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8.公民館、暁

 はあ。

 あの夜から、どうも彩星のことを意識しすぎるようになってしまった。

 いや、嫌いじゃないのは確かだし、一緒にいたいって申し出たのは俺からなんだから自分が照れてどうするんだって感じだけど。

 車道に出かけたところで、赤信号になっているのに気付いて足を止めた。まあ、かなり引き離してはいるから、少し休憩するくらいなら大丈夫だろうけれど。その俺の目前を、軽いエンジン音を響かせながらスクーターが通り過ぎて行った。新聞配達か、この辺はこのくらいの時間にやっているらしい。最近は物騒な事件も多いし、周囲を警戒するのも大変だろう。ご苦労様なことだ。

「……っととと、あぶねーあぶねー」

 信号が変わった。背後を確認して、『お相手』がまだやってきていないのにちょっと拍子抜けした。まあすぐ追いかけてくるだろうからと横断歩道を渡り、そのまま右に折れる。ポケットからケータイを取り出してコール……相手は、もちろん彩星だ。自宅と学校以外には、あいつの携帯番号しか登録してないしな。もう少し増えたら楽しいかなと思っているけれど、今のところこのくらいしか必要はないから問題なし。

『はいはーい』

 コール一つで、すぐ彩星が出た。向こうも俺の連絡を待っていてくれてるから、これは当然のことだろう。少し嬉しくなって、俺は口を開いた。

「彩星、俺」

『晶、今どの辺?』

「公民館の手前の交差点、今曲がった」

『うん、了解。待ってる』

「おう」

 いつもの通りの、短い通話。ケータイの電源を切ってポケットに放り込みながら、ちらりと背後を伺ってみる。

 おお、いたいた。本日の『お相手』は珍しく実体持ちで、黒い毛並みでにゃーにゃー鳴きながらこっちに向かって走ってきている。尻尾が全体の半分ほどから二股になっているあたり、ネコマタになりかけってところかな。なりきってないから、ろくな能力はないみたいなんだけど。

 まあ、彩星のことをあんまり意識しすぎるのも、今更なんだよな。あれから二人の関係がどう変わったか、っていうとまるで変わっていないわけだし。

 何しろ俺は今、朝も早くからいつものように囮役として、化け猫だか猫又候補生だかに追いかけられている最中なんだから。


 少しだけ走ると、つい最近建て替えられたという公民館が見えてきた。その入口にぱたぱたと手を振っている彩星の姿がある。今日も制服姿が眩しいというか、どうも私服に洋服を持ってないらしいんだよな。休みの日に外出するときも、いつも制服姿だし。いやまあ、夏になると浴衣着たり冬はちゃんと晴れ着着たりでそれはそれでいいんだけど。個人的には結構眼福だと思う。っていやそうじゃないだろう、鷹乃晶。

 ともかく、彼女の目の前まで駆け寄る。はあ、と大きく息をついてある程度呼吸を整え、それから気合いを入れるように姿勢を正して彩星を見た。俺を見上げてくる彼女のこの笑顔、俺は嫌いじゃない。

「お疲れー。追いかけて来てる?」

「おう。律儀に道なりにな」

「ありゃ」

 質問に素直に答えると、さすがに彩星も少し驚いたようだった。そりゃそうだ、何しろ相手は猫。屋根伝ったり塀の上走ってきたりするもんじゃないんだろうか? それとも、普通の猫だった頃から運動音痴だったとか。うむ、可能性はある。

 そこまで考えたところで、ちゃらりという金属音に気がついた。音の出所を探ってみるまでもなく、彩星の手に視線が行く。そこにあったのは、まとめて大型のキーホルダーにくっついているいくつかの鍵。キーホルダーというか名札には、しっかりはっきり『公民館』と記されている。その下には、少し小さな字で自治会の文字。自治会長さんが預かっている、公民館の鍵に相違あるまい。

「……なあ、彩星」

「何?」

「何で公民館の鍵持ってんだ?」

「んー、ちゃんと自治会に使用許可取ったから。今日一日使いますって」

 素朴な疑問をぶつけてみる。と、彩星はVサインを出してみせながら分かりやすく返答してくれた。いやまあ、確かに使うのは間違いないが、丸一日借り切りっていうのはどうかと思うぞ。

「一日って、夕方までかよ」

「念のためね。あと、物理的な鍵は私の能力じゃ開けられないし、扉使うんなら鍵借りないと駄目だったのよねえ」

「はあ、なるほど……何か妙に現実的だなあ」

 説明されて納得した。そう言えば彩星の扉を開ける能力、魔力だの妖力だので掛かってる鍵は外せるけど、普通の鍵は開けられないんだよなあ。そりゃ、ちゃんと鍵借りなきゃだめか。相変わらず、便利なんだか不便なんだかさっぱり分からない。

 にゃあお。

 猫の声が、俺の耳に届いた。どこか間抜けな、でも長生きしてそれ相応の力を身につけている猫の声は、夜明け前の街中に低く響いてくる。しかし、黒い身体なのにこちらからもよく見えるもんだ。お約束なカラーリングの赤い目が、まだ暗い中でも目立つからだろうな。

「おう、来た来た」

「ほんとだ」

 猫を指差してみせると、彩星も自分の目で確認を取った。「かーわいい♪」なんて言ってるあたり、一応女の子なんだなあと変なところで再認識させられてしまう。いや、制服なんだからいつもスカートはいてるんだけどな、そこで彼女が女の子だっていうのを認識することはないみたいだ。何でだろう。

「それじゃ晶、危ないから公民館の中入っててくれる?」

 意識が少しだけ逸れていたのを、彩星の台詞が引き戻す。そう、ここからは彩星の出番。俺はこの後は、問題が終わるまで待っていればいい。それがいつもの、俺たちのやり方だから。

「ん、了解」

 ぽむと彩星の頭を撫でてやると、まるで猫みたいに気持ちよさそうな顔をした。この表情に少し嬉しくなって頷いて、それから俺は鍵の開いている扉を開け、中に入った。

 扉をきちんと閉め、玄関の上がり框に腰を下ろす。ここは彩星が開ける扉の裏側に当たるから、ちとぼんやりしていても問題はないはずだ。しかし、扉の反対側から見ると『あの時』はどうなっているんだろうなあ。それが見られそうで、少しわくわくしている。少しずつ、知らないことを知っていくっていうのは結構楽しいもんだ。

「それじゃ、行くよ。接続……開門、ご案内!」

 ほんの少し間があって、建物の外からいつもの彩星の、凛とした声が響いた。

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