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1.公園、逢魔が時

 夕方のことを、昔の人は『逢魔が時』と言ったそうだ。

 それを初めて知ったとき、私は大変に感心したものだった。それは、自分自身の経験とまさに重なり合う名前だったから。

 日が沈む前後のほんのひととき、薄暗くかげった世界のそこかしこからわき出してくる何かと出会うとき。

「人間にとっても、世界にとってもぴったりでしょ。昔の人って、ネーミングセンスすごいね……夕方だけってのがあれだけど」

 その言葉を口にして、私はじっと話を聞いてくれていた少年を見ながらえへっと肩をすくめてみせた。

 自分には似合わない仕草だなあ、と思いつつ。


 夏の太陽は西に傾いて、赤っぽい光を放っている。あと一時間もすれば地平線の下に沈んでいく、その最後の光だ。炎みたい、って思ってしまうくらい綺麗な夕焼けだから、きっと明日も良い天気だろう。

 子供の姿が見えない公園では、遊び相手のいないブランコが寂しそうにきい、きいときしんでいた。同じようにきしむ音は、公園の外れにある小さな物置の扉からも聞こえている。自治会が子供の安全を守るためにと、公園を掃除するための道具をしまってあるものだ。月一ペースでPTAが掃除だの草引きだのをしているおかげでこの公園はあまり雑草も生えていないし、犬や猫のトイレになっているということもない。今年の初めにペットが行方不明になるという事件が何件か起きているせいもあって、そもそも夕方に散歩をしに来る人すら滅多にいない。主婦や年金生活の人が、示し合わせたように昼間に散歩させていることが多くなった。その方が、私としても好都合なのだけど。

 私は、ブランコのそばにある滑り台の頂上に立っていた。横に落ちないように立てられている柵に寄りかかり、待ち人を探して何度も周囲を見回している。ここに立っているのがおかしくないくらい、しょっちゅう小学生に間違われるような小柄な体格。学校の創立記念日に繁華街を歩いていて補導された経験だってある。あの時は持っていた……校則で常時携帯が義務になっている生徒手帳のおかげで何とかなったけど。

 まあ、そういう訳だからというか学校帰りだからというか、今私が着用しているのは襟元に丸いブローチを着けた白のシャツ、マドラスチェックのボックススカート……この街にある公立高校の制服である。制服とはいうものの、私にとってそれは普段着と同意語だ。脇に挟んで持っているカバンも、少し潰してはあるけれど学校指定のもの。下ろすと腰くらいまである長い黒髪をポニーテールにまとめ、ばらけないようにその先端をもう一つ小さなリボンでまとめているのが我ながらチャームポイント、といったところだ。あまり髪が長いのと自分自身の背が低いせいで、あまり人目につかないのは失敗なんだけど。他人から見たら膝くらいの位置なので、よほどのことがないと視界には入らないのだから。

 不意に、胸元が軽く震えた。これが来るのを待っていた合図、制服の胸ポケットにしまってある携帯電話への着信だ。いつもマナーモードにしてあるそれを開いて相手を確認、受信ボタンを押してから自分の耳に押し当てた。小さな液晶に表示された相手の名前……一番通話回数の多い相手の名前を、私は口にする。

「はいはーい、(しょう)?」

『おう』

「今どこ?」

『もう公園見えてる。すぐ入る』

「おっけー。すぐ行く」

 用件のみの短い通話は、ケータイの振動開始から一分と経たずに終了した。ぱたりと音を立てて閉じたケータイをポケットに戻し、私は即座に駆け下りる。滑り台で、子供たちが滑り降りる方から降りていったのはマナーが悪いかな、とほんの僅か罪悪感が心をよぎる。ここで遊ぶ子のお尻が汚れたら、悪いのは私だ。まあいい、反省なら後でもできる。今は、今しかできない急ぎの用事が目の前に迫っているのだから。

 駆け下りた勢いのまま走っていく私の視界に、こちらに向かって走ってくる標準的体格の少年の姿が入った。私と同じ高校の制服……こちらは白のシャツにマドラスチェックのスラックスを身につけている。私の唯一と言っていい友人で、さっきかかってきた電話の相手である晶だ。片手にビニール袋、もう片手に黒の携帯電話を握りしめ、有名スポーツブランドのスポーツバッグをバックパックのように背負っている。

 アクセサリーというかマスコット代わりにぶら下がっている南京錠が、かちゃかちゃと安っぽい金属音を立てているのが僅かながら聞こえてきた。あれは、中学校に入った前後に私が彼にプレゼントしたもの。といってもいわゆるカプセルトイの類だから、ものすごく安いものなんだけど。晶はそれを、高校に入学した今でもずっと着けてくれている。ありがたいことだ。

彩星(あやせ)!」

 晶が私の名前を呼んだ。口調には焦りの色が混じっていて、第三者から見ると私が落ち着きすぎているように見えるのではないだろうか。

 いや、実際落ち着きすぎなのだろう。私はこういう事態には慣れているから、慌てることなどない。内心では焦ることもあるのだけれど、それを表に出して他人に悟られることは避けなくてはならない。そういう立場に、私はいる。

 そもそも、晶が焦るのは当たり前だ。そんな役割を、私は彼にやらせているのだから。自分はただ、最後の決着をつけるためにいるだけ。

「あ、やっと来たー。こっちこっち」

 目的の場所の前で足を止めてから、ひらひらと手を振って晶を呼んだ。私が立っているのは、掃除道具がしまってある小屋の扉の前だ。鍵は、何でも普段から掛かっていないらしい……この辺は田舎だというせいもあってか、都会に比べたら防犯意識ってのが薄い。最近は凶悪事件の増加などもあり、住宅や公民館などはきちんと施錠しているようだ。けれど、こういった物置小屋などは相変わらず開けっ放し。そのうち、誰かが中身を荒らしたり放火したりするような事件が起こったとしたら、その後になってやっと鍵をつけてもらえるのだろう。さて、それはいつのことになるのか。今はペット行方不明事件のこともあって、いわゆる不良などは息を潜めているらしいから。

 そんなことを私がぼうっと考えているうちに、晶が到着した。膝に手をついてはあと息を大きくついてから背筋を伸ばし、私を見つめてくる。

「ほら、頼まれもの」

 彼が差し出してきた中身の入ったビニール袋を、私は自分のカバンと交換に受け取った。自分より頭一つ半は大きい彼を見上げながら、ありがとうと口の中だけで礼を言った。初めて会った頃はほとんど身長差がなかった私と晶だけど、男の子は大きくなるものだなと改めて感心する。

「連れてきたぞ、あと頼む」

「うん、任せて」

 晶に頷いて答え、彼から手渡された袋の中身をチェックする。ちゃんと、その中には私が晶に指示したものが入っている。準備はOK、後は相手の登場を待つばかりだ。

 ほんの少し……体感時間で一分ほど待っただけで、その『相手』の気配が感じられた。さっき晶が走ってきた、その方角からだ。当たり前だ、相手は彼の手にあったものの匂いにつられて晶をここまで追いかけてきたのだもの。これも、私が晶に頼んだことだから。

 私は、晶に囮となって、『相手』をおびき寄せてここまで連れてくるように頼んだ。彼の身に降りかかるかもしれない危険を承知の上で。その代わり、ここまで無事ならば後は私が守りきる。そう、私は決めている。

「来たよ、隠れて」

「分かった。頼む」

 ちらりと晶に視線で合図して、小屋の後ろに隠れてもらった。ここからは専門家である私の出番なのだから、晶の安全も含めて全てを任されるつもり。自分で決めたことは、きちんと守らなくてはならない。

 ゆっくりと深呼吸をして、物置のドアノブをしっかりと握りしめる。目を閉じて精神を集中し、『扉の向こう』とこちらをつなげる言葉を紡いだ。小さくてあんまり頭も良くない、運動神経も大してない私にできる、唯一の特別なこと。

「接続」

 ほんの一瞬だけドアノブが光る。ただの小屋の扉が私の言葉により、本来とは少し違う別の、しかしきちんとした役割を得て薄ぼんやりと光り始めた。これで、私の勝利は確実だ。いや、勝利っていうのだろうか。そもそも、勝負を決めるのは私自身ではないのだ。私は、お膳立てをしてもらった上でスペシャリストにその解決を委ねるという役割を持っているだけの、ただの小娘。

 その時、気配を感じて私は振り向いた。目の前に、『相手』がその姿を現している。晶を追ってきた……晶が囮になっておびき寄せてくれた、今回のお相手だ。

 夕方のオレンジ色の光にうっすらと浮かび上がる、霧のような何か。じっと見なければ幻覚とも思えるそれは、獣のような輪郭を取っていた。とがった耳と鼻筋、長いふさふさの尾、すらりと伸びた胴体。イラストなどでよく描かれる、狐の姿だ。こうやって見てみると、狐って綺麗な姿をしている。だから昔から、人を惑わす妖女だなどと言われてきたりしたのだろうか。

 その狐らしい何かが、くわっと口を開いた。それと同時に。


 ──キィイイン!


「っ!」

 突然、耳の中に鋭い音が走った。人間の可聴域を超えているであろうその音は、衝撃となって私を襲う。一瞬顔をしかめたけれど、このくらいなら耳を押さえて少し耐えれば何とかなる。

 せいぜい数秒、それだけの時間で衝撃音は終了した。耳の奥に少しだけ違和感が残るけれど、こちらの行動に問題はない。我に勝算あり──反撃開始だ。

「開門!」

 自分を奮い立たせるように、我ながらよく通る声を張り上げた。私の声にびくりとたじろいだ狐の目の前で、私はがちゃりと扉を開けた。開かれた中から、物置の中に籠もっていたとは思えないさわやかな空気が吹き出してくる。私の横を通り過ぎるその風を正面から受けて、狐はきょとんと目を見張ったように私には見えた。

「眷属おひとりさま、ご案内!」

 掃除道具をしまっているはずの、小さな物置。

 その扉の中からぬうと顔を出したのは、人よりも一回りは大きい、白い狐だった。そのままふわりと宙に浮き、半透明の狐を穏やかに見据える。

 こちらは彼……だか彼女だかは知らないけれど、それはともかく……の出現に怯えている半透明くんとは違い、遠目に見てもはっきり狐だと分かる。サイズがちょっと大きすぎるのはご愛敬。狐って細身だから、このくらい大きくても扉の枠を歪めずに通ることができるみたい。

 ああ、そうだ。いきなりお呼び出ししちゃったから、お願いする用件とそのお礼を渡さなくっちゃ。そのために、晶に買ってきてもらったんだし。

「あの子、お知り合いでしょ? 連れて帰ってくれないかな。はい、お礼の油揚げ」

 慌ててビニール袋の中身を取り出す。包んでいたビニールを破り、その内容である厚揚げを白い狐に差し出した。狐と言えば油揚げ、っていうベタな話なんだけどね。

 狐はしばらくそれを見下ろしていたけれど、納得してくれたらしくこくんと頷いて油揚げにぱくりと食いついた。ちょっと偉いさんに出てきてもらったので、ネットなどで有名なブランドの商品を頼んだのは間違いじゃなかったみたい。脂っこくないのかなあと思いながら見ていると、白い狐さんはもきゅもきゅ、ごくんとあっさり片付けてしまった。それから、すっかり縮こまっている霧のような『お知り合い』の首筋をそうっとくわえる。

「うん、ありがとう。お家の人も後で謝りに行かせるから、それでいいかな? お社は合ってるんだよね?」

 ほっとしてそう尋ねたら、狐は小さく頷いてくれた。そして、ふわりと身を翻す。

「ありがとね。お疲れ様」

 軽く手を振る私には目もくれず、同族をくわえたまま扉の中に入っていく白狐。長い尻尾の先までが扉を通りすぎたことを確認して、私は扉をぱたんと閉じた。「閉門」と口の中で呟いて、『扉の向こう側』との接続を切断しておくことは忘れない。何事にも後始末は大事なんである。ともかく、これで終了だ。

 小屋の裏側に顔を出すと、そこには晶が壁にもたれて立っていた。何の異常もないことを確認してから、私は声をかけた。

「終わったよー。お疲れさん」

「おー、お前さんこそお疲れー」

 ぽりぽりと髪を掻きながら出てくる晶。背負ったスポーツバッグはそのままに、軽く肩をすくめてみせる。少々不満げな顔をしているのはいつものことで、それは晶が私と同じような特別を持っていないから仕方のないことだ。だから、もう高校生なんだから頬を膨らませるのはやめなさいって。

「ったく、何で俺が油揚げなんぞの買い出しに行かにゃならんのだ? まあ、安かったからいいけどよ」

「狐には油揚げ、基本じゃん。それにさあ、囮役買って出てくれたの、晶の方だよー」

 ふて腐れる晶に明るく笑ってみせる。胸に軽く押しつけて返してくれたカバンをぎゅっと抱きしめてから、晶の手に小さい紙切れがあるのに気がついた。多分、油揚げのレシートだ。私のお使いで行ってくれたんだから、お金返さなくちゃいけないね。

「お代もちゃんと返すからー。それに、偉いさんにお出ましいただくんだから、それなりに貢ぎ物しなくちゃね」

 油揚げを包んでいたビニールを手早くたたみ、これを捨てるべくゴミ箱を探す。もっとも最近はあんまり公共の場所にゴミ箱はなくって、「しょうがないかあ」と呟きながら自分のカバンに押し込んだ。家に帰ってから捨てよう。ええと、確かちゃんと洗ってからビニールゴミだっけ。最近は分別収集だから手間が掛かるなあ。

「そんなに偉いさんなのか? 今の狐」

 あきれ顔になっている晶の手からレシートを回収して、私は頷いてみせる。小さな紙に印字されている数字を眺めて、ちょっとびっくりした。油揚げって、高級なものでもそんなに高くないんだね。

「……あの白い狐さんね、昔は悪い妖怪ってぶいぶい言わせてたらしいよ。それを偉いお坊さんがなだめて、改心させて、今は良い狐のボスクラスで頑張ってるんだって。ちゃんとしたお社に祀られてる」

 呼び出すときに、相手の素性はある程度把握してるからそれを晶に教える。そうしたら晶は「へー」とひとしきり感心したみたいだ。何でもこの手の狐さんっていうのは上下関係がきっちりしているらしいのだ。それで、自分をきちんとお祀りしてくれなかったお家に腹を立てて悪さをしていた、あの半透明の狐さんを大人しくさせるために上役である白い狐さんにお出まし願った、というわけ。今頃たっぷり絞られてるんだろうなあ、自業自得だけど。

「つーかぶいぶいって、古い言い方すんな。お前も」

 私の台詞に軽くツッコミを入れて、晶が小屋を振り返った。ドアノブを軽くひねると扉は簡単に開いたけれど。中にあるのはほうきや火ばさみやゴミ袋などなど、ごく当たり前の掃除道具。今し方入っていったはずの狐の姿は、既にどこにもない。当たり前だ、閉めたんだから。

「見てもしょうがないよー。一度閉門しちゃったら、そこでおしまいだもん」

 晶の背後から声を掛けると、「ふーん」と首を捻りながら彼は扉を閉めた。それから私を振り返る。うん、その顔は私に質問がある顔だね。答えられることなら答えるけれど、多分今回の質問には答えられないと思う。

「いつも思うんだけど、あれどこにつながってるんだ?」

「さあ、どこだろうね。私もあんまり深く考えないから、わかんない」

 ほら、やっぱり。

 実のところ、私だって知りたくてたまらないのだ。

 私がつなげた『扉の向こう』が、一体どういうところなのか。

 とりあえず一つじゃなくいっぱいある、ってことくらいは分かるけれど。


 扉というものは、出入り口に設けられるものである。開けば空間をつなぎ、閉じれば空間を遮断する。一枚の板を隔てたあちら側とこちら側の行き来を、必要に応じて調整するためのものだ。

 そのあちら側とこちら側が、別の世界であったなら。

 その扉は、二つの世界をつなぐモノとなるだろう。

 この私、金舘(かなだて)彩星及び私の一族は、そういった能力を持っている。

 どこにでもある扉を一時的に『二つの世界をつなぐ』ものとし、別の世界から客人を招き入れ、欲求を満たす。

 現在、その能力を主に使っているのはこの私。ひょんなことから巻き込んでしまった友人と共に、今日も自分の能力を使って欲求……というよりはご町内における困ったことの解決に走り回っていたのである。私自身、あんまり満たしたい欲求なんてないし。

 そう。

 『巻き込んで』しまった。

 晶──鷹乃(たかの)晶は、初対面のその日に私の巻き添えを食わされてしまった、大変に不幸な同級生。

 そうしてそれ以降、何故かたびたび私のお手伝いを買って出てくれている、お人好しな友人なのである。

 お手伝いとはいっても今回のように「呼び出した相手へのお礼の品物を買ってくる」とか「目標をおびき出す囮になる」などといった、本当にちょっとしたことなのだが。そもそも晶は特別な能力を持っていないんだから、できることなんてたかがしれている。まあ私だって、できることは『扉を開ける』だけなんだけど。


 元々、私には友人がいない。うちの一族は昔からあまり周囲に好かれていないからなので、これは仕方ない。このご町内では、金舘の一族と仲良くしたら余計な災いが降りかかってきますよ、なんて子供に教えてる人も多いらしい。そりゃあ、わけの分からない能力を持ってる友人がいたら、余計なごたごたに巻き込んでしまう可能性があるからねえ。そんなことを、私は晶に語ったことがある。晶のことも、本来なら自分とは関わらないようにと気をつけていたつもりだった。

 それなのにコンビを組んでいるのは成り行き上のことであり……実のところ、私にとってははなはだ不本意な結果なのだ。

「んー、ねえ」

 だから、今日こそ私は、彼にこの台詞を言おうと心に決めていた。

「何だ?」

「前にも言ったっしょ。私にはあまり近づかない方が身のためだって」

「ああ、言ったっけなあ。それがどうした?」

 晶はのんきに答える。いつもこんな態度で私に接してくれる彼を、私はじっと見上げた。ちゃんと言わなくちゃダメだよ、金舘彩星。

「ん、だからさ」

 よし、言おう。そう思ってまずポケットから財布を取り出す。さっき晶からぶんどったレシートと見比べながら硬貨を取り出し、彼の手のひらにぐっと握らせた。三百円、安い手切れ金だと思う。そして私は、決めたときから心の中で何度も練習した言葉を、はっきりと声にして言った。ちゃんと、晶の顔をまっすぐに見つめて。

「もうやめよう。あんたと私はこれっきり。油揚げの代金もちゃんと払ったから、これでおしまい」

 ぽかーんとした晶を置き去りに、私はカバンをしっかり抱えて後ろを向いた。そのまま、振り返らずに駆け出していく。振り返ったらそこで足を止めちゃいそうだから。

「あ、おい、彩星!」

 私を呼ぶ晶の声が聞こえたけれど、聞かなかったことにする。足を止めないまま、私はポケットの中から小さな箱を取り出した。扉と同じタイプの、小さなノブを回して開けるふたのある箱。

「接続。開門、ご案内」

 一言呟きながらふたを開ける。開かれた扉の中からぴょん、と小さいものが二つ飛び出した。一つはそのまま私の後方へと消え去っていき、もう一つは私の足元に飛び降りてそのまま併走する。とっても小さくて、意識してないとすぐに見失っちゃいそうになる『彼』と一緒に走りながら、私はぽつんと呟いた。

「これで良し。……一週間くらいは監視つけなくちゃね」

 晶はお人好しすぎるから、私が離れたとしても何かトラブルに巻き込まれるかもしれない。このくらいのお節介、焼いてもいいよね。そうでなければ、今まで孤立させてしまっていた晶に申し訳が立たない。

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