表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カゴメ  作者: アイリス
4/5

4



お風呂場から出て行くと、龍雅さんも入ってきたのか、髪が濡れていた。





「みちる」





手を、差し出してくる。




わたしは、躊躇いがちに、その手を、取る。




「……髪が濡れてるな」




腰辺りまでのびる髪をさらりと梳き、呟く。




「それは、龍雅さんも……」




「俺はいい。それより、みちる、お前だ。このままだと風邪を引くかもしれない、乾かすぞ」





わたしをベッドに座らせ、彼はドレッサーに向かう。




沢山ある引き出しを、悩むことなく引き、ドライヤーを探し出す。




巻き付けられているコードを取りながら、再びわたしのそばへ来る。




コンセントに繋げ、電源を入れる。





熱い方か、冷たい方か、どちらがいいのかとたずねられ、わたしはお風呂に入って火照った体を冷まそうと思い、冷たい方で、と答えた。




乾くのは時間がかかるかもしれないが、そうした。




意見をきいた――のに、龍雅さんは湯冷めするとか何とか色んな理由を付けて、結局、熱い方で乾かすことになった。




きいた意味はあった?




とは思ったけれど、何も言うまい。




されるがまま、髪を乾かしてもらう。




髪が長い為、乾くのにけっこうかかる。





一点に集中しないように、満遍なく、丁寧に熱を当てくれた。





「こんなもんか?」




サラリと肩から落ちる髪を弄びながら、呟く。





「ありがとうございます」




髪から手を離した龍雅さんは、返事の代わりに頷き、ドライヤーを片付けに行った。



戻ってきた龍雅さんはベッドに腰掛ける。




わたしは龍雅さんから目を離さず、何か話すのかな?と思い、話が切り出されるのを待つ。




「みちる――部屋から出れない理由とか、カゴメについて、訊きたいか?」




と、たずねてきた。わたしが気になることを教えてやる、といった雰囲気を醸し出している。




喉が、つまる。答えを、訊きたいのに。臆病な体は、拒む。




「訊きたいなら――」





龍雅さんは、続けてこう言った。




「抱かせろ」




――と。




さらに、息ができなくなる。




なんと言った……?




抱かせろ、だって?




そら耳、よね……?




「ほら、どうする?」





甘い声に甘い表情。





「――……っ」




どうする?




黙って、抱かれるべき、なのだろうか。




こういう風に条件付きで話を持ち出したということは、この先も同じ条件でしか教えてもらえない――ということなんだろう。




なら、今抱かれなくても、結果的に知りたいなら抱かれることになる、ということ。




それなら、別にいいんじゃないか。




そう考える自分と、そんなことの引き換えに純潔を奪われていいのか、と考える自分がいた。




別に高い理想とか、結婚相手にだけ捧げるとか、大層なことは思っていない。令嬢だった頃ならまだしも、いまはただの白枦みちるという人間でしかないのだから。




ただ、会ってすぐの人間にそういう行為をされる、という事実が嫌だ。




でも、訊いてみたい。




でも、知りたくない。




ああ、わたしはどうしたいの?




自分で自分の気持ちがわからない。




今だって龍雅さんは黙ってわたしの答えを待っている。




けれど、いつ気が変わるのかわからない。




もしかしたら、これを逃すと、一生教えてもらえないかも。




人生の――一瞬先の未来さえ、確かなものなんてない。




不安定で、不確か。




わたしの生活が瞬時に変わってしまったように、龍雅さんの態度や接し方だって、変わるかもしれない。





ずっとこのままなどありえないのだから。




なら――。




知れるときに聞いとかなければ、知れなくなる。




「本当に、…………その、龍雅さんに抱かれたら、教えて、もらえるんですか……」




わたしは、震える声しか出せなかった。

けれどそれを悟られないよう、精一杯我慢する。もしかしたらバレバレなのかもしれない。でも、できるだけ弱味を見せたくなかったのだ。




震えは何からくるんだろう。




不安?




恐怖?




いや、両方――だ。




震えて怯えるわたしとは反対に、堂々としている龍雅さん。




わたしを一瞥し、返事の変わりとでもいうように、妖艶に笑う。




狙った獲物を定めた獣のように、舌で唇をペロリと舐めた。舌なめずりする姿がひどく官能的で、それだけで頬が熱くなる。





今から始まる行為にそれなりの知識はある。知識だけならば。ただ実践がないだけ。




大丈夫、すぐ、終わるもの――。




そう納得させ、目を瞑る。




それは、情事を始めていいという合図。




暗い闇の中、空気が動いた。



近付いてくる、人の気配。




ああ、わたしは今から龍雅さんと――。





唇と唇が触れ合った。




初めてのキスだ。ファーストキスは色んな味がするって例えられるけど、何の味もしなかった。




ただ、初めて触れ合う感触にたじろいだ。



気持ち悪いとも思わなかったけれど、気持ちいいとも思えなくて。




困惑と殺伐とした感情が生まれた。






大きな掌が、わたしの腕を押さえ、組み敷く。




そんなに強く掴まれているわけではないが、見下ろしてくる瞳が物憂げで、何か妙な力があって、逃げられない。





重なった唇は次第に荒さを増して、舌が口内を征服するように、執拗に蹂躙する。





「んっ」




息が苦しい、と訴えても。




重なりは、深まるばかりで離れようとしない。





「りゅ、う……が、さんっ……」





息も絶え絶えに、名前を呼ぶ。




呼吸の合間に呼び掛けて、やっと動きを止め、体を起こした。





何だ、と問うように視線を寄越す。




「苦しい、です……」




慣れていない、と暴露するようなものだ。明らかに慣れていて、大人で、余裕のある龍雅さんに言うのは羞恥心を刺激する。それでも伝えなければ窒息死させられそうな勢いだった。




龍雅さんはわたしの言葉を聞くなり、目を瞬かせた。




その後、壮絶な色気が滲み出す微笑みを浮かべる。




弧を描く潤った唇が赤い。動く度に艶が増して、眺めているだけでドキドキする。





「キスぐらいで、ギブアップか?」




なんて、更にドキリとするような発言をする。





キスでギブアップ。





確かに、ここで白旗をあげてしまえば、龍雅さんは止めてくれそう。




だけど、何も得られない。




苦しみ損になる。そんなの嫌だし、息継ぎが出来なくてギブアップっていうのも、納得いかない。



キスでギブアップすれば次のステップなんか耐えられないだろう。



負けてられない……。



キスなんて気合いよ、気合い!




自らを奮い立たせ、龍雅さんを睨むように見つめる。




息ができなくてもついていくしかない、という心境だった。





「いい()だ」





龍雅さんはフッと笑い、再び顔を近付けてきた。





静かに重なり合った唇。




最初は軽く、優しく啄む。




可愛らしい効果音付き。




いわばウォーミングアップだろう。




何回かそれを繰り返した後、濃厚で官能的なキスが始まった。




「んん……ふぅ……」




絡み合う舌。混ざる唾液。互いの熱が、重なり合った場所から移動する。



執拗に絡まる舌が解放され、キスが終わるのかと思えば。終わらなかった。更に動き回る。




舌の裏側を舐めたり、歯列をなぞったり。ざらざらとした感触が触れる度に、ゾクリとする。変な感じだけれど、気持ちよかった。




「ん゛んっ!?」




身体から力を抜いて与えられる快感に身を任せていると、舌がいきなり絡まり、喉の奥に押し付けてられる。





思わずくぐもった声が出た。





何度か絡まり合って、キスから解放された。





流れてくる唾液をゴクンと飲み、息を整える。





鼻で息をしていたから、今回は早めに息が整う。




しかし安心している暇など与えられない。





龍雅さんの唇は首筋へ。





軽く吸われた。





「んっ」





声が上がる。





わたしは口に手を当てて、声を抑えようと試みる。




恥ずかしい、あんな声……あれは、わたし、なの……?




初めてだす自分自身の女の声に戸惑う。




「いい声だ。もっと聞かせろ」




そう言って、手をのかせる。




な、何を!?




わたしはすごく恥ずかしいんですけどっ!?




有無を言わせない龍雅さんは取った手をやんわりと握る。




振りほどけない程度の力で拘束された手。口を押さえたくても、できない。




「無理ですっ!こんな声、わたしじゃない……わたしじゃ、ないみたいで……怖いっ」





身体の自由を抑えられ、ままならぬ状況に不安を吐き出す。




「みちる」





龍雅さんが名を呼ぶ。




名前を呼ばれると、不思議と安心する自分がいる。今は安心している場合じゃないのに。




「そうやって出す声も、紛れもなくお前だ。俺に翻弄され、快感を感じて出す声……」



頬を片方の手で撫でられる。心地良さにうっとりしてしまう。




「お前らしくなくても、いいじゃないか。お前は情報の為に抱かれるんだから。今だけ――今だけ、夢のように、嫌なことも辛いことも忘れて、ただ俺に抱かれればいい。感じるまま、声を出せばいい」




そんな風に言われると、それでいいのかもしれない、なんて考えを導き出すわたし。




龍雅さん、嫌なことも辛いことも、忘れさせてくれますか……?




貴方が、忘れさせて、くれるんですか……。




縋るように見つめれば、頷く。




そして、動き出す。




衣類はあっという間にはぎ取られた。




露わになる身体につたう唇。




くすぐったい……!!




与えられる温もりと感触に翻弄されて、最初ははっきりとしていた意識も朦朧としている。




甘い雰囲気と曖昧な思考回路に、すべてを委ね、意識を失おうとした瞬間――。




扉を叩く音がした。





静かな――人間の息遣いだけが響く空間では、驚くほど大きく響いた。




わたしはびくりと身体を竦ませる。




龍雅さんはゆったりとした動作で、扉に目を向けた。



向こうもこちからの様子を窺っているのか、動きをみせない。




「誰だ」





苛立ちを隠さない、不機嫌そうな声で龍雅さんは問う。





「そんなにイライラしないでくれるかな、龍雅」




扉越しでも、彼の怒りは通じたらしい。




呆れの混じる声が答えた。もし姿が見えたなら、きっと、肩を竦めているにちがいない。声からして、扉の前にいるのは若い男性だろうと思った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ