徒たちはどのように見ていただろう。感想を聞けるはずもないので、回答は得られそうもない。

 教師に見つかれば「不純異性交友」は禁止だと注意されそうだが、一向に構わなかった。見せびらかすようにしっかりと手と手を合わせたまま、哲郎は水町玲子と一緒に下校する。

「お母さんたちは、本当に先に帰ったみたいだね」

 すぐ側にいる恋人の少女が発言したとおり、両者の母親の姿はどこにも見えなくなっていた。二人とも入学式に合わせた着物姿だったので、速い移動はできないはずだ。にもかかわらず見当たらないのだから、想像以上に哲郎と玲子は校門まで来るのに手間取ったのだろう。

 とはいえ、別に一緒に帰る約束をしていたわけでないし、水町玲子の母親からは「先に戻っている」ときちんと告げられている。さほど驚くような出来事でもなかった。

 あえて水町玲子は先ほどの言葉を発して、保護者が不在になっているのを確認したのだ。そう理解した哲郎は「俺たちも、どこかへ寄り道して帰る?」と恋人の少女へ尋ねた。

「うん。少しだけ、お散歩して帰ろう」

 この時代にはまだゲームセンター等は存在しないので、下校の途中で寄るといえば駄菓子屋とかになるのだろうか。何度も人生をやり直してるわりには、哲郎自身が遊ぶ場所を知らなかった。

 哲郎の高校生活イコール勉強といっても過言ではなく、それ以外の思い出はいくら頭の中を探しても見つけられなかった。

 だからといって後悔はしていない。その時に勉学へ励んでいたからこそ、今回までの人生へ知識が持ち越され、様々な場面で役立っている。懸命な努力は、決して無駄ではなかったのである。


 普段使用することになるだろう帰り道のルートを外れ、哲郎と水町玲子はわざと遠回りして歩いていた。

 まだ高校生活が始まったばかりで図書館もないだろうと、穏やかな春の日差しの下で学校の周辺を散策している。

 一度だけ玲子と一緒に、哲郎は下見で入学前に高校へ訪れている。なので、この周辺を歩くのは今日で二度目だった。

 学校周りの地理を知る上でも便利だし、見慣れない土地を歩くというのは、様々な発見があって意外と楽しかったりする。

 道に迷ったらどうしようなんて不安も、恋人の少女と一緒であれば感じなくて済む。向こうもその点は同じらしく、常に楽しそうな表情を浮かべている。

 他愛もない話をしながら、並んで歩く。その間もずっと手は握られており、熱いくらいだ。だが、それが心地よい。肌と肌が触れ合ってる時間は、相手女性への愛情をさらに増大させる。

「あ、ねえ、哲郎君。ここに見覚えがないかな」

「ここは……ああ、わかった」

 ここは美味しいコロッケを売っているお店がある場所だ。懐かしさとともに、とある思い出が脳裏に蘇ってくる。

 哲朗が中学生時代にひとりで訪れた際に、見知った顔を目撃した。ひとりは男性の友人で、もうひとりは今現在隣にいる水町玲子だった。

 仲の良かった友人が恋人に横恋慕しているとは気づかず、哲郎は見事なまでに奪われてしまった。

 友や恋人に裏切られた悔しさや悲しさで一晩中泣き続け、二度と他人を信用しないとまで思ったりもした。

 しかし結局は人生をやり直す道を選び、哲郎は仲の良かった友人の企みを完膚なきまでに阻止し、見事に恋人の少女を守り通した。

 老婆から頂戴した例のスイッチが手元にあったからこそなせた業だが、一般的な人間が辿る人生にはそんな反則アイテムは存在しない。哲郎のケースは、極めて稀だとしか言いようがなかった。

 もし哲朗が過去へ戻れるスイッチを持っていなかったら、どうなっていただろう。きっといつまでも恋人を奪われたショックを引きずり、女性どころか人間すべてが嫌いになって、他人を一切寄せつけない生活を送っていたのではないか。そう考えると、背筋がゾッとした。

 もっともスイッチがないという前提の話になれば、六十余年生きてきた人生の残りを、何事もなく終了させていたに違いなかった。

 スイッチを手に入れたのは、哲郎にとって幸運だったのか不運だったのか。今のところの評価は後者に近い。過去をやり直せていなければ、今現在の幸せな時間はおろか、水町家の面々を救うのも不可能だった。

 反則アイテムを持たない他人からすれば邪道極まりない人生だが、後ろ指を差されるのを哲郎は厭わなかった。批判されるのが怖いのであれば、最初から自分だけが有利になる道具など使用しなければいい。

 罪悪感に苛まされながらも、哲朗が出した結論だった。ここまできた以上、もはや行き着くところまで進むしかない。スイッチの力を使って、絶対に幸せになる。

 何度も心の中で誓ってきた言葉を今一度噛み締めている哲郎に、恋人の少女が「ねえ」と話しかけた。

「せっかくだから、コロッケを買って、少し休んでいきましょう」

 考えてみたら、高校を出てから結構な距離を歩いている。新しい生活へ突入した高揚感で忘れ気味になっていたが、一度気にすると疲れが足にやってきてるのがわかる。

 相手女性の申し出を承諾し、中学生時代によく通っていた店で大好きなコロッケを二つ購入する。以前にも水町玲子と一緒に訪ねていたのもあり、店主は哲郎たちの顔を覚えてくれていた。

「今日は学校帰りにデートかな。若い人は羨ましいね」

 店主の男性にからかわれながらコロッケを受け取り、ひとつを隣にいる恋人の少女へ手渡す。もちろん代金は受け取らない。ここは男らしく、哲朗が奢るつもりだった。

 自分が言い出したんだからとお金を払いたがる水町玲子を、高校入学のプレゼントと強引に納得させる。


 近くにあった公園のベンチに仲良く並んで座り、穏やかな風を浴びながら熱々のコロッケを頬張る。

 昼食がまだだったので、丁度良い腹ごしらえになった。あっという間に食べ終えた哲郎とは違い、隣に座っている水町玲子は女の子らしくちびちびと食べている。

 その様子がとても可愛らしく、黙って見ているだけでも充分に目の保養になる。

 哲朗がひと足先にコロッケを食べたのを見ても、水町玲子は別に驚いたりしなかった。

 水町家で夕食をご馳走になったりする機会も多いだけに、哲郎の食事の速度を恋人の少女はよくわかっていた。

 当初こそ哲郎に合わせようと頑張っていたみたいだが、今ではあまり無理をせずに自分のペースで食べるのを心がけている。

 哲郎にしても待ってる時間は退屈ではなく、存分に最愛の女性を観察できるので有意義に過ごせた。

「私たちも、もう高校生なんだね……」

 コロッケを半分程度食したところで、水町玲子がポツリと呟いた。

 哲郎の返しを待ってる間に、コロッケを包んでいる新聞紙を持つ手を動かす。口元へ運んで、丁寧な動作でまたひと口ほと食べる。

 水町家は意外と躾に厳しくないため、食事中の会話はある程度許可されていた。この時代は食事中は、私語もテレビも厳禁というパターンが多かったので、哲郎も最初は珍しいと思った。

 現代では当たり前でも、過去では違う。そしてその逆も多い。時代の移り変わりを実感するたびに、自分は本当に人生をやり直しているのだと実感した。

 今でこそだいぶ慣れてきているが、当初は戸惑いばかりだった。けれど、それもこれもすべて水町玲子――ひいては哲郎のためなのである。

「そうだね。けど、俺の場合はもうというより、やっと高校生だという気持ちだよ」

 発したばかりの言葉は、間違いなく哲郎の本音だった。小学校時代に想いを告げたあと、期待だらけの中学生活へ突入した。

 始めのうちは順調に友達もできて、初回の人生とは違う境遇におおいに満足していた。けれど、純粋に楽しめたのは最初だけだった。

 すぐに問題が降りかかり、何度も過去へ戻って自分の人生をやり直した。恋人を奪われるのを阻止したと思ったら、資金持ち逃げによる夜逃げ騒動。さしも哲郎もグッタリする場面が数多く訪れた。

 しつこいくらいに悔しい思いをして、ようやく今日まで辿り着いたのだ。何がなんでも、水町玲子と一緒の人生を送るつもりだった。

「うふふ。哲郎君は、小さな頃から大人みたいだったものね。でも、私の目は確かだった」

 ようやくコロッケを食べ終えた水町玲子が、包み紙を片手に小さく胸を張った。制服越しではあったものの、上半身の膨らみが自然と強調される形になり、何故か哲郎が気恥ずかしさを覚えた。

 たまらず目を逸らしてしまった哲郎に気づかないように、恋人の少女はなおも言葉を続ける。

「哲郎君が恋人だったおかげで、お父さんもお母さんも、もちろん私も救われた。こうして高校へ通えるのもだし、とても感謝してるわ」

「気にしなくていいよ。全部、俺が好きでやったことなんだからさ」

 実際にそのとおりなのだから、わざわざお礼を言ってもらう必要はなかった。これからも問題が発生すれば、哲郎は喜んで力を貸す。そうするのが、自分と水町玲子が幸せになる近道だと信じている。

「それでも、お礼が言いたかったの。ありがとう、哲郎君」

「どういたしまして」

 少しだけ悩んだ末に、哲郎は笑顔でそう返した。せっかくお礼を言ってくれているのに、いつまでも必要ないでは相手の気持ちを無駄にする。

 高校の入学式も終わった春の昼下がりの公園。ベンチで並んで座っている哲郎と水町玲子の顔は、心からの笑みで満ちていた。

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