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カゴメ  作者: アイリス
2/5




「カゴメ……?」






聞き慣れない単語に、首を傾げる。





「そのうち、教える。自己紹介がまだだったな?俺は黒鐘龍雅(くろがねりゅうが)





「黒鐘、さん?」





「龍雅でいい」




「龍、雅さん……」




知ったばかりの名前を呼ぶ。





「今は、それでいい」




納得がいかないという様子を隠さない鋭い、射抜くような瞳がわたしを捉える。




押さえつけられているような、圧迫感。




見つめられているだけだというのに、身体が動かなくなる。




「時間はたっぷりあるからな」




わけのわからないまま、龍雅さんは話を進めていく。




わたしは朧気な思考と、曖昧な気持ちで相槌を打つ。




一体、何故連れてこられたのか。




薬を使ってまで。




問いたい気持ちと、知るのが怖いという気持ち。怖い、と思ってしまうのは仕方ないと思う。




いつだって、真実の先には残酷な事実しかないから。




突きつけられるホントウが、優しいものではないと、経験してしまったから。




だから、何もわからず。




流されるまま、受け身のままでいたい、と考えてしまう。



そうすれば、これ以外傷つかずに済む。




これ以上、壊れずに済む。




だから、わたしは。




不可解で、不思議すぎるこの環境を受け入れる。




何も聞かず、何も言わずに。




すべてに蓋をする。




改めて電気の下、露わになったこの部屋。



「なに、この窓……!?」



わたしは、思わず窓に詰め寄った。否、窓の形をしたそれに。




「窓、だか?」




しれっと告げる龍雅さん。




いやいや、どう見ても普通の窓じゃないでしょ!?



というか、窓として機能しないでしょ!




ツッコミどころ満載の、(龍雅さん曰わく)窓。




それは、完全に窓なんかではない。



絵画、といえる。というか紛れもなく絵画だ。




本物のように精巧に描かれたそれは、ぱっと見た感じでは絵に見えない。しかし、近付いて見てみるとはっきりする。




なぜなら、開かないから。鍵を開けようと手を伸ばすものの、平面。掴む場所などない。触れれるのは絵の具が乾いた感触のみ。




唯一あった窓。




しかし、それすらフェイクという……。




となると、この部屋に窓というものは存在しないことになる。



てっきり夜かと思っていた。窓の絵は、夜だったから。



でも、掛けてある時計を確認すると時刻は朝。




嘘、そんなに寝てたの?




いや、でも、それなら龍雅さんがおはよう、と言ったのもわかるけど。




でも、解せない。




なぜ、窓がないのか。



その時は、わからなかった。



逃げ出す、なんて言葉が頭の中にはなかったから。




「どうして、絵、なんですか?」




わたしがそうたずねると、龍雅さんは顔をしかめる。




「普通に喋れ」





「……普通、ですけど?」




「敬語なんていらない。敬語なんて、隔てるだけだろう。さっきは普通に喋ってただろう」




龍雅さんは少し憮然としながら、言葉を紡ぐ。




「隔てるって、一体、何を?」



とりあえず言われるまま普通に話す。




「心の距離」




……恥ずかしく、ないんだろうか。




こんなにも気障な台詞をポンポンと並び立てるなんて、恥じらいがないのか。




はたまた言い慣れているからなのか。




どちらなのか、追及することもできない。




ただただ、自分の顔が火照り熱を持ち始めているのを自覚した。




それを面白そうに眺めている龍雅さん。




顔を背けても感じる視線に、わたしは無言を貫いた。




「そろそろ、食事にするか」




わたしを傍観していた龍雅さんは、ふと思い出したようで、唐突にそんなことを言った。




「部屋に持ってこさせるから、少し待て」




わたしは、彼の言葉に瞠目する。




「持ってこさせる……の……?」




「もちろん」




悠然と微笑む彼は、どうやら、わたしを部屋から出さないつもりのようだ。





いや、それだけではなく、外の空気だって吸わせないつもりなのかもしれない。




そう考えてしまうほど、徹底している。




窓の無い部屋に、運ばせる食事。




「わた、し……この部屋を出てみたい……外を、見てみたいの」




外はどうなっているのか。




気にならなくはないが、そこまで気にしているわけでもない。




けれど、妙案が浮かばす、口実として出たのは外を見てみたい、だった。




まぁ、許されるなんて、端っから思っていない。許されるくらいなら、窓を絵にする必要もない。




はじめから閉じ込める――監禁状態するつもりだからこその仕様だろう。



そして案の定。





「それは無理だ」




と、龍雅さんは言った。




「みちるは、俺の傍にだけいればいい。そうすれば安全だ。怖いことも、辛いこともない。今はまだ」





彼の言葉には、どんな意図があるのだろう?





安全とは。





怖いこと、辛いこととは。




謎は、深まるばかりだ。





「みちる、お前はこの部屋から出ることは、ない。そうする必要も、ない」




「……確かに、ご飯は問題ないかもしれないけど……お風呂とかは?」




「心配するな、風呂もトイレも備えてある。ほら、この向こうに」





龍雅さんは自らの体をずらし、見えなかった扉を露わにする。その先に以前と同じバスルームに通じる扉。中には同じように洗面台とトイレ、バスルームと続いているんだろう。ここまで似た作りになっているのだ。見なくとも想像できる。




あぁ、本当に、出さないつもりだ……。




わたしを、この部屋から。



今更ながら、あの手を取ってよかったのか、という疑問が脳裏に浮かぶ。




だが、今更だ。




わたしは手をとった。




紛れもない、わたしの意志で、手で。




少しの後悔と、固まった決意を胸に、朝食が始まった。




コックさん独特の白い服を身に纏った、初老のおじいさんが料理を運んできて、給仕をしてくれる。




なんと、コックさんはテーブルとイスも運んできた。お爺さんと呼ぶに相応しい年齢のコックさんにそんな力があるのかと、手伝うべきか悩んだ。



だがそれは杞憂だったようで、滞ることなく準備が進む。運び終えるとテーブルクロスを敷き、瑞々しい花が咲く花瓶を中央に置く。ナプキンやフォーク、ナイフを順に並べていった。



食事ができるようなテーブルがこの部屋にはなかったから、用意されたのはありがたい。




わたしだけが食事を食べるのかと思えば、龍雅さんも席につき、同じように口に運ぶ。




テーブルの上に並べられているのは、新鮮なサラダ、香ばしい匂いのするオニオンスープ、綺麗に焼かれたオムレツにカリカリにされた粗挽きソーセージ、サクッと焼き上げられたクロワッサン。



これも、部屋と同じ。



わたしがよく好み、食べていたメニュー。




わたしは、背筋が凍った。





部屋が再現されていたことにも驚いた。




更に、食事。




何から何まで把握している様は異様で、おかしい。




おかしいと、思うのに。



わたしは、喉から出そうな言葉を、少し冷たすぎる水と共に流し込む。






食事を終えると、龍雅さんは制服から着替えるように、と言った。




クローゼットを開けると中身は、前よりも増えている。見覚えのない服がだいぶある。誰が足したのか考えるまでもないだろう。増えている服はわたしの好みが反映されている為、感謝こそすれ怒る理由はない。



さて着替えろ、と言うけれどどのように着替えればいいのだろう?




普段着のようにラフでいいのか。




格式高いパーティーのように、ドレスアップするのか。



答えを求めて、龍雅さんを見つめた。




見つめ合うこと数秒。




彼はふっと妖艶に微笑んだ。




その瞬間溢れる色気は彼独特のもので、あてられたわたしは頬を赤く染める。




そして。




「着替え、手伝ってほしいのか?」




なんて言うから。





火照りは更に悪化。




絶句するわたしを、クスクスと笑い声をたてながら観察してくる。




結局は、からかわれただけ。




「冗談はほどほどにして……ください......」




やっぱり、敬語をやめるのは難しい。




信用できない相手なら、気を抜かないためにも尚更。




「冗談じゃないぞ?それに、いい感じに敬語が抜けようとしていたじゃないか」




「着替えを手伝うなんて、冗談でとどめておいてくださいっ」




近付いてくる手を阻止して、後ずさる。




「俺自らがやってやろうと言っているのだから、甘えればいいものを」




龍雅さんは何故わたしが拒むのかわからない、といった様子でたずねてくる。




「そんなこと、やってもらおうとは思いませんっ」



事実、やってほしいとは微塵も感じないためすぐに拒否する。



「何故、拒む?白枦ともなれば、毎日着せ替え人形だろうが」




確かに、わたしは着替えを手伝ってもらう立場にいた。否定はしない。




でも、それはパーティーに行くとか特別な目的がある場合だけだ。パーティードレスは一人で着れない場合もある。後は髪を整えてもらったり、お化粧をしてもらったりがほとんどである。それも全員が女性。同性ならまだしも、異性に手伝ってもらったことなど無い。




それに普段からそういう待遇、という訳じゃない。むしろ普段はできることは自分でする、といった教育をされた。できることをしないのは、特権を享受しているのではなく只の怠慢だと。



「とにかく、手伝いは不要です。ある程度のことは自分でできますから、どんな服に着替えればいいのかだけ、教えてください」




改めて手伝いは不要であると断る。そしてどんな服装にすればいいのかをたずねた。



「あくまで、拒むか」




その声音には、どんな想いが混じっているのか。




思わず聞き入ってしまいそうになるほど、憂いに満ち、色香を孕む。




彼の声は、とても危険だ。




抗えない、何かがある。




「まあ、いい。パーティー仕様に着替えろ」



と言い、椅子に腰掛けた。深く腰を据え動く様子が見れない。



「……あの……?」




いつまで、そこに?




いたら、着替えられない。




普通、異性が着替えるともなれば部屋を出て行くなり、後ろを向くなり。とりあえず、見ないようにするはず。




そんなことは、常識だと思う。



けれど、そんな常識は彼に存在しないのか。



それとも、眺めるつもりなのか。



わたしから視線を逸らすことはない。




むしろ、見返す。




「……」




これで、この状況で。



服を脱げと。



そう、言いたいのか?



出て行ってほしいという願いを込めて見つめ返すも、効果はうかがえない。




「……」



「……」



互いに無言。




重い、空気が流れる。




どれほどの時間そうしていただろうか。時間にしてみればそんな長くないのかもしれないが、空気の重さが時間を忘れさせるくらいだった。それを破ったのは、扉が開閉する音だった。



バンッ!と扉を壊さんばかりの音を響かせ、中に入って来たのは女の子。



わたしと同い年か年下か、あまり年が変わらないように見受けられる。



可憐な少女だった。透き通るような白い肌。それとは対照的な、黒い双眸と髪。赤く濡れたような唇。何より、パーティー仕様で完成されている姿は目を引く。



ドレスは可憐さを象徴するような、ベビーピンク。ふんわりシフォン生地が、幾重にもかさなっている。




傷みの見られない髪は腰まであり、流している。複雑に結われるわけでなくただあるがままに。だか飾り気の無いそれがより一層、彼女を神秘的に演出する。



が。




「まだ着替えていないのね。カゴメは鈍くさいのかしら?」



わたしと目があうなり、辛辣な言葉を吐いた。




「時間がないんですから、さっさとしてくださる?」




鋭い眼光でギロリと睨みつけてくる。



そして、尚も呆然としているわたしに苛立っている。忌々しいそうに舌打ちを繰り出す。



本気で怖いんですけど、この子!



可愛いのに、何なの!?




「お兄さまも眺めていないで、促したらどうなの」




幾分、やんわりとした声が催促する。




「別に、制服のままでもよくないか?着替えるのも嫌なようだし」




「制服?そんなの、言語道断です。ありえませんから。たとえ由緒正しき学園であろうとも、黒鐘一族の前に出るならそれなりの格好でなければ、示しがつきませんから」




お兄さま――ということは妹?



美形兄妹。確かに顔立ちや雰囲気も似ている。



「カゴメ、早く着替えなさい!」




カツンと、高いヒールを鳴らし、近寄って来る。



「金で買われた貴女が口答えや、指示に背くことは許されないわ」




え……――?




金で、買われた、って?




どういう、ことなの。




目を瞠ったわたしを見て、彼女はきょとんと、あどけない幼さの残る表情を見せた。




「あら、何も知らないの?何も、教えられていないのね!?」





驚き、次いで可笑しそうに、クスクスクスクスと笑う。




「こんなにも愉しいカゴメは初めてじゃない、お兄さま!」




龍雅さんに向き直り、同意を求めるように目を細める。




興奮しているのか、心なしか頬が色づいていた。




「ああ、いいわ。こんなにも愚かで可哀相なカゴメは」




彼女は言葉を切り、妖艶に笑み。



「潰し甲斐があるもの」



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