5話 闘い
ベルゼブル様の怒気に触れて私とモニカとキリカは動けずにいた。
今回のこと、モニカに勿論悪気はなかった。寧ろベルゼブル様に死んで欲しく無いから、ゆっくりと魔物の難易度が上がるような順番で進んでいたのだ。
しかし、それがベルゼブル様には気に食わなかったらしい。私達は初めてベルゼブル様の怒気に触れたが、それは私達に死を覚悟させるには十分なものだった。幸い、私達は今生きている。だが、ベルゼブル様は私達を置いて先に行ってしまった。
「私、ベルゼブル様に嫌われてしまいましたわ。」
絶望に沈んだ声を発するモニカ。
「モニカも悪気があった訳じゃないんだし、ベルゼブル様もきっと分かって下さるよ。」
モニカを励ますのはキリカ。
「私、ベルゼブル様に嫌われてしまったらもう生きていけません。」
終いにはモニカは泣き崩れてしまった。
だが、今はこんなことをしている場合ではない。
「モニカ、ベルゼブル様の向かった先にいるのは何?」
ビクっと震えて顔を上げたモニカは絶望に沈んだ目でこういった。
「神猿獣エンコウですわ。」
「「!!」」
《神猿獣エンコウ》とは過去に一人の王子を殺した最強の猿。生まれたての王子であるベルゼブル様が勝てる相手では決してない。
「早く追うわよ!!」
こうしてはいられない。早くベルゼブル様に追いつきお止めしなくては。
「でも私にはそんな権利はありませんわ。」
モニカが泣きながら頭を横にふる。
「死んでもベルゼブル様を守るんでしょ、なら立ちなさいモニカ!!」
「………そうですわよね。私達のベルゼブル様をこんなところで死なす訳にはいきませんもの。」
「なら、急がないと。ベルゼブル様に追いつけないよ。」
顔を上げ、活力を取り戻したモニカ。
「ベルゼブル様の行く先は分かるわ。行きましょう!!」
私達は全速力でベルゼブル様の後を追った。
◆◇◆◇◆
「これは美味そうだ。」
リアスを別とすれば初めて予が喰らう価値ある獲物に出会えた。
予の目の前にいるのは猿。背のたけは二メートルほどであり、極めて巨大とは言えない。腕は四つあり尾は六つある。
見た目からはさほど強そうにも思えないが、予には分かる。この猿の真の強さが。
ただ、猿の周りにいる取り巻きの七匹の巨猿が邪魔だな。強くは無いが弱くもない。喰らう価値はあるが、喜んで喰らう程でもない。あの猿を目の前にすればどうしたって他の巨猿は霞んでしまう。
「それも含めてあの猿の強さだと思えば良いか。」
要はあの猿単体ではなく、この猿の群を予の獲物と定めればよい。
「参る。」
本気の速度で猿に接近。そのまま蹴りを放つ。
「ガーー!!!!」
しかし、予の蹴りは猿の二本の腕でもって難なく受け止められた。
すかさず距離をおく。
「気に入った。ますます喰らいたくなったぞ。」
もう一度接近し、フェイントを織り交ぜてから背後に周り、後頭部を殴りつける。
「ガー!!」
予の拳が猿にあたる寸前、猿の尾が予を凪払った。更に空中に放り出された予を別の尾が地に叩きつける。
「予に負けぬ素晴らしき速さだ。誉めてつかわす。」
あれだけの攻撃を受けても予の体には傷一つない。
「キーー!!!」
地に叩きつけられた予に巨猿共が襲いかかる。
「邪魔だ。」
一番近い巨猿に尻尾で一撃をくらわす。さすがに一撃で死ぬようなことはないが、巨猿は二匹の仲間を巻き添えにしながら吹っ飛んだ。
そんな予に怯えたのか、巨猿共は予と距離をとり予の出方を伺っている。
「ガーー!!!」
猿が巨猿を分けて予に近づいてくる。
そして次の瞬間には猿の拳は予の目の前にあった。
「面白い!!」
予は咄嗟にその拳の側面に予の拳を叩きつけ、軌道をずらすことによりその攻撃を避ける。
更に予に放たれる拳。それらを予の拳、時には尻尾で逸らし、受け流す。猿の四つの腕から繰り出される攻撃は予の反撃を許さない。時折、混ざる尾の攻撃は避けられず、まともに受けるが、それくらいの攻撃でダメージが通るような柔な体はしていないので関係ない。
「愉快だ!!」
予と対等に渡りあえる者との戦闘。楽しくて仕方がない。
予と猿の殴り合いは長い間続いた。猿の拳の数が多い為、必然的に猿の拳が予に当たることも多かったが、予の体の硬さ故にそれが敗因とはならず、逆に稀に当たる予の攻撃が猿に着実なダメージを与えていた。
「楽しき宴だった。」
口から血を吐く。流石にこれだけ攻撃を受けると無傷という訳にはいかない。だが、相対的に見れば猿の方が予よりもダメージは深刻だ。
更に予と猿の殴り合いは続く。しかし、それは既に勝敗の決まった闘いであり、予にしてみれば消化試合も良い所であった。
予の興味はこの闘いよりもこの猿の肉に移っている。
どうやらその思いが油断に繋がったらしく、猿の拳がまともに予に直撃した。もちろん、これくらいのことで予の勝利は揺るがないが、それは予には思いも寄らぬ負の連鎖を呼び起こした。
「ベルゼブル様!!」
モニカが悲鳴を上げて文字通り飛んできたのだ。
モニカの背中には翅が生えていた。
しかし、その速さがこの場に置いては遅過ぎる。モニカの実力ではこの猿はおろか巨猿にすら適わぬというのに、それでは自ら死ににくると同義だ。
案の定、巨猿に狙われるも、後から続くキリカとカリンの援護により事なきを得た。キリカは巨大な鎌で巨猿の攻撃を受け、カリンは糸のような物を手から放ち、巨猿共の体を絡めとっている。
「来るな。」
予が告げるもモニカは止まらない。
「ベルゼブル様は死なせないわ!!」
とうとうモニカが猿の攻撃範囲に入る。予と猿は未だに殴り合いを続けており、身動きがとれない。
「ガーー!!!」
猿の尾がモニカに向かう。予には無意味なあの尾でもモニカを殺すには充分である。
「させぬ。」
予の尻尾を壊れることも構わず猿に叩きつける。それにより予の尻尾は千切れ、使い物にならなくなったが一瞬、猿を怯ますことには成功した。
そして予にはその一瞬で充分であった。予は猿の尾とモニカとの間に飛び込み、猿の尾からモニカを庇う。
つまり、ここでも、予の女に対する甘さが遺憾なく発揮されたという訳だ。
「カリン、この者を縛り付けこの場を離れよ。これは命令だ。」
空中に放り出された予はモニカだけをキリカとカリンの方へ投げ飛ばしカリンにそう告げた。
蟲において、王族の命令は絶対である。それがたとえどんな理不尽な命令であってもだ。
「………御意。」
カリンは予の言葉を聞き入れ、モニカを糸で拘束したのち、巨猿をかいくぐって退避を始めた。
そして、未だに空中にいる予は六本もある猿の尾に絡めとられてしまい、地に叩きつけられる。尻尾を無くしてしまったのは元々手数の少ない予にとっては痛かった。
「ガーー!!!」
猿がこれ幸いと予を絡めとっている自らの尾ごと四つの腕で予を殴り続けた。
「駄目ーー!!!!」
遠くにモニカの悲鳴が聞こえる。
しかし、そんなこともうどうでも良い。ここまでされて怒らぬ程、予の気は長くはない。
「調子にのるなよ、猿公が。」
高速でふるわれた予の手刀で猿の拳が二本飛ぶ。
「遊んでやるのも終わりだ。死ね。」
更に猿に接近し、四本ある腕全てを根元から切り落とす。
「ガーー!!!!!」
腕を無くした猿は尾を予に向けて放つが一本一本掴み引きちぎってやった。
「ガーー!!!!!」
「終わりだ。」
最後は首を切断してやり、予と猿との闘いは終わりを迎えた。