第四話
「それじゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい……」
昨夜はああいってくれたけど、やはり自分の子供を危険な場所へ行かせるのが不安なのか、悲しそうな顔をしている。
「まあ……時間見つけたら帰ってくるからさ。安心してよ」
「ええ……」
母を安心させるため、そう言って俺は家を出た。
俺が見えなくなるまで見送った母親は、誰に言うでもなくこうこぼした。
「ショウ、知ってる? ソラもそう言って出て行ったのよ……」
母が思い浮かべているのは、笑顔で出ていったきり今なお帰ってこないソラのことだった。
「お待ちしておりました、ショウさん」
「……あんた、いつからここにいたんだ?」
明日来るように、とは言われたが詳しい時間までは指定されなかったので朝起きてすぐ来たつもりだったが、カエデはすでにアンジェラチルドレン日本支部の前で俺のことを待っていた。
「そうですね……朝の5時ぐらいでしょうか?」
「5っ……!?」
ちなみに今の時間だが、朝の8時20分だ。
つまり3時間強カエデは待ち続けていたということだ。
……なぜ何もしていないはずの俺がこんなに罪悪感を感じているんだろう。
「それではこちらへどうぞ」
「あ、ああ」
カエデに促されて建物の中へ。
アンジェラチルドレン日本支部。
敷地面積はおよそ7億㎡。これはこの建物だけでなく、日本各地にも建物が存在するから。
まあここだけでは沖縄や北海道で事件が起きた時どうしても到着まで時間がかかる。
各地に配置するのは当然と言えば当然だろうが、こうして敷地面積を数字にしてみるとすごい。
ちなみにここでは研究所、訓練施設、模擬戦闘用のアリーナなどがあり、日本の中では最大の敷地面積を誇る。
だが、アメリカやロシアは日本の比ではないようだ。
それだけアンジェラチルドレンが期待されているということだろう。
それと同時に、アクマがそれだけ脅威だということだ。
俺とカエデが立ち入った建物は研究所。
主にアクマの生態調査、アンジェラチルドレンの体調管理、アハトの改良など様々なことを行っている。
一体どこへ向かっているのか。
そう思っているとカエデが立ち止まったのは医務室と書かれた標識の扉の前だった。
「医務室……?」
「どうぞ中へ」
多少の違和感を感じながらとりあえず中へ。
見た感じは特に変なところはない。イメージ通りと言ったところか。
3つのベッドと薬品が並べられた棚。
さまざまな書類が並べられた机。その机とセットとなっている椅子に女性が座っていた。
「来たか。ようこそアンジェラチルドレンへ。私はセレーヌ=オルビエ。まあ、セラとでも呼んでくれ」
自らをセラと名乗った女性は今にも倒れそうなほど顔色が悪かった。
まるで1週間近く眠っていないかと思えるほどくっきりと浮かんだクマ。
背中まであるぼさぼさの金髪。歳は20代後半と言ったところか。身長は座っているから分からないが、見た感じでは高そうだ。
しかし……医者が不健康そうに見えるってどうなんだろう。
「セラさん、例のあれを」
「わかっている」
そういうとセラは机の上に置いてある銀色のトレイから、注射器をとりだした。
極々普通の注射器だ。
……中に入っている液体が緑色でなければ。
「さあ、ショウくん。腕を出してくれ」
「え……」
「大丈夫ですショウさん。痛いのは最初だけですよ」
「そのセリフ使う場面間違ってるだろ! ていうかそこじゃない!!」
注射が怖いとか小学生か! そのぐらいもう平気だっつうの!
それよりその注射器に入っている液体は何なんだ!
俺は絶対いやだから!!
結論:注射されました
「結局何だったんだよ今の……」
「今のはアハトを使えるようにする薬品です。血液に注入することで、アハトを使えるようになり、身体能力も高めることができ、正式にアンジェラチルドレンとなります」
「……副作用とかないだろうな。適正でなければアハトは使えないって聞いたけど」
「その点では大丈夫です。使えないのなら使えないだけ、人体に影響はありません」
……ま、そこまではっきりと言われたら文句は言えないか。
「ていうか、それならそうと先に言ってくれればさっさとやったっていうのに」
「いやあ……」
「怯えてるショウくんを見ていたら楽しくなってな」
「ですです」
「このドSどもが!!」
畜生なんなんだここ……。
変なやつしかいないのか。
「それじゃあ私は寝る。おそらく数日は起きないからよろしく頼む」
「数日は起きないって……あんた何日寝てないんだよ」
「最後にしっかりとした睡眠をとったのは半月前だったかな」
「はんっ……!?」
確定。ここは変人の巣窟だ。
カエデは朝5時から待ってたとか言うしセラは半月寝てないとか言うし。
「ショウさん、ショウさん」
「ん?」
「ショウさんのアハトが何なのか、ここで見ておきませんか?」
「ああ……それもそうだな」
カエデの提案に乗ってみる。
といってもだいたいの予想はついているけどな……。
「で、どうやって具現化するんだ?」
「そうですね……自分の体内にある力を、一点に集中させてみてください」
「ずいぶんと抽象的だな」
「こればかりは感覚の問題なので……」
ま、やるだけやってみよう。
イメージをわかりやすくするために、両手を前に構える。
なにか、見えないものを持っているかのように構え、手と手の空間の中心に力を集中させる。
……力って何だ?
ま、まあいい。とにかくイメージだイメージ。
「ふっ……!」
短く息を吐いて、より強くイメージする。
自らの肉体を巡る力を、指先から外の世界に放出し、それを手の中で集める。
その力が徐々に形をなし、俺に最も合った武器となる。
「わあ……」
カエデが感嘆の声を上げる。
俺の両手に握られていたのは、刀。
まるで俺のために作られたかのように錯覚する、この手と柄のフィット感。
重さも問題ない。軽々と振るうことができるだろう。
一見は普通の日本刀だが、その刃の光沢が業物であることを証明している。
「しかし……皮肉なもんだな」
「え?」
「いや……な。俺のじいちゃんは剣道の師範でさ。俺と兄貴も小さい頃はじいちゃんにならっていたんだけど、いつも兄貴と比べられて、それが嫌になって高校ではこっちに越してきたんだ」
高校になってからは全くやらなかったんだけど……やっぱ、剣の道からは逃れられないってことかな。
今思えば、俺と兄貴を比べていたのはいつもじいちゃんだったな。
それから家族のことが信じられなくなって、心の中で俺と兄貴のことを比べてるんだって勝手に思い込んで……。
両親は一度も俺と兄貴を比べたことはなかったのに、悪いことしたかな。
「あ……ところでこれ、どうやったら消えるんだ?」
「その剣が霧散するようにイメージすれば消えますよ」
「ふーん」
言われた通り、剣が空気中に霧散するようにイメージする。
すると、剣はその形を歪め、空気に解けるように消えた。
「おお……」
「さあ、それじゃあ次に行きましょうか」
「次って?」
カエデに尋ねると、彼女はうれしそうに答えた。
「あなたの仲間のところです」