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リセット  作者: 桐条京介
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 新しい生活を夢見て、胸躍らさせる高校の入学式。新入生全員が緊張しながらも、見知った顔と笑顔で会話をしている。

 中には早くも他の中学校出身者と仲良くなっている者も存在する。ドキドキしすぎているのか、それぞれのテンションはかなり高い。

 そうした周囲の様子を、哲郎は何の感動もなく眺めていた。本来は周りの学生たちと同じリアクションをしていたのだが、何度も同じイベントを繰り返していれば新鮮味も薄れる。

 なにせこのあと行なわれる担任の紹介から、校長の長話の内容まですでに知っているのだ。期待と不安で鼓動の速度を上げろと言われても、ほぼ不可能に近かった。

 これまで幾度となくやり直してきた人生と違う点があるとすれば、それは恋人の少女の存在だった。

 小学校の時に勇気がなく、告白できないままで音信不通になり、脆くそしてはかなく砕け散った初恋。昔から成就しないといわれていた意味を、六十歳を過ぎてから実感したりもした。

 そんな哲朗がどういう理屈かは不明だが、変なスイッチのおかげで人生をリセットできた。小学校時代に戻って意中の女児に告白し、見事に承諾の返事をもらう。

 中学校に進んでからも交際は続いたが、予期せぬ難題ばかりが降りかかってきた。せっかくできた同じ中学の男友達に恋人を奪われそうになったり、少女の家庭が崩壊しそうになったりで、凄まじく濃密な時間を過ごしてきた。

 苦難を乗り越えて、ようやく辿り着いた高校生活。せめて今回の三年間は、楽しめるようにと願わずにはいられなかった。

 チラリと哲朗が後方へ視線を向ければ、目が合った美しい少女が微笑みかけてくれる。運良く同じクラスになれた水町玲子である。

 恋人の少女はやはり誰の目から見ても可愛いらしく、朝の時点ですでに同級生の男子生徒たちがザワつき、色々と噂をしていた。

 一応は彼氏であるだけに、誇らしくも思えたが、その一方で再び誰かに狙われないか心配にもなった。

 哲郎自身に水町玲子と別れるつもりはなく、何か問題が発生すれば、再び例のスイッチの力を借りるつもりだった。

 なんともしても幸せな人生を送るんだ。心の中で強く呟いては、己に気合を入れる。

 そんなことを考えている間にも参加中の入学式は粛々と進み、各クラスの担任が体育館の壇上で紹介されている。

 哲郎と玲子が入学したのは、県内でもトップレベルの進学校で、専門的な高校とは違って普通科しか存在しない。所属する誰もが、できれば大学までいきたいと思ってるに違いなかった。

 もちろん哲郎はそのつもりだったし、家庭の経済状況を考えても、学力さえ満たせれば水町玲子も進学するだろう。本人にはまだ直接聞いていなくとも、返ってくる答えはある程度想像できていた。

 視線を壇上へ戻せば、各学級の担任紹介を終えた校長が、長々と新入生たちへ高校生としての心構えなどを話している。

 初めて聞く他の新入生でも、退屈そうにしてるのが大半なのだ。すでに聞きなれている哲郎には、まるで子守唄みたいに聞こえる。

 欠伸しそうになるのをなんとか堪えつつ、顔だけを壇上に向けたままで考え事に没頭する。これからの人生設計についてが、主な議題だった。

 いまだかつてないくらい楽しかった中学卒業後の春休みを経て、哲郎の水町玲子に対する想いは圧倒的に強まっていた。

 なんとしても一緒に人生を添い遂げたいと、より強烈に願うようになっている。ともに過ごす時間が増えるほどに、醒めるどころか愛情は格段に増した。

 幸いにして相手方の両親の受けもいいので、現在のところ、哲郎の前途は限りなく明るく照らされてるように思える。

 このペースを崩さないようにして、あとは無事にゴールするだけ。そうはわかっていても、人生は長い。まだまだ気は抜けそうになかった。


 真面目な人間であれば、厳かな気分で望んだであろうが、新しい出会いなどに期待している新入生には退屈極まりない儀式。それが入学式である。

 卒業式こそ三年間の思い出が頭をよぎり、泣いたりする生徒もたくさん出てくるが、こと入学式に至っては号泣する者はそうそういない。だからこそ、余計に入学式を面倒に感じたりもする。

 頭の中では大事なものだと理解しているのだが、どうにも感情が追いつかない。それほど高校生活というものに夢を見て、ワクワクしている証拠だった。

 そのうちのひとりには、当然のごとく哲郎も含まれる。入学式の最中は冷めた感じで参列していたが、体育館から所属する学級へ戻ってくれば気分も一変する。

 出席番号順に最初は席が決まっているため、哲郎と水町玲子は少し離れた場所に座っている。

 多少の寂しさを覚えるものの、この程度であれこれ言っていたら、器の小さな男だと思われるのは間違いない。高校生活へ突入したばかりで、いきなりそんな展開になるのだけは避けたかった。

 なにより下手な真似をして最愛の女性に不信感を覚えさせた挙句に、嫌われでもしたら目も開けていられない。ここはグッと我慢するのが一番である。

 入学式の舞台だった体育館から、指定された教室へ戻って数分後。雑談で騒がしくなってる教室へ、ひとりの大人がやってくる。

 老齢の男性で、体育館へ案内してくれた人物でもある。加えて、入学式の最中に、哲郎たちの学級の担任になると紹介された教員だった。

 温厚で優しそうな外見をしているが、見た目どおりの性格をしているとは限らない。世の中には、様々な人間がいる。

 強面でありながら小動物を愛する心優しい人物もいれば、平和主義者的に見えても争いを好む者もいる。人間は外見ではない。複数の人生で、嫌というほど哲郎はそれを学ばされた。

 だが、すでに大人になった経験のある哲郎だからこその人生訓であり、ごくごく普通の幼少期を送ってきた周囲の学生が、そこまで達観していたらむしろ怖い気がする。

 周りの反応を窺えば、哲郎みたいに物事を深く考える人間は見当たらず、優しそうな先生で良かったなんて感想がそこかしこから聞こえてくる。

 世間知らずがなどと、心の中で嘲笑ったりはできない。世界には様々な人間がいるという言葉どおり、外見と性格がピッタリ一致するような人物も少なからず存在しているのだ。

 ちなみに恋人の少女の反応を確認してみると、普段と変わりなく姿勢をしゃんと伸ばしながら、教卓に立った老齢の男性教諭を見ている。

 特別な感情が視線に含まれてたりすることもなく、ただ教師が黒板前にいるからという感じである。

 教師と女性とのラブロマンスも決してないとは言い切れないが、現在の担任については安心できそうだった。

「私が皆さんを、とりあえずは一年間、担当することになります。よろしくお願いします」

 丁寧な言葉で担任の老齢男性が自己紹介を終えたあと、今度は哲郎たち新入生がひとりひとり、自分の名前や出身の中学校などを話すことになった。

 担任教師にだけでなく、他の同級生たちにも紹介する目的があるのだろう。哲郎の番も無事に終了し、あとは聞いてるだけの身になる。

 そして水町玲子が自己紹介しようと席から立ち上がる。その瞬間に、男子生徒を中心に軽いザワめきが起こった。教室内にも若干とはいえ、落ち着かない雰囲気が漂っている。

 凛とした声で自己紹介をする水町玲子へ、必然的に注目が集まる。すらすらと名前や出身中学校を言い終えて着席すると、今度は感嘆のため息がどこからか漏れ聞こえてきた。


 入学式当日からいきなり授業とはならず、午前中で解散となる。入学式に参列した保護者と帰宅する者や、友人同士で遊びに出かけようとする者。思い思いに好き勝手な行動をとる。

 別に何かを禁止されているわけでもないので、式後にどのようなことをしようとも、法を犯さない限りは各人の自由だった。

 入学式には水町玲子の母親だけでなく、哲郎の母親もやってきている。水町家で過ごす時間が増えているため、最近は小百合と会話をする機会が減っている。

 本来の人生ではわりと早めに他界してしまっただけに、過去へ戻ってきた当初は、それこそひっきりなしに話しかけたりした。

 今にして思えば、その光景を見た他者にマザコンだと指摘されても仕方ないくらいだった。けれど、それも小学校を卒業するまでだった。

 二度目の人生にして、初めての恋人ができた哲郎はこれ以上ないほど舞い上がり、水町玲子という存在へのめりこんだ。

 次第に母親の存在に慣れてきたのもあり、恋人の方へ時間を使うような生活へシフトしていった。

 特に何も言われていないので、母親の小百合も哲朗が親離れしてくれたと喜んでいるのかもしれない。そうでなかったにしても、いつまでも息子がべったりとくっついているよりはよほど健康的だろう。

 帰宅が許可されて、圧倒的に騒々しさを増した教室内で、哲郎も考え事をほどほどにして下校しようと準備を始める。

 その際に少し離れた席にいる水町玲子を見てみると、いつの間にやら結構な数の人だかりができていた。

 何かあったのかと思いきや、クラスメートが単純に話をしたくて殺到しているみたいだった。

 よく人は顔ではないと言われるが、やはり性格と同じくらいに外見は重要な一因だとわかる。美少女とも呼称できる水町玲子の周りには人が集まり、あまり顔立ちのよろしくない哲郎は教室内でポツンとひとりきりだ。

 せっかく知り合ったばかりの旧友たちと会話をしているのだから、邪魔をするのも申し訳ない。母親の小百合も来ているだろうし、今日のところはそちらと合流しようと考える。

 ついさっきまで保護者も、自分の子供が所属する教室の後ろで見守っていた。今はだいぶ少なくなっているが、まだそれほど遠くへは行ってないはずなので、捜せばすぐに見つけられるだろう。

 そう考えて哲郎は、ほとんど何も入っていない学生鞄を担いだ。教科書等を入れて、友好的に活用するのは、授業が始まる明日以降になる。

 その点だけを考慮すれば、入学式にわざわざ学生鞄を持ってくる必要はないように思えたが、学校側からの指定だったので、従わないわけにはいかなかったのである。

「あ、哲郎君。今から帰るの?」

 哲朗が自分の席から立ち上がると、待っていたかのように、たくさんのクラスメートの中心にいた恋人の少女が声をかけてきた。

 一斉にこちらへも注目が集まり、様々な種類の視線を浴びせられる。実に居心地悪い状況となり、一刻も早く教室から退出したくなる。

 哲朗が「そうだよ」と教えた途端、水町玲子も席を立って、人だかりをかきわけてこちらへ駆け寄ってきた。

「なら、一緒に帰ろう。今日も私のお家に来るんでしょう」

 周囲の反応など一切構いもせず、堂々と親密な雰囲気をかもし出す。度胸というべきなのかはわからないが、男性の哲郎の方が引っ張られる形になっている。

 おしとやかそうでいて、実は気の強い一面もあるのかもしれない。小学校の卒業近くから交際を続けてきているが、いまだにわからない部分が多い。

 だからこそ楽しいと感じ、相手女性をより愛しく思えるのだろう。こうなったら、自分も覚悟を決めようと、哲郎は「そうさせてもらうよ」と返事をして、側にいる恋人の少女の手をしっかりと握った。

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