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リセット  作者: 桐条京介
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「えっ? それって……本当なの?」

 相手少女は本当に驚いており、とても演技をしてるようには見えなかった。

 そのあとで「道理で……」と呟いた。

 正確に認識はしていなくとも、思い当たるふしはあったのか。水町玲子が、少し考え込む様子を見せる。

「この間……なんだか、熱心に話しかけてきてくれてたから……」

 どうかしたのと尋ねた哲郎へ、少女はそんな言葉を返してきた。

 その時のことは、哲郎もよく覚えている。何せ、同じ未来を辿らないよう必死だった。

「でも……必ず、途中で哲郎君が入ってきたから、結局、あまりお話はできなかったんだけれど……」

 それが狙いだったからとは言えず、哲郎は黙って頷くしかなかった。

 気まずい顔でもしていたのか、ややしてからピンときたように水町玲子が瞳を輝かせる。

「あ、もしかして……平谷君の気持ちがわかったから、ああして会話に入ってきてたのね」

 ズバリと核心を突かれれば、とぼけるわけにもいかない。素直に哲郎は、そのとおりだと認める。

 すると水町玲子は嬉しそうに笑い「この間の私と同じだね」と言った。

「あの時は、私が貝塚さんとのことを心配してたけど、今回は逆になったね。うふふ」

 唇に手を当てながら、にこやかに微笑む。どうやら哲郎が嫉妬していた事実が、お気に召したみたいだった。

 罰が悪くなりつつも、前回の中学生活にはなかった恋人とのひと時に心を安らげる。

「心配しなくても大丈夫よ。私が好きなのは、哲郎君だけですもの……」

 頬を赤らめて、そう言ってくれる少女が誰よりも愛しくなる。

 けれど以前の哲郎は、そこまで想ってもらっていたにもかかわらず、水町玲子の愛を手放す結果となった。

 今度は絶対に失敗しない。心に固く誓いつつ、大胆になりすぎないよう、それでいて着実に恋人とのスキンシップをとる。

 大体が手を繋ぐくらいだったが、それだけでも水町玲子は破顔して喜んでくれた。

「うん、わかってる。僕も……玲子だけが好きなんだ。これからも、よろしくね」

 哲郎が改めてそう言うと、水町玲子は「こちらこそ」と頷いてくれる。

 それからは一緒に各々の中学校の宿題をしながら、夕食時になったら水町家まで恋人を送り届ける。

 そんなある日、冬も近づこうとしている頃に、哲郎はふと再度のリセットをするきっかけとなった店を思い出した。

 適当に見つけた店ではあったが、よくよく身近な人間に話を聞くと、揚げたてのコロッケがとても美味しい有名なお店らしかった。

 しかも平谷康憲が贔屓にしている店であり、気に入った人間には必ず教えて一緒に食べるのだという。貝塚美智子が、哲郎に教えてくれた。

 ちなみに前回も今回も、哲郎は平谷康憲から誘われていない。これだけでも、どう思われてるか明らかである。

 若干の切なさを漂わせながら、ひとり歩く哲郎の耳に、聞き覚えのある声が風に乗って届いてきた。

 過去へ戻ってくる前の寝取られ展開を思い出し、心臓がドキドキと高鳴る。

 近くの茂みに隠れて声のした方を見れば、そこには平谷康憲と水町玲子の二人がいた。

 いつか見た光景そのままで、鼓動が急激に加速する。

 存在を悟られないように接近すると、やがて二人の声がはっきり聞こえるようになる。

「このお店屋さんのコロッケ……本当に美味しいのね」

「だろ? だから、水町さんをずっと連れてきたかったんだ」

 哲郎が知らない間に、人の恋人を誘っていた男が、いけしゃあしゃあと笑っている。

 憎悪を膨らませるには充分すぎる展開ではあるものの、ここで飛び出していくのは早計だった。

 どういう状況なのか、まずはじっくりと見極めることに専念する。


 一緒に仲良くコロッケを食べてるだけかと思いきや、唐突に平谷康憲の表情へ真剣みが増してくる。

「今日だけじゃなくてさ……これからも、時間があればこうやって二人で……食べにこないかな?」

 初対面時に、水町玲子との仲を見せつけてやったにもかかわらず、平谷康憲は未だ諦めきれてなかったらしい。虎視眈々と、哲郎から恋人を奪う機会を狙っていた。

 どのような手法で誘い出したかは知らないが、訪れたチャンスをものにするべく、ここぞとばかりに攻勢をかけている。

「でも……理由がないわ。今日は、哲郎君が喜びそうなお店を紹介してくれるというから、こうして一緒に出かけたけれど……やっぱり二人だけで会うのはいけないと思うの」

 前回の中学生活ならともかく、今回は水町玲子が喜びそうな行動を理解した上で実践してきた。

 簡単に奪われないとわかっていても、心臓はドキドキしっぱなしである。

「そんなに……梶谷がいいの? 悪いけど、顔も運動神経も俺の方がいい。僕なんて、女々しい言葉を使わないし、男として上の自信がある!」

 哲郎がいないと思って、好き勝手に発言してくれる平谷康憲へ怒りを覚える。

 とはいえ、自分勝手な男と断定するのは早すぎる。それだけ水町玲子に魅力があり、人を心から愛したのが初めてかもしれないからだ。そうなれば哲郎と同じようなもので、一方的に責める気にはなれなかった。

 当人は覚えてないだろうが、煮え湯を飲まされた経験のある身だ。恨んでも当然なのだが、共に過ごした日々が楽しくなかったかといえばそうでもない。哲郎と平谷康憲は、確かに友人だった。

「私が好きになったのは、決して哲郎君の外見や運動神経ではないの。それだけで人を評価するのは、とてもいけないことなのではないかしら」

「そんなことはない! それに、俺の方がずっと君を想っている!」

 平谷康憲による告白も同然だった。哲郎が知ってる未来では、恐らく水町玲子は受け入れた。

 それを苦にしたがゆえに、スイッチを使って中学生活をやり直している。

「勝手に決めつけないでください。哲郎君は、間違いなく私を愛してくれている。それだけは、はっきりわかるの」

 相手を責めるような口調で、水町玲子が反論をぶつけた。告白を拒絶した証であり、平谷康憲はガックリと肩を落とした。

 それでもすぐに諦めないあたり、よほど水町玲子を好いているのだろう。哲郎にも伝わってきたが、想いを遂げさせれば、こちらが涙を呑むしかなくなる。

 かわいそうではあったが、簡単に譲れるほど、哲郎の想いも浅くない。人には、何かを選ばなければならない時が必ず来る。

 愛情か友情か。哲郎の場合は、この二択だった。

「どうしても……梶谷がいいのか……」

「ごめんなさい。気持ちは嬉しくても、お受けすることはできません。私が好きなのは、哲郎君だけだから……」

 やはり水町玲子も、悲しげな顔をしている。

「……わかった。でも、せめて……今だけは、このコロッケを食べ終えるまでは……二人でいてもいいかな」

「はい。今日は……その……」

「いいよ。お礼もいらないし、謝ってもらう必要もない。今度は……梶谷と一緒に、ここへ来なよ」

 切なそうに浮かべた笑顔が、平谷康憲がこの場で作った最後の表情となった。

 静かに二人でコロッケを食べ終えると、無言のままで別れる。

 スイッチを使用したおかげで、過去が変わった瞬間だった。

 本来なら平谷康憲を選び、哲郎と別れる選択をした水町玲子が、現在の恋人関係の維持を選んだ。それが何より嬉しかった。

 人によっては、哲郎がとった手段を最低だと罵るかもしれない。けれど、禁忌を犯してでも、手に入れたいものがある。

 現在の哲郎にとって、それこそが水町玲子という女性だった。


 平谷康憲も、水町玲子もそれぞれの帰宅路を歩く。やがて二人の姿が見えなくなった頃、哲郎はひとりで例のコロッケを購入する。

 寒風に吹かれながら、頬張るコロッケはとても温かかった。

 平谷康憲にすれば、ひとつ前の哲郎の人生での役回りを望んでいるに違いない。過去をやり直せば、様々な人間の未来も変わる。

 梶谷哲郎という存在は、他の人間から見れば疫病神そのものかもしれない。急速に、申し訳なくなってくる。

 だが譲るわけにはいかない。平谷康憲への贖罪の気持ちを、哲郎はコロッケと一緒に飲み込むのだった。

 帰宅すると、家の側に誰かが立ってるのが見えた。

 急ぎ足で近づいてみる。人物の正体は水町玲子で、哲郎の姿を見るなり笑みを浮かべる。

 少し元気がないように見えるのは、つい先ほど平谷康憲との一件があったからだろう。理由はわかっているものの、哲郎がそのことを口にするつもりはなかった。

 そんな真似をすれば、どうして知ってるのかと相手に問い詰められるのは歴然だった。

 何も知らないふりをして「今日はどうしたの」と尋ねる。

 美味しいコロッケ屋さんがあるんだけど――。そう切り出されたらどうしようと、内心でドキドキする。

 店主は水町玲子のみならず、哲郎の顔も見ている。余計な情報を発進する可能性もある。

 だが相手女性は単純に「話がしたくて……」とだけ告げてきた。

「それなら、上がっていくといいよ」

 そう言って哲郎は、いつものとおり水町玲子を自宅へ招き入れる。

 家の中には忙しく動き回ってる母親の小百合がおり、哲郎と交際中の少女を見るなり、またかという顔をした。

「玲子ちゃん、いらっしゃい。ゆっくりしていってね」

 会えばこうして笑顔で挨拶するものの、どうも水町玲子へあまり良い印象を抱いてないみたいだった。

 以前に一度おもいきって母親へ聞いてみたが、あっさりと否定されて終わった。

 いかに家族でも、本心をそう簡単に語るはずもない。以来、哲郎は小百合へ理由を問いただすのを諦めた。

「ありがとうございます。お邪魔させてもらいます」

 育ちの良い女性らしく、丁寧な挨拶をしたあとで、水町玲子は哲郎の背中を追いかけてくる。

 もしかしたら当人も小百合に苦手意識を持っているかもしれないが、その手の悩み相談を受けた記憶はない。考えすぎと、哲郎は結論づけていた。

「実は今日ね……平谷君と会ってたの」

 相手を床に座らせて、ひとりだけ椅子を使うのも失礼なので、哲郎も水町玲子の隣に腰を下ろしている。

 居間から麦茶を入れたコップを二つ持ってきて、ひとつを恋人へ手渡した瞬間に会話が開始された。

 すでに事実を知っていたので、別段驚きはしなかったが、無反応なのも変だ。哲郎はあえて「そうなの?」と驚いたふりをする。

「あ、でも、誤解しないでね。その……こういう言い方はよくないかもしれないけれど、最初は……あの……嘘をつかれたの」

「嘘?」

 疑問符をつけて言葉を返した哲郎へ、水町玲子が嘘のないようについて説明する。

 どうやら平谷康憲は、哲郎もいるからということで、水町玲子を誘い出したみたいだった。

 哲郎がいないのに気づいた少女は帰ろうとしたが、そこは平谷康憲。言葉巧みに、なんとか引き止める。

 恋人である哲郎が、大喜びするお店を教える。悩んだ末に、応じる旨を平谷康憲へ告げた。

 案内されたのは、離れた場所にある肉屋で、揚げたてのコロッケを売っていた。

 道中、結構な距離があったため、色々な話をした。とりわけ、哲郎の中学生活の話題が中心だった。

 平谷康憲はこともあろうに、哲郎が中学校でモテており、常に複数の女性に囲まれてると水町玲子へ教えていた。

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