第二話
「確か公園はこの辺だったはず……。お、あれか」
公園の入り口を見つけ、近づいたその時。
「きゃああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
悲鳴が聞こえた。
聞き間違えるはずのない、幼馴染の、ハルの悲鳴が。
「ハル!!」
俺は慌てて公園の敷地内へ入る。
そこにいたのは、腰を抜かして尻餅をつくハルと、その前に禍々しいオーラを放つアクマの姿。
アクマは俺のことに気づき、ゆっくりとこちらに顔を向ける。
「む……? なんと、玩具が自分から転がりこんできたか」
しゃべってる……ということは魔人クラスか……!
自然体で立っているはずのアクマに怖気づく。
怖い。逃げたい。そんな思いが頭をよぎるが、それ以上に恐怖で涙を流す幼馴染を助けたい。
俺は近くに落ちてある木の棒を手に取った。
焼け石に水だが……なにもないよりはましだ。
木の棒を持ち構える俺を見て、目の前のアクマは笑いだした。
「く、くははははははははは!!!! 貴様! そのような棒きれで我と闘うつもりか!?」
「ああそうだよ……大変不本意だけどなあ……!」
「くくく……人間とは実に愚かなものだ。目の前の相手との力量の差が分からぬとは」
わかってるんだよ畜生……俺じゃお前にかなわないことぐらい。
そもそも勝つつもりなんて毛頭ない。
隙を作って、ハルを連れて逃げだせれば万々歳。
最悪ハルだけでも逃がせれば……。
「いいだろう、余興につきあってやる。我が名はダンテ。愚か者の貴様の名、覚えておこう」
「そりゃどうも……俺は天宮 翔だ。
「行くぞ……」
空気が変わった……!?
ダンテが放つ殺気に気づき、無意識にバックステップする。
すると、つい一秒前に俺の頭があった場所に、拳が振るわれた。
「ほう、なかなかいい勘をしているようだな」
「ぐ……」
全く見えなかった……。
これじゃあ、隙を作るどころか下手すれば死んでしまう……。
ハルは放心状態になって動けないし……。
アンジェラチルドレンの連中は何やってるんだよ! くそ!
とにかく、守ってばかりじゃ隙なんて作れやしない。
攻めないと……。
「はあっ!」
俺は一歩踏み込み、上段から木の棒を振り下ろした。
ダンテはガードする様子はない。
油断か、それとも自信なのか。
おそらくは後者だが、今はそんなことにかまっていられない。
木の棒はそのままダンテの脳天に打ち込まれる。が
バキッ
結果は、ただ木の棒が折れただけ。
ダンテへのダメージは、毛ほどもなかった。
「虫でも、止まったか?」
「くそ……!」
ダンテの不敵な笑みを見て、慌てて距離をとる。
だが逃げた先が悪かった。
砂場へ足を突っ込んだ俺は、砂に足をとられバランスを崩してしまう。
「しまっ……!」
「終わりだ」
ダンテが腕を振り下ろす。
指先から見えるどんな刃物よりも鋭そうな爪。
避ける? どこに? まず避けれる体勢じゃない。
じゃあ防ぐか? だが魔人クラスの攻撃だ。ただ腕で防ぐだけじゃ、相手にとっては紙切れも当然だろう。
爪が届くまでの一瞬にも満たないうちにさまざまな可能性を考える。
だが、どれも同じ結論に至ってしまう。
死――――
死を覚悟したその時、俺とダンテの間に一つの影が割り込んだ。
ダンテの腕はそのまま振り下ろされ、爪はその人物の背中を切り裂いた。
力なく倒れ込むその人物は、その身を俺に任せるようにうなだれた。
「なん……で……!」
「ふむ、我の殺気を受けて、動ける女がいるとは」
「ハル……!」
肩をゆするが、幼馴染は目を覚まさない。
背中にくっきりと残された3本の深い傷跡。
そこからあふれ出る血液。
ハルの顔が、青白くなっていくのが分かる。
「ハル……ハル……!」
目に涙をためながらハルの肩をゆする。
いやだ、嫌だ……こんなの……!
そう思ったその時、ハルはうっすらと目を開けた。
「ショウ……くん……」
「っ……ハル!」
ハルは弱々しく笑って口を動かした。
「――――――――」
「っ……!」
ハルは最後の言葉を告げて目を閉じた。
なぜか、もう目を覚まさないと、頭のどこかで分かった。
「もう終わったか?」
退屈そうにしていたダンテが話しかけてきた。
こちらの事情が終わるまで待ったということは、アクマにも情というものはあるのだろうか。
いや……もう、どうでもいい。
「もう抵抗する気もないか……つまらぬ」
そう言ってダンテは歩み寄ってくる。
これから殺されるんだろうと、他人事のように考えていると、銃声が鳴り響いた。
「……?」
何事かと思って顔を上げると、ダンテは自分の顔を腕でかばっていた。
その腕には、弾丸が撃ち込まれたような跡が残っていた。
「こちらD地区。公園にて魔人クラスのアクマを確認」
公園の入口の方から聞こえた声。
そこには銃をダンテに向けたまま通信機で誰かと通話している男の姿があった。
その男がなにものかに気づくのに時間はかからなかった。
「アンジェラ……マスター……」
そのことを確認すると、安堵のせいか、張りつめていた緊張の糸が切れた様に意識が遠くなる。
「遅えよ……!」
男への罵倒を口にして、最後のハルの言葉を思い出しながら俺は静かに眠った。
――大好き――
ごめん……守れなくてごめん……ハル……。