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昨日の友は今日は敵?

作者: 西瓜めろん(にしうり めろん)
掲載日:2026/05/31

 偶然、ネットでこんな記事をみつけた。

 それは、ロシア人女性の祖父の話だった。

 彼女の名は、マリヤ・セルゲーネフ。

 彼女の祖父は第二次世界大戦中、日本兵と親しくなり、日本兵が持っていたこけしと自分のマトリョーシカを交換したそうだ。来月日本に行く機会があるので、その日本兵に会って、祖父の言葉を伝えたいから探してほしい。日本兵の名は「イッペイ」という内容だった。

 わたしは、この記事の日本兵は、自分の祖父だと確信した。


 わたしが小学生のとき、祖父は突然倒れてそのまま亡くなった。

 それは祖父が倒れる数日前のこと。11月の小春日和の午後だった。

 祖父が縁側に腰掛けて、マトリョーシカをしみじみと見ていた。はじめて見る人形だった。

「かわいい。ねえ、その人形どうしたの?」

 祖父の見た目に似合わない、かわいい人形を手にしているのを見たわたしの口から、思わずこんな言葉がでた。

 しばらく間をおいて、祖父は言った。

「これか。これはな、外国の友人にもらったんだ」

 祖父は寡黙なこともあったが、それまで戦争のことを話したことはなかった。でも、なぜかこのとき祖父は、自分の戦争体験をとつとつと語りはじめた。

 祖父山本一平は太平洋戦争末期、ロシア極東、旧ソ連との国境に面したポシェット港近くで国境警備の任務についていた。

 ソ連の兵士は、毎日軍用犬をつれて、国境の見まわりをしていた。そのとき、祖父たちもやぐらからその様子を監視していた。

 当時日本とソ連とは日ソ中立条約を締結し、友好的な関係だった。

 何ヶ月が経つうちに、ジェスチャーや片言の言葉でソ連兵と意思の疎通ができるようになり、国境をはさんでなごやかに交流するようになったそうだ。

 祖父は、アレクサンドルという名のソ連兵と特に親しくなった。アレク、イッペイと呼び合う仲だった。

 言葉の壁はあったものの、お互いの意図は十分伝わり、国に残した家族や趣味のことなどいろいろ語り合ったそうだ。

 ある日、祖父が砦の周辺を見まわりしていた時のこと。休憩中、故郷の特産品のこけしを見ながら望郷の念にふけっていると、アレクに声を掛けられた。

「ソノ、ニンギョウ、カワ、イイデスネ」

 アレクは、こけしに興味津々だった。

 祖父が、こけしは故郷の特産品で、こけしを通じて遠く故郷のことを思い出すのだと伝えると、アレクは、マトリョーシカを取り出して祖父に見せた。アレクも祖父同様、その人形に故郷への思いを重ねていたのだった。

 しかし、突然のソ連参戦で、状況が一変した。

 戦車を先頭に、国境線を越えて押し寄せるソ連兵。やぐらの上から銃を構え、迎え撃つ日本兵。

 祖父がむけた銃口の先にアレクの顔。そのとき、息子が産まれたとうれしそうに話していたアレクの顔が思い浮かび、祖父は引き金を引くことができなかった。

 軍備の差は歴然。戦力で劣る日本軍は、その日のうちに砦を攻め落とされ降伏した。

 祖父たち日本兵は、ソ連軍によって捕らえられ、シベリアの収容所に送られることになった。

 シベリア行きが、翌日に迫った夜のこと。

 アレクが収容施設の祖父に会いに来た。

 お互い言葉を交わす事なく数分が経過した。

 敵同士となった二人の間に気まずい空気が流れた。

 沈黙を破ったのは祖父だった。

「これを受け取ってもらえないだろうか?」

 祖父は、アレクにこけしを渡した。

 祖父がどんな思いでこけしを渡したのかは分からない。

 これは、わたしの想像だが、お互いに敵同士となってしまっても、アレクとの友情は変わっていないという祖父の思いを伝えたかったんじゃないだろうか。

 と同時に、死を覚悟した祖父が、自分のことを忘れないでほしいという気持ちもあり、形見として渡したのかもしれない。

「コレヲ・・・」

 アレクは一言そう言って、マトリョーシカを取り出して祖父に渡した。

 祖父は無言でそれを受け取った。

 二人が直接会ったのは、これが最後となった。

 その後、祖父たち日本兵は極寒の地シベリアに送られ、十分な食糧も与えられず、過酷な重労働を強いられた。

 寒さと疲労、栄養失調による抵抗力の低下、不十分な医療体制などにより、多くの日本人(どうほう)の命が失われた。その数およそ57万人。

 祖父は、マトリョーシカを持っていたことでソ連に好意をもっていると見なされ、短期間で日本に帰国できた。

「あのままシベリアに残っていたらどうなっていたか。こうして生きて日本に帰ってこられたのは、アレクのおかげだ」と祖父は、ぽつりとつぶやいた。

 それから黙ったまま、ずっとマトリョーシカを見つめていた。


 記事を読んだあと、わたしはネットの記事を掲載していた新聞社に連絡し、新聞社の仲介でマリヤさんと会うことになった。

 空港近くのホテルのロビー。新聞社の人と通訳の人も同席してマリヤさんと会談した。

 マリヤさんの祖父アレクさんは、半年前に亡くなっていた。

 アレクさんは、ときどきこけしを見ながら、わたしの祖父一平と過ごした当時をなつかしく思い出しては、楽しそうに話していたそうだ。

 ただ、命令で仕方なかったとはいえ、前日まで親しくしていた祖父たち日本兵と戦わなければならなかったこと、祖父を裏切ってしまったことをとても後悔していた。祖父と最後に会った時、謝罪の言葉が言えなかったことを悔やんでいたそうだ。

 いつか祖父に会って謝りたいと言っていたということだった。

 マリヤさんは、そんなアレクさんの生前の思いを祖父に伝えたかったのだ。

 アレクさんの思いは、きっと祖父にも届いているだろう。天国で再会し、昔のように楽しげに語り合っている二人の姿が、ふと目に浮かんだ。


 時を超え、国を越えて固い友情の絆で二人をつないだ人形。

 戦争の惨劇が二度と起こることのないように、という願いをこめて、二つの人形は博物館に寄贈することになった。

 ショーケースの中で、にっこりほほえむ二つの人形。

 この笑顔が、いつまでも続きますように・・・。

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