13話 人の記憶
アローン兵が扉を抜けると、
綺麗に並べられた石畳のホールが現れた。
石畳は上からは、穏やかな光が降り注いでいた。
ソフィーの意思に反応した、アローン兵が天井を見上げた。
天井からは微かに柔らかい自然光が降り注いでいた。
前方には自然光に照らされた、駅のホームの様な施設が見えた。
「放棄された街の地下鉄か・・・。」
5000年前、人類の人口減少に伴い多くの街が、
アンドロイドたちに引き継がれること無く、放棄された。
地上の都市は風雨に曝され、徐々に朽ちていったが、
地下にはまだ人類が生きていた頃の、
痕跡が手付かずのまま眠っていた。
地下鉄駅構内は人類の繁栄を示すかのように、
贅の限りを尽くした美しい装飾で飾られていた。
かなり壊れかけてはいたが5000年経った今も、
その繁栄の面影を残していた。
その時、静まり返った駅構内に、
何かが動く気配をアローン兵の目を通じて、ソフィーは感じた。
ソフィーの側に控えていたアローン参謀兵が
「我らの味方です。」
とソフィーの耳元で言った。
黒い影の様に動いていたその者達は、徐々に姿を現した。
数にすると100機はいるアローン兵達は、
柔らかい自然光が降り注ぐホールに整列して、ソフィーを見つめた。
アローン参謀兵が
「首都から脱出してきた者達です。」
と説明した。
冷酷に命令を実行する黒い装甲に身を纏ったアローン兵に、
一般のアンドロイドたちは恐怖した。
ソフィーも、首都の住民として暮していた頃、
民衆をまさに機械的に鎮圧して行くその姿に、
目を背けるほど恐怖していた。
「それが、今や頼もしい味方か。それも100機も」
「あの者たちの承認を。」
参謀兵の誘いに、
ソフィーは100機と言う数に多少躊躇したが、
敵ではないのなら・・・と、『承認』を開始した。
ソフィーは自分を見つめる100機のアローン兵を、
自らの意識に取り込もうと、彼らの存在を意識した。
意識すると、100機のアローン兵、
それぞれの視線聴覚触覚がソフィーの意識に流れ込んできた。
ソフィーはそれを確認すると、
今度はその意識が流れてきた感触的な通路を、
逆流してアローン兵の意識に干渉した。
意識の奥で、何かが上手く繋がった感触を感じた。
ソフィーが『指を動かす。』と意識すると、
100機のアローン兵全員の指が動いた。
ソフィーが『首をかしげる。』と意識すると、
100機のアローン兵全員が可愛く首をかしげた。
ソフィーはそのお茶目な様子に、微笑んだが、
この場にいるアローン兵達は、誰もソフィーが遊んでいるとは思わなかった。
ソフィーは自分を見つめるアローン兵の一機を自分に近づかせた。
そして、そのアローン兵の視線を通じて、自分の姿を観察した。
頭部の視野レンズは完全に砕け散っており、
顔には、かつての人間らしい美しい面影は、どこにも無く、
記憶装置のブラックボックスを包むカーボンの黒い素材がむき出しになっていた。
「取り合えず顔だけでも治さないと・・・」
今や発電所を破壊したテロリストの頭目と化した自分を、
治してくれる技師が手配できるかは疑問だった。
ソフィーのその優しげな表情は、
ソフィーが人類として生きていた頃の、
唯一の物的証拠だった。
「できれば、完全にもとに戻したい。」
その気持ちを理解出来ないで在ろう、
アローン兵たちに向かって言った。
つづく