お洗濯機考
日常の当たり前がふっと消えたとき、人は自分の記憶か機械の寿命を疑うものです。
我が家の洗濯機が急に沈黙した日の、ささやかな騒動をお届けします。
洗濯機がお洗濯を終えたのに、わたしを呼んでもくれなくなって久しい気がしてならない。
以前は、お洗濯が終わると、がしゅっと音がして水注入孔が閉じられ、その直後にピーピーピーピーと、けたたましく鳴ってその終わりを告げてくれていたのだ、確かに。
いくらなんでもそのくらいの記憶を私だって忘れる訳もない。
確かに、よく働いてくれたお洗濯機だと思っている。雨の日も風の日も毎日必ず1回は稼働させていた。実に重宝していた。思い入れもあった。
そうかと言っても形あるもの、いつかは必ず壊れるというものか。 以前はどういう方式でわたしを呼んでくれてたのか思い出せない私はすでに呆けているのかしら?
お洗濯機に呼ばれていたことを記憶していないのだとしたら、そういうことになるのではないか?
どうやったら再びピーピーと呼んでくれるように戻るの?わたしは、途方に暮れる思いだ。しかしたら単に機械が不機嫌なだけなのか。ご機嫌を直せばまた、元のように動いてくれるのだろうか。
そんな希望的観測はともかく……。
保証期間はどうやら過ぎてしまっているようだ。
保証期間はどうやら過ぎてしまっているようだ。
だが、ここでふと冷静になってみる。家電が沈黙するパターンには、二つの可能性があるはずだ。一つは「壊れて音が鳴らなくなった」。そしてもう一つは「自分がうっかり『ブザー消音モード』のボタンを押し込んでしまった」。
急いで取扱説明書という名の発掘作業を押し入れで開始し、黄色く黄ばんだ紙面をめくってみた。そこには燦然と輝く文字で「コースボタンと予約ボタンを同時に三秒長押しすると、お知らせブザーが消音になります」と書かれているではないか。
……押したかもしれない。いや、間違いなく数日前の脱水時、脱衣所でひとり謎のダンスを踊っていた際にお尻で誤タップしたのだ。
半信半疑で二つのボタンを同時に三秒間、心を込めて長押ししてみる。
『ピッ』
無機質だが、どこか誇らしげな電子音が脱衣所に響き渡った。
なんだ、機嫌を損ねていたわけでも、わたしの記憶力が呆けていたわけでもなかったのだ。ただ洗濯機が、気利きのいいホテルの執事のごとく「お嬢様、本日は静寂をお届けしております」と気を利かせていただけだったのである。
再び脱水まで回し、脱衣所のドアの前で腕組みをして待つこと十数分。
『ピーピーピーピー!』
甲高くて、少しばかりやかましい、いつもの「呼出し音」が帰ってきた。
「はいはい、今行きますよ」
わたしは小さく返事をしながら、蓋を開ける。
呼んでくれる相手がいるというのは、それがたとえ全自動洗濯機であっても、案外悪くないものである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
家電の「沈黙」って、一瞬ものすごく焦りますよね。自分の記憶か機械の寿命かを疑う前に、まずは自分の「お尻の誤タップ」を疑うべきでした……。
皆様のご自宅の家電も、もしかしたら静かに自己主張しているかもしれません。
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