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『北極星を引く男 —五稜郭を設計した異能のエンジニア—』

作者: 五稜 司
掲載日:2026/02/02

幕末という時代を語る時、私たちの脳裏に浮かぶのは、抜かれた刀の鋭さや、志士たちの熱い咆哮ほうこうである。しかし、その激動の裏側で、一人静かに「数式」という名の武器を手に、新しい国の形を模索した男がいた。

 武田斐三郎。

 彼は、血気盛んな志士でもなければ、権謀術数に長けた政治家でもない。彼は「エンジニア(技術者)」であった。

 彼が引く一本の線は、単なる城壁の境界ではない。それは、旧態依然とした中世の日本と、未知なる近代という未来を分かつ、冷徹で美しい知性の境界線であった。

 家業という宿命を捨て、尊敬する父と決別してまで彼が追い求めた「ことわり」とは何だったのか。そして、彼が極寒の函館の大地に刻んだ、あの巨大な「星」には、どのような願いが込められていたのか。

 これは、時代の狂熱に背を向け、ただひたすらに「正しい設計図」を引き続けた一人の男の、孤独と誇りの物語である。

 今、私たちが享受しているこの国の秩序や技術の源流には、かつて一人の男が抱いた「一分の狂いも許さぬ」という強い執念があったことを、この物語を通じて感じていただければ幸いである。

第一章:ことわりへの宣誓


日の落ちた母屋の一角で父、敬忠たけただと向かい合う一人の若者がロウソクに照らされた顔を小刻みに震わせうつむいていた。

父の敬忠は、大洲藩の侍医として、その誠実な人柄で知られている。彼は何も言わぬ。ただ、自らの跡を継ぐべき次男坊の前に、分厚い医学書を一冊、静かに置いた。それが、この家における絶対的な「正解」であった。

しかし、斐三郎あやさぶろう脳漿のうしょうを占めているのは、人体の脈動ではない。彼が密かに写し取った蘭書の中にある、星の動きや、大砲の弾道が描く放物線、すなわち宇宙を支配する「数」の美しさであった。

沈黙が、ロウソクの芯が弾ける音を不気味なほど大きく響かせる。

「……斐三郎よ」

父の低い声が、重い幕のように降りた。

「お前の手は、人を助ける薬を調じるためにある。奇妙な算術にふけるためのものではない。分かっているな」

その瞬間、斐三郎の中で何かが、プツリと音を立てて切れた。

論理で固めたはずの彼の理性が、熱い蒸気となって噴き出したのである。

彼はガバと顔を上げた。その眼は、ロウソクの火を反射して、異様なほどに光っている。

「父上!  医者という仕事は私がやりたいことではありません!  私は……私は、この世の『ことわり』を解明したいのですッ!」

声は、古い母屋のはりを震わせた。

斐三郎の叫びは、夜の静寂を切り裂き、そのまま闇に吸い込まれていった。

父、敬忠は動かない。

ただ、ロウソクの炎が彼の頬に刻まれた深い皺を、刻一刻と揺らしている。

敬忠にとって、医術とは単なる生業なりわいではなかった。それは、荒れ狂う時代の荒波の中で、唯一「人の命」という絶対的な拠り所に触れることができる、聖域に近い職能であった。その自負は、大洲藩のどの武士が持つ功名心よりも、静かで、かつ頑強なものである。

やがて、敬忠がゆっくりと口を開いた。声は低く、地底から響くような響きを帯びていた。

「……理、と言ったか」

敬忠は、自分の節くれ立った、それでいて清潔に整えられたてのひらを見つめた。数え切れないほどの脈を取り、死の淵から人々を連れ戻してきた手である。

「この手で触れる拍動の合間に、理はないと言うのか。人の生から死へと至る、その不可解な流れの中にこそ、天の理があるとは思わぬか。斐三郎、お前が追おうとしているのは、冷たい鉄や石の理だ。それは人を救うか?」

敬忠の眼が、初めて息子を真正面から射抜いた。

そこにあるのは怒りではない。自分たちが築き上げてきた「命への誠実さ」を理解しようとしない若者への、深い断絶の悲しみであった。

斐三郎はうつむいたまま、父の前に置かれた医学書を、一度だけ強く、しかし愛おしむように見つめた。父・敬忠がこの書物を通じて救ってきた無数の命を、斐三郎は誰よりも尊敬していた。

「なれど、それは私の『ことわり』ではございません」

その言葉は短かったが、そこにはもう、迷いの欠片もなかった。

父がその生涯をかけて守り抜いた信念に、若き息子は最大の敬意を持って、しかし決定的な「拒絶」を叩きつけたのである。

敬忠は動かなかった。ただ、ロウソクの火がふっと揺れ、父の影が壁に巨大に伸びた。

「……そうか」

父の低い、かすれた声を聞くと同時に、斐三郎は深く、畳に頭をこすりつけるように一礼した。

そのまま、音を立てずに立ち上がる。

彼は二度と父の顔を見なかった。見てしまえば、己の中の「合理」が、情愛という名の非合理に屈してしまうことを知っていたからである。

冷たい廊下に出ると、夜の闇が肺の奥まで入り込んできた。背後で、父が座る部屋の襖が、静かに、だが重く閉まる。

その音は、斐三郎にとって、昨日までの自分への弔鐘ちょうしょうであった。

この夜、若者は、医者の息子という皮殻を脱ぎ捨て、一人の「技術者」という孤独な種族へと変貌を遂げたのである。日本が近代という名の荒野に踏み出す数年前のことである。


父・敬忠との決別の後、斐三郎は大洲藩の中で浮いた存在となった。

藩の重鎮たちは「侍医の息子が狂った」と囁き、彼が手に持つ測量器具や蘭書を、まるで異教の呪具じゅぐであるかのように白眼視した。

ある日、藩の治水工事の現場で、斐三郎は老練な石工たちが経験則だけで堤防を築いているのを目撃する。

「これでは、次の大雨で水圧の計算が狂い、崩れます」

若き斐三郎の進言は、経験という名の壁に跳ね返された。数日後、彼の予言通り堤防は決壊した。

「経験だけでは、国は守れない。絶対的な『法則』を学ばねばならない」

その時、彼の脳裏に浮かんだのが、かつて耳にした「大坂に、蘭書を解剖するように読み解く恐ろしい塾がある」という噂だった。

当時、江戸の塾が「翻訳」や「儀礼」を重んじていたのに対し、大坂の緒方洪庵が開いた適塾は、徹底した「実学と競争」の場であった。

そこには、医学のみならず、物理、化学、砲術の根底にある「真理」を求めて、全国から飢えた狼のような若者が集まっているという。

「大洲の空は狭すぎる。大坂へ行けば、この世界の歯車がどう噛み合っているのか、その設計図が見られるはずだ」


第二章:黒鉄くろがねの咆哮


大洲を後にした斐三郎が大坂の前にまず辿り着いたのは、異国の風が吹き抜ける長崎であった。海軍伝習所。そこには、父が勧めた「人体という小宇宙」を扱う医術とは正反対の、巨大で無機質な「鋼鉄の理」が横たわっていた。

オランダ人教官のカッテンディーケらが持ち込んだ蒸気船や大砲は、斐三郎の目には単なる兵器とは映らなかった。それは、精密な数式によって制御された**「動く建築物」**であった。

ある日、斐三郎は波止場で、オランダ製の最新鋭カノン砲の図面を食い入るように見つめていた。周囲の伝習生たちがその破壊力に怯える中で、彼はただ一人、砲身の曲線が描く「力の分散」に美しさを見出していた。

「……これだ」

彼が求めていたのは、あやふやな経験則ではない。

一分の狂いもない数式が、巨大な鉄の塊を動かし、海を割り、国を守る力となる。その「理」の美しさに触れたとき、父を捨てて選んだ己の孤独が、初めて熱い肯定感へと変わったのである。


淀川を下る三十石船さんじゅうこくぶねを下りた斐三郎の眼前に広がっていたのは、大洲の静寂とは対極にある、喧騒の海であった。

商人の怒鳴り声、荷車の軋み、そして何より、人々の欲望が発する熱気。

斐三郎は、瓦町にある緒方洪庵の塾、通称「適塾」の門前に立っていた。

質素な構えの門だが、そこから漏れ聞こえてくるのは、若者たちが蘭語を音読する、地鳴りのような「知の唸り」である。

彼はふと、ふところに入れた木製の定規に触れた。

それは大洲を出る際、夜陰に紛れて持ち出した唯一の「武器」であった。父が医学書を差し出したあの夜、彼が密かに握りしめていたのもこの定規である。

使い込まれ、角が少し丸くなったその感触が、今はひどく頼りなく、同時にひどく重く感じられた。

(ここからだ)

斐三郎は、指先に力を込めて自分に言い聞かせた。

医者の息子という殻を脱ぎ捨て、この定規一本で世界の設計図を書き換える。そのための地獄へ、今、足を踏み入れるのだ。

彼は一度だけ深く息を吸い込み、固く閉ざされた門を叩いた。


安政のころ、大阪・過書町の適塾は、日本中から集まった「知の狂気」を抱えた若者たちの巣窟であった。

その二階、百畳敷きの大部屋。そこには「ヅーフ」と呼ばれる蘭和辞書がわずか数冊あるのみで、塾生たちはその一語を、その一文を読み解くために、文字通り命を削っていた。

斐三郎がその男、村田蔵六と初めて言葉を交わしたのも、その辞書の前の順番待ちであった。

「……君の読みは、ことわりが勝ちすぎている」

不意に声をかけてきたのは、火吹き達磨のような風貌をした、額の広い男であった。村田蔵六である。

斐三郎は、手元のノートから目を上げず、静かに返した。

「理が勝って何が悪い。数式に情は入りませぬ」

「数式には入らぬ。だが、その数式が動かす『物』には重量があり、風の抵抗があり、なにより扱う人間の愚かさが介在する。君の引く線は美しすぎる。美しすぎる設計図は、戦場ではただの紙屑だ」

斐三郎は、ようやくペンを置き、蔵六を正面から見据えた。

周囲の塾生たちが、一瞬、息を呑む。適塾における論戦は、時に抜刀せんばかりの気迫を帯びる。

「村田さん、あなたは『実』を言う。しかし、正確なデザインなき『実』は、ただの野蛮です。私は、日本に野蛮な大砲を作らせるために、父と決別したのではありません」

二人の間に、張り詰めた沈黙が流れる。

しかし次の瞬間、蔵六の口元が、わずかに、本当にわずかに歪んだ。それは彼なりの微笑であった。

「……気に入った。武田君、今夜は一晩中、弾道の放物線について計算を突き合わせよう。寝る時間は、明日以降の人生でいくらでもある」

その夜、適塾の二階から灯火が消えることはなかった。

斐三郎が引く緻密な幾何学模様と、蔵六が叩きつける無骨な実戦理論。

二人の若者が灯したその火は、やがて函館の五稜郭という「星」となり、日本の近代という夜明けを照らすことになる。


適塾の二階は、行灯の油の匂いと、若者たちの熱気でむせ返るようだった。

斐三郎は、割り当てられたわずかなスペースに陣取り、例の定規を当てて、オランダの築城書にある断面図を慎重に写し取っていた。

彼にとって、この定規は父の期待を振り切ってまで持ち出した「魂」そのものである。

不意に、背後に気配を感じた。

誰かが自分の手元を、じっと覗き込んでいる。

振り返ると、そこには異様に額の広い、火の玉のような眼光をした男が立っていた。村田蔵六、のちの大村益次郎である。

蔵六は、斐三郎が引いた線と、その手にある定規を一瞥いちべつした。

そして、愛想の欠片もない、乾いた声でこう言い放った。

「無駄なことを。その定規、目盛りが狂っているぞ」

斐三郎の指先が止まった。カッと頭に血が上る。

「……何だと。これは私が故郷で、一分一厘の狂いもなく削り出したものだ」

「湿気だ」

蔵六は表情一つ変えずに続けた。

「大洲とこの大坂では、空気の湿りが違う。その安物の木材では、わずかに反りが出ている。そのわずかな狂いが、百里先では一里の誤差になる。そんな『主観』の道具で、この国の防衛まもりを設計するつもりか」

斐三郎は言葉を失った。

自分が握りしめていた「情熱の証」が、蔵六の冷徹な「観測」によって、ただの不完全な木片へと突き落とされたのである。

「狂っている、だと……」

斐三郎の喉が、怒りで熱くなった。だが、言い返そうとして開いた口は、言葉を紡ぐ代わりに固く結ばれた。

彼は、蔵六に言われるがまま、手元の定規を目の高さまで持ち上げ、行灯の細い光に透かしてみたのだ。

「っ……!」

背筋に冷たいものが走った。

確かに、あった。肉眼では捉えきれぬほど、指先にさえ感じぬほどの、わずか数百分の一ミリの反り。大坂の、淀川から吹き込む湿気が、大洲の乾いた木材を静かに、残酷に歪めていた。

「……村田さんの言う通りだ」

絞り出すような声だった。

斐三郎は、蔵六という男の「眼」の恐ろしさに圧倒されていた。この男は、情緒や気合で物を見ているのではない。ただひたすらに、物理的な真実だけを網膜に焼き付けているのだ。

蔵六は、斐三郎の敗北宣言を聞くと、興味を失ったように背を向け、再び自分の蘭書に戻った。

斐三郎は、その夜、眠らなかった。

彼は塾の片隅で、新しく手に入れた最高級のツゲの材を手に取った。

ノミを振るい、ヤスリをかけ、目盛りを刻んでいく。

それは、父との決別を証明するための「情熱の道具」ではない。

目の前の怪物を納得させ、この国の明日を測るための、「冷徹なまでの客観の道具」であった。

余談ながら、のちに武田斐三郎が函館において、当時最新鋭の艦砲射撃の弾道を計算した際、その誤差はわずか数センチに収まったと言われている。

その驚異的な精度の出発点は、この大阪の蒸し暑い夜、村田蔵六という一人の偏屈な天才に「道具の不備」を指摘された屈辱にあった。

技術者にとって、間違いを認めることは「敗北」ではない。むしろ、そこからしか「真実(理)」へは到達できないのである。

この夜、斐三郎が刻み直した目盛りは、彼自身の魂を削り出す作業でもあった。


適塾には、緒方洪庵が長崎のオランダ人から入手した、最新の「要塞断面図」があった。それは複雑怪奇な幾何学の迷宮で、塾生たちは誰一人として、その防衛ラインの死角デッドゾーンを割り出せずにいた。

村田蔵六でさえも、計算の途中で筆を止め、険しい表情で図面を睨んでいる。

斐三郎は、完成したばかりの自作の定規を手に、その輪の中へ静かに歩み寄った。

彼の指先には、夜通し材を削り、目盛りを刻み続けた際の微かな痛みが残っている。だが、その痛みこそが、今の彼に「絶対的な精度」への自信を与えていた。

彼は無言で図面の前に座ると、自作の定規を当てた。

(湿気による歪みは、もうない。この目盛りは、真実を指している)

斐三郎の筆が、迷いなく紙の上を走り始めた。

円錐曲線、正接タンジェント、そして弾道の落差。

周囲の喧騒が消え、彼には図面が立体的な城郭として立ち上がって見えていた。石垣の角度、土塁の厚み、そして敵の砲弾がどこに落ち、どこで跳ねるか――。

一時間後。

斐三郎は、一枚の計算書を蔵六の机の上に、音もなく置いた。

蔵六は一瞥し、やがてその大きな眼をさらに見開いた。

図面に潜んでいた「唯一の解」が、斐三郎の手によって、一点の曇りもなく暴き出されていたからである。

蔵六はゆっくりと顔を上げ、斐三郎を見た。

そこには、以前のような蔑みも、冷笑もない。

「……武田君。その定規、目盛りは狂っていないようだな」

蔵六の口から漏れたのは、彼なりの最大限の「敬意」であった。

斐三郎は初めて、大坂の湿った風が心地よいと感じた。


ある夜、斐三郎は福沢諭吉に連れ出され、道頓堀の喧騒の中にいた。

当時の福沢は、塾内でも「福沢の居る所、常に笑いあり」と言われるほどの快男児である。対する斐三郎は、相変わらず数式のような顔をして、冷めた酒を口に運んでいた。

「武田、お主の頭の中には、三角定規と分度器しか入っておらんのか?」

福沢が、猪口を突き出しながら豪快に笑う。

「……福沢さん。私はただ、この国の将来を『勘』や『精神論』で語るのが、恐ろしいだけです。測量し、計算し、土を盛る。それだけが、目に見える真実ですから」

「ははあ、なるほど。お主は『物』を信じているわけだ。だがな、武田。その『物』を動かすのは、結局のところ、人間の『独立自尊』の心だよ。いくら立派な城を作っても、そこに住む人間の魂が腐っておれば、ただの石積みだ」

福沢の言葉は、鋭かった。

斐三郎は、少しだけ目を細め、道頓堀の川面に映る灯りを見つめた。

「魂、ですか……。私は、父の勧めた医者の道を捨てました。命を救うのではなく、砲台を作る道を選んだ。それは、私の魂が、曖昧な『情』よりも、冷徹な『理』を求めたからです」

「それでいいじゃないか!」

福沢は、斐三郎の肩を力任せに叩いた。

「お主は『形』を作れ。俺は『言葉』を作る。この国という巨大な建築物を、お主の設計図と、俺の思想で叩き直してやろうじゃないか」

斐三郎は、福沢の熱気に気圧されながらも、己の胸の奥が、これまでにないほど熱くなっているのを感じた。適塾の狭い部屋で計算に没頭しているときには味わえない、外の世界へと繋がる高揚感であった。


大阪の夏は、粘りつくような熱気に満ちている。

斐三郎は、最小限の荷物をまとめた風呂敷を傍らに置き、適塾の二階、あの使い古された机の前に座っていた。

「……本当に行くのか、武田」

声をかけてきたのは、やはり村田蔵六であった。彼はいつも通りの無愛想な顔で、しかしその手には、どこから手に入れたのか、一本の酒瓶が握られていた。

「江戸で、佐久間象山に会ってきます。あの男の『理』が、本物かどうかを確かめに」

斐三郎がそう言うと、背後から陽気な声が割り込んできた。福沢諭吉である。

「ははあ、あの『国家の自惚れ鏡』のような男か! 武田、お主のような四角四面な男が象山に会えば、角が取れて丸くなるか、それとも火花が散って粉々になるか、どちらかだな」

福沢は笑いながら、蔵六が持ってきた酒を勝手に猪口に注ぎ、二人に差し出した。

「武田、お主がこれから向かうのは、ただの江戸ではない。世界という名の荒海だ。俺もいずれ、その海へ出る。蔵六、お主はどうする」

蔵六は、差し出された酒を黙って煽り、短く答えた。

「……私は、故郷へ帰る。だが、これで終わりではない。この国が理を失い、迷走し始めたとき、我らのような『理屈を食う怪物』が必ず必要になる。その時、また会おう」

三人は、狭い塾の一角で、短い乾杯をした。

友情という言葉を使うには、彼らはあまりに知性的すぎた。しかし、その無言の空間には、同じ時代を、同じ志で駆け抜ける者だけが共有する、鋼のような連帯感があった。

斐三郎は立ち上がり、一礼した。

「お二人とも、お達者で。……次に会うときは、この国を少しはマシな設計図に書き換えておきましょう」

塾の階段を下りる斐三郎の背中に、福沢の「おい、計算を間違えるなよ!」という笑い声が追いかけてきた。

表に出ると、淀川から吹く風が、少しだけ秋の気配を運んできたような気がした。


第三章:象山の指す北


大阪を去った斐三郎が江戸で門を叩いたのは、木挽町にある佐久間象山の塾であった。

象山は、当時の日本で「世界」を最も正確に、そして最も恐ろしく俯瞰していた男である。

「武田と申すか。適塾で蘭書を読み耽っていたそうだが、お主、その知識で何を作るつもりだ」

象山は、巨大な机に世界地図を広げたまま、一度も目を上げずに問うた。

「……正確な大砲と、それを支える理にかなった台場(砲台)を作りたいと考えております」

斐三郎がそう答えると、象山は初めて顔を上げ、地響きのような声で笑った。

「台場だと? 矮小わいしょうなことを。お主が作るのは、この国そのものを守る『星』だ」

象山は地図の一点、北の端を指差した。

「今、この国を狙う真の脅威は、南の黒船だけではない。北の大熊――ロシアだ。彼らは着々と南下し、蝦夷地(北海道)を虎視眈々と狙っている。もしあそこを奪われれば、日本という国は背後から首を絞められることになる」

斐三郎は、象山の指す「蝦夷地」という空白に近い大地を見つめた。

「幕府は今、函館を直轄領とし、北辺の守りを固めようとしている。だが、役人どもが作ろうとしているのは、中世の古臭い石垣の城だ。あんなものは西洋の炸裂弾一発で粉砕される。武田、お主が行け」

「私が、函館へ……?」

「そうだ。適塾で学んだ幾何学の粋を集め、欧州の最新要塞学に基づいた『星形要塞』を築け。それは単なる砦ではない。日本が近代国家として、世界と対等に渡り合うための『意志の証明』だ。お主の理屈が本物なら、極寒の地でその正しさを証明してみせろ」

象山の言葉は、斐三郎の胸の中で、これまでバラバラだった知識が一つに繋がるような衝撃を与えた。

父との決別、適塾での修行、そして今、目の前の巨人が指し示す北の大地。

すべては、この「星」を作るためにあったのではないか。

「……承知いたしました。函館に、決して沈まぬ星を刻んでまいります」

斐三郎の眼には、もはや迷いはなかった。象山という巨大な光源によって、彼が進むべき道は北へと真っ直ぐに伸びていたのである。


余談ながら、幕末の日本において「函館」という地が持つ意味は、現代人の想像以上に重かった。

当時、海防といえばペリーの来航した浦賀や江戸湾に目が向きがちであったが、佐久間象山のような国際感覚を持つ者にとって、ロシアの南下は「静かなる侵略」として最も警戒すべき事態であった。

函館は、日本にとっての「北の玄関口」であると同時に、世界へ開かれた窓でもあった。

幕府がこの地を直轄領(箱館奉行所)としたのは、単なる国防のためだけではない。そこに最新の科学技術を集結させ、一種の「実験都市」を作ろうとしたのである。

武田斐三郎という、当時最高峰のエンジニアがこの地に送り込まれたのは、歴史の偶然ではなく、日本の近代化を急ぐ象山らの執念が生んだ必然であったと言える。


第四章:異形の城、平伏す星


安政元年(1854年)、斐三郎は荒れ狂う津軽海峡を越え、箱館(函館)の地に降り立った。

船を降りた彼の目に飛び込んできたのは、象山が語った「国防の要」という言葉からは程遠い、うらぶれた漁村の風景と、寒風に晒された荒地であった。

「……これが、私の戦場か」

斐三郎は、自身の荷物である測量機械と蘭書の詰まった箱を抱え、泥濘ぬかるみに足を取られながら歩き出した。

彼を迎え入れた箱館奉行所の役人たちは、江戸や大阪の熱気とは無縁の、事なかれ主義に染まった旧態依然たる武士たちであった。

「武田殿、城を造ると仰せだが、この地には良質な石材もなければ、西洋の理屈がわかる石工もおらぬ。適当に土手を高くして、大砲を並べれば済むことではござらんか」

役人の言葉に、斐三郎の眼鏡の奥の瞳が冷たく光った。適塾で蔵六と議論し、象山に咆哮を浴びせられた彼にとって、その妥協こそが最大の「悪」であった。

「……妥協した設計は、人を殺します。私が引く線は、一寸の狂いも許されぬ『理』に基づいたものです」

彼は奉行所から与えられた粗末な一室で、すぐさま図面を広げた。

手元にあるのは、フランスの軍事工学者ヴォーバンが提唱した「稜堡式りょうほうしき要塞」の理論。それを、この日本の、それも石材の乏しい北の大地でどう具現化するか。

函館には、大阪城のような巨石はない。ならば、函館山から切り出した安山岩をどう組み合わせるか。


長崎で培った「弾道学」と「築城術」。それが斐三郎の頭の中で一つに結びついたとき、函館の地に描かれる「星」の形が萌芽ほうがした。

当時、日本の城といえば高石垣に白壁の天守閣であった。しかし、斐三郎はそれを「旧時代の遺物」と切り捨てた。大砲の直撃を受ければ、高くそびえる壁はかえって脆い標的となる。

「守るためには、隠れねばならぬ。そして、死角を無くさねばならぬ」

彼が設計図に引いた線は、従来の城郭概念を根底から覆す、幾何学的な五角形の稜堡りょうほであった。どの角度から敵が来ようとも、二方向以上から十字砲火を浴びせることができる、冷徹なまでに合理的な「殺しの計算」に基づいた星形。

それは、かつて彼が父の前で否定した「血の流れ」ではなく、弾丸という「力の流れ」を完全に制御しようとする、エンジニアとしての執念の結晶であった。


武田斐三郎という男には、ある種の「美しいエゴイズム」があった。

自分の頭の中にある完璧な「理」が、現実の大地にどこまで通用するのか。その巨大な実験を完遂したいという、技術者特有のごうのようなものが、彼を突き動かしていた。

役人が「手抜き」を勧めれば勧めるほど、彼の設計図はより緻密に、より芸術的なまでに昇華されていくのだった。


斐三郎の闘いは、工事が始まる前から始まっていた。

西洋の要塞は、強固な石造りを前提としている。しかし函館の地質は脆く、冬には凍土となる。

「石がなければ、土を使えばいい。だが、ただの土手では敵の砲弾に耐えられぬ。……ならば、角度だ」

彼は不眠不休で計算を続けた。

敵の弾道を計算し、死角をゼロにするために、城郭を「星形(五角形)」に突き出す。そうすることで、どの方向から敵が来ても、隣の稜堡から側面射撃を加えることができる。

斐三郎の指は、寒さでかじかみ、赤く腫れていた。しかし、羽ペンが走る音だけが夜の静寂に響く。

彼は、一里先の海上に浮かぶロシア艦隊の砲座を想定し、その着弾角度を逆算して、土塁の傾斜(勾配)を導き出していく。

それはもはや建築ではなく、巨大な「数学的防壁」の構築であった。


箱館奉行所の広間。

煤けた畳の上に広げられた大きな図面を囲み、役人たちは呆れたような、あるいは小馬鹿にしたような溜息をついた。

「……武田殿。これはいったい、何の冗談だ?」

奉行所の作事担当・小林が、扇子で図面の端を叩いた。そこに描かれていたのは、日本人が見慣れた「城」の姿ではなかった。天守閣もなく、雲を突くような高石垣もない。ただ、地面に巨大な星がへばりついたような、奇妙な幾何学模様であった。

「城を造れと申したのだぞ。これでは、ただの『大きな土手』ではないか。敵に見下ろされ、ひとたまりもなかろう」

他の役人たちも口々に同調する。

「左様。石垣を高く積み、敵を威圧してこその城郭。この平べったい形では、武士の威厳もへったくれもない」

その喧騒の中で、斐三郎だけが静かであった。彼は汚れた眼鏡を懐紙で丁寧に拭き、再び鼻梁に戻すと、冷徹なまでの光を宿した瞳で小林を見据えた。

「小林殿。威厳で敵の砲弾が弾き返せるとお思いか」

「な、何だと……?」

「高く作れば、それは敵にとって絶好の標的まとになります。西洋の新型炸裂弾は、高石垣に当たればその破片で中の兵を全滅させる。これからの戦は『見せる』ものではなく、『耐える』ものです」

斐三郎は指先で、星形の尖った角(稜堡)をなぞった。

「この城は低く、そして深い。敵の砲弾は、この緩やかな土塁の傾斜を滑り、空へと逃げていく。そして――」

彼は図面の上に、数本の線を素早く書き加えた。

「この星の角を見てくだされ。敵がどこから攻め寄せようと、必ず二方向以上の稜堡から側面を射抜けるよう計算してある。敵が石垣を登る必要などない。登る前に、この『死の幾何学』の中で全滅する」

「……死の、幾何学だと?」

小林たちは、その言葉の響きに一瞬気圧された。彼らが語っているのは「武士の誉れ」であり、斐三郎が語っているのは「殺傷の効率」であった。両者の間には、数世紀分の時間の断絶がある。

「私は、美しさを求めてこの形にしたのではありません。この北の地で、限られた兵数でロシアの大軍を葬り去るために、数式が導き出した『唯一の正解』がこの星なのです」

斐三郎の声は、地を這うように低かったが、部屋の隅々まで響き渡った。

「石材がなければ、この地の土を固めればいい。天守がなければ、地下に潜ればいい。私の設計に、一分の無駄も、一分の飾りもございません。小林殿、もしこれ以上に合理的な防壁を提示できるのであれば、今すぐこの図面を焼き捨てましょう」

沈黙が広間を支配した。

役人たちは、目の前の「技術者」という人種の異質さに戦慄していた。彼は、徳川への忠義や武士の意地で城を造ろうとしているのではない。ただ、真理という名の「理」を、この極寒の大地に刻印しようとしているのだ。

「……勝手にいたせ。だがな武田殿、もしこれがただの『砂遊び』に終われば、腹を切るだけでは済みませぬぞ」

小林が吐き捨てるように言って席を立つと、斐三郎は再び図面に目を落とした。

「……承知しております。計算に、間違いはございませんから」

彼が独りごちたその言葉は、誰に聞かせるためでもない、自分の中に棲む「数理」への絶対的な忠誠誓願であった。


城の設計と並行して、斐三郎はもう一つの重要な任務に着手した。「諸術修行所」の設立である。

彼は悟っていた。いくら完璧な城を作っても、それを運用し、維持し、次世代へ繋ぐ「人間」がいなければ、それはただの巨大な墓標になると。

「ここでは、身分は問わぬ。必要なのは、数式を理解する頭脳と、真理を求める意志だけだ」

かつて適塾で自分たちがそうであったように、彼は函館の若者たちに、航海術、測量、砲術、そして幾何学を教え始めた。

極寒の教室で、若者たちが吐く白い息が、斐三郎の情熱と混ざり合い、北の大地に奇妙な熱気を生み出していく。

「先生、なぜこの線は五角形でなければならないのですか?」

生徒の問いに、斐三郎はかつてないほど柔らかな、しかし確信に満ちた声で答えた。

「それが、宇宙で最も効率的で、最も美しい『防御のカタチ』だからだ」


第五章:石の旋律、泥の格闘


工事が始まると、函館の荒地には怒号が飛び交った。

「冗談じゃねえ!こんな寝ぼけた角度で石を積めってのか!」

石工の棟梁・喜兵衛は、斐三郎が差し出した図面を地面に叩きつけた。彼は江戸から呼び寄せられた、この道三十年の手垂れである。

彼らの誇りは、見上げるような「反り」を持つ美しい高石垣を築くことにあった。しかし、斐三郎が命じたのは、高さはそこそこに、外側へ向かって奇妙な角度でせり出す「武者返し」をさらに進化させたような、幾何学的な傾斜であった。

「武田の旦那、石垣ってのはな、真っ直ぐ天に向かって伸びるから強えんだ。こんなに寝かせちまったら、敵が駆け足で登ってきちまうぜ!」

石工たちが口々に野次を飛ばす。彼らにとって、西洋の「弾道を逃がす」という理論は、ただの「手抜き」か「腰抜けの設計」にしか見えなかった。

斐三郎は泥にまみれた袴のまま、ゆっくりと屈み込み、叩きつけられた図面を拾い上げた。そして、傍らにあった大きな石材の角に、チョークで一本の線を引いた。

「喜兵衛殿。あなたの積む石垣は、確かに美しい。だが、それは『刀』を持つ敵を防ぐためのものだ」

斐三郎は、懐から一発の鉄球を取り出した。長崎で手に入れた、カノン砲の砲弾である。

「この鉄の塊が、雷鳴のような速度で飛んでくる。あなたの自慢の高石垣にこれが当たればどうなるか。石は砕け、その破片は味方の兵を切り刻む。高く積めば積むほど、城は自ら墓標になるのです」

「……理屈はわかった。だがな、こんな角度で石を噛み合わせるなんてのは、天の理に反してるんだ。崩れちまうよ」

喜兵衛が鼻で笑った瞬間、斐三郎は計算書を広げ、石工たちの前に膝をついた。

「崩れません。この角度、この重心の置き方であれば、石自らの重みが互いを締め付け、大砲の衝撃を地面に逃がす。喜兵衛殿、あなたは『経験』で石を積む。私は『数式』で石を積む。その二つが合わさった時、この国に初めて、世界に通用する壁ができるのです」

斐三郎は、自ら泥の中に手をつき、石の配置を指し示した。

「私は、あなたの技術を馬鹿にしているのではない。あなたのその腕を、未来へ繋げたいのです。どうか、私に『数式の正しさ』を形にする力を貸してくれないか」

設計者が泥にまみれ、職人と同じ目線で頭を下げる。その姿に、石工たちの野次が止んだ。

喜兵衛は苦虫を噛み潰したような顔で斐三郎を睨んでいたが、やがて太い腕で頭をかきむしると、地面に唾を吐いた。

「……ちっ、へ理屈の多い旦那だ。おい、野郎ども!図面をよく見ろ。一分でも狂ったら、このインテリの旦那に一生笑われるぞ!」

石工たちの空気が変わった。それは「従順」ではなく、技術者としての「対抗心」であった。

「面白いじゃねえか。旦那の理屈が勝つか、俺たちの腕が勝つか、勝負だ!」

極寒の函館に、再び槌の音が響き始めた。

斐三郎の引いた冷たい線に、職人たちの荒々しい鼓動が宿り始めた瞬間であった。


第六章:北の大地に蒔かれた「種」


五稜郭の土塁が日ごとに高さを増す傍らで、斐三郎が心血を注いだのは「人」の設計であった。

箱館奉行所の一角に設けられた「諸術修行所」。そこには、身分や藩の垣根を越え、ただ「新しい知」に飢えた若者たちが集っていた。

教壇に立つ斐三郎の目は、城壁を見定める時と同じく、鋭く、そしてどこか遠い未来を見据えていた。

「いいか。お主たちが学んでいるのは、単なる大砲の撃ち方ではない。この世界を動かしている『ことわり』そのものだ」

最前列で熱心に筆を走らせる若者の中に、一人の少年の姿があった。

後に明治の工学界を支えることになる若き日の先駆者たちや、あるいは、北の大地を耕し、近代産業の礎を築くことになる名もなき技術者の卵たちである。

「先生、なぜ西洋の書物は、これほどまでに細かく数字を記すのですか?」

一人の生徒が問いかけた。斐三郎は、手元にあった分度器を掲げて答えた。

「数字こそが、感情に左右されぬ唯一の言語だからだ。勇気や根性では、砲弾の軌道を変えることはできん。だが、数式を知れば、一里先の敵を制することができる。そして――」

斐三郎は、窓の外に広がる未開の原野を指差した。

「その数式は、戦が終われば、鉄路を敷き、橋を架け、この国に明かりを灯すための力となる。お主たちが今書いているその数式の一行一行が、数十年後の日本の骨格になるのだ」


ある夕暮れ、講義を終えた斐三郎に、一人の門下生が近づいた。

「先生、私はこの五稜郭を守りたい。この美しい幾何学の中に、日本の未来があるような気がするのです」

斐三郎はその若者の肩に手を置き、少しだけ寂しげに微笑んだ。

「……もしこの城が破れる日が来るとしたら、それは敵が強いからではない。この国の理が、さらなる進化を遂げた時だ。その時、お主は城を捨て、新しい理を築く側にいろ」

その言葉は、数年後、この星形の要塞が旧幕府軍の最期の拠点となり、土方歳三らが散っていく血塗られた結末を予見していたかのようであった。

しかし、斐三郎が教え子たちの心に刻んだ「星」は、城壁が崩れても消えることはなかった。彼の教え子たちは、明治という荒波の中で、軍服を脱ぎ、計算尺を手に、再びこの国の「設計図」を引き直すことになるのである。


元治元年(1864年)、着工から七年の歳月を経て、つなぎ合わされた石垣と高く盛られた土塁が、北の大地に巨大な「五芒星」を描き出した。

完成の日、斐三郎は五稜郭の中央に立ち、空を見上げた。

そこには、かつて象山が予言し、適塾の友らと夢見た「理の結晶」が厳然として存在していた。

「……できた。これなら、防げる」

彼が設計した稜堡(突き出された角)は、一分の狂いもなく互いをカバーし合い、死角という名の「非合理」を完全に排除していた。

石垣を積んだ職人たちは、最初は「こんな妙な形の城が築けるか」と反発したが、完成したその機能美を前に、今では誇らしげに城壁を撫でていた。

しかし、この時すでに、時代の歯車は斐三郎の計算を越える速度で回り始めていた。


完成の余韻に浸る間もなく、斐三郎に江戸への帰還命令が下る。

彼は、自分が作ったこの完璧な城を、自分が育てた教え子たち、そして箱館奉行所の面々に託さねばならなかった。

「私は江戸へ戻る。だが、この城が使われぬことを切に願う。城が真にその価値を発揮する時は、この国が炎に包まれる時だからだ」

彼は教え子たち一人ひとりの顔を見つめた。そこには、かつての自分と同じ、真理を求める若者たちの瞳があった。

江戸へ戻る船のデッキで、斐三郎は遠ざかる五稜郭を見つめていた。その星形のシルエットが水平線に消えるまで、彼は一度も瞬きをしなかった。


第七章:潰える星、潰えぬ理


江戸に戻った斐三郎を打った最初の衝撃は、一通の悲報であった。

元治元年(1864年)七月。恩師・佐久間象山、京の木屋町にて暗殺。

「……先生が」

書状を握りしめる斐三郎の指が、白く震えた。

世界を見据え、自分を北の大地へと押し出したあの巨大な知性が、数式の通じぬ「狂熱」という名の刃に屈した。象山が説いた「東洋の道徳、西洋の芸術(技術)」という調和は、血を流す時代の前で無力だったのか。

斐三郎は、書斎の机に広げたままの五稜郭の写し図面に目を落とした。

恩師が「この国を守る星を築け」と命じたその城は、完成した瞬間から、守るべき「幕府」という器そのものがひび割れ、崩れ始めていたのである。


慶応三年(1867年)、大政奉還。

二百六十年余り続いた徳川の世が、音を立てて崩れ去った。江戸の街には、昨日までの「正義」が瓦解していく虚無感が漂っていた。

「武田先生、これから我々はどうなるのでしょうか」

開成所の教え子たちが、不安に駆られて斐三郎のもとを訪ねてきた。幕臣である彼らにとって、幕府の消滅は世界の終わりにも等しかった。

しかし、斐三郎は静かだった。彼は騒がしい世上の動向に目を向けるのではなく、ただ黙々と、愛用の測量儀の手入れを続けていた。

「幕府が滅びようと、この国が消えるわけではない」

彼はレンズを覗き込み、一点の曇りもないことを確かめると、教え子たちを静かに見据えた。

「徳川の世の数式は終わった。だが、新しい時代には、新しい設計図が必要になる。蒸気機関の原理も、幾何学の真理も、政権が変わったからといって変わるものではない」


第八章:星の落日、友の慟哭


明治二年(1869年)。

北の空から届く報せは、どれも斐三郎の心を鋭く抉るものばかりであった。

榎本武揚、土方歳三らを擁する旧幕府脱走軍が、五稜郭を占拠。そして新政府軍による総攻撃が開始された。

「五稜郭は、落ちぬ」

かつての教え子たちが、戦場で誇らしげにそう語っているという噂を聞くたびに、斐三郎は暗澹たる気持ちになった。

彼が設計したあの稜堡式要塞は、確かに最新鋭の重砲攻撃を想定していた。十字砲火の計算に死角はない。しかし、その「完璧な防御」が強固であればあるほど、そこに立てこもる友や教え子たちの退路を断ち、彼らを死の淵へ追い詰めていく。

「私は、彼らを救うために知を授けたはずだ。城に殉じさせるためではない」

特に、適塾時代からの友である大村益次郎(村田蔵六)が、今や新政府軍の総帥として、斐三郎の築いた城を「解体」する側に回っている事実は、時代の残酷さを象徴していた。

一方は、最新の合理で「守る」ために城を築き。

一方は、最新の合理で「攻める」ために戦略を練る。

かつて同じ蘭書を読み、数式の美しさを語り合った友たちが、斐三郎の設計図を挟んで生死を賭した知恵比べを演じているのだ。

箱館戦争において、五稜郭はその設計思想の正しさを皮肉な形で証明した。

圧倒的な火力を持つ新政府軍の艦砲射撃を受けながらも、低く厚い土塁は砲弾を跳ね返し、歩兵の突撃を幾度も退けたのである。

攻める側の山田顕義(後の司法大臣)は、その防御力の高さに舌を巻いたという。しかし、エンジニアリングの勝利は、歴史の敗北を覆すまでには至らなかった。

明治二年五月。土方歳三が一本木関門で戦死。そして、五稜郭に降伏の白旗が掲げられた。

斐三郎のもとには、教え子たちの多くが命を落とし、生き残った榎本らも捕らえられたという報せが入る。

「……終わったか」

斐三郎は、長年使い込んだ計算尺を置き、深く息を吐いた。

窓の外の東京は、新政府の熱気に浮き立っていたが、彼の心には、冬の津軽海峡のような冷たい虚無が広がっていた。

自分が人生をかけて導き出した「星」は、多くの命を飲み込み、そして燃え尽きた。

しかし、その数日後。

獄中の榎本武揚から、ある物が新政府に届けられたことを斐三郎は知る。

それは、榎本が戦火の中でも肌身離さず持っていた、オランダ留学時代の国際法の書物(海律全書)であった。

「戦をしても、知恵は死なせぬか……」

斐三郎は、その報せに初めて微かな希望を見出した。

城壁は崩れ、旗印は変わる。だが、自分が蒔き、榎本たちが守り抜いた「知理」の種は、まだ生きている。

(五稜郭は、彼らを守り切ることはできなかった。ならば次は、城などいらぬ世を、我々の手で築かねばならぬ)

友の死と、自らの傑作の陥落。その深い悲しみを、斐三郎は「次の設計」への執念へと変えていく。

彼はもはや、特定の主君のために城を築く技術者ではなかった。

崩れ去った星の破片を拾い集め、それを新しい国の礎石に据える。明治という巨大な「未完の設計図」に、彼は再びペンを走らせ始めたのである。


第九章:星を越えて――技術立国の礎


箱館戦争が終わった後、武田斐三郎が選んだのは、軍人としての名声ではなく、教育者・技術官僚としての孤独な、しかし確実な歩みであった。

彼は新政府において、大蔵省の紙幣頭や造幣局の要職を歴任する。

「五稜郭」というハードウェアを作った彼は、今度は「貨幣」や「度量衡(単位)」という、目に見えない社会のインフラ、すなわち「国家のOS(基本システム)」を設計する側に回ったのである。

斐三郎が整備した度量衡や造幣の基準は、現代の日本が世界に誇る「精密なモノづくり」の源流となった。

彼が教え子たちに説いた「一分の狂いも許さぬ理」は、城壁から紙幣へ、そして現代の半導体や精密機械へと、日本人の血の中にエンジニアリング・スピリットとして今でも継承されているのである。


終章:星の記憶、未来への光


明治の世も深まったある秋の日。

老境に達した斐三郎は、久しぶりに函館の地に立っていた。

かつて泥濘に足を取られながら歩いた道は整備され、街には平和な活気が満ちている。

彼は一人、五稜郭の土塁の上に立った。

かつて血に染まり、硝煙が渦巻いたその場所は、今や市民が憩う静かな公園へと姿を変えていた。

「……綺麗になったものだ」

斐三郎は、白髪の混じった頭を撫でる海風を感じながら呟いた。

目の前には、自分が引いた「星」の形が、今も鮮やかに大地に刻まれている。しかしそれは、もはや敵を拒むための「殺しの幾何学」ではない。平和な時を刻むための、巨大な芸術品のように見えた。

ふと見ると、土塁のふもとで、数人の若者たちが最新の測量機械を使い、熱心に地面を調べていた。かつての「諸術修行所」の教え子たちと同じ、真剣な眼差し。

(私の仕事は、城を残すことではなかった。あの若者たちの中に、考える力を、理を求める意志を残すことだったのだ)

父と決別した夜。象山に北の地を託された日。

すべては、この静かな風景に辿り着くための道程であった。

自分が設計した「星」は一度墜ちたかもしれない。しかし、その破片は若者たちの胸に散らばり、今やこの国の至る所で新しい光を放っている。

斐三郎は、懐から古びた分度器を取り出し、夕陽にかざしてみた。

沈みゆく陽光が、目盛りを黄金色に染める。

「父上、私はやはり、この国の骨格を設計できていたでしょうか」

誰にともなく問いかけた言葉は、波の音に消えていった。

しかし、その表情は晴れやかであった。

自分が引いた線は、過去を断ち切るためのものではなく、遠い未来へと橋を架けるための線であった。その確信が、老いた彼の胸を温かく満たしていた。

遠くで汽笛の音が響く。

斐三郎は、ゆっくりと歩き出した。

その背中は、かつて「設計者」と呼ばれた男の孤独ではなく、新しい時代を見届けた先駆者の、静かな誇りに満ちていた。

(完)

武田斐三郎という男は、日本の近代化という濁流の中で、極めて異質な「静寂」を纏った人物でした。彼が信じたのは、主君への忠義や武士の情動ではなく、計算によって導き出される「ことわり」の正しさでした。

 物語の中で描いたように、彼が築いた五稜郭は、完成からわずか数年で本来の役割を終えました。しかし、彼がそこで格闘した「いかにして合理的に国を守り、形作るか」という問いは、決して古びることはありません。彼が育てた若者たちは、城壁の代わりに鉄道を敷き、砲台の代わりに工場を建て、現代へと続く日本の骨格を設計しました。

 今、私たちが手にする精密な機械や、一分の狂いもなく運行されるインフラの根底には、かつて函館の寒風の中で、泥にまみれながら図面を引いた一人の男の執念が流れています。

 五稜郭の星形は、今や平和な公園として市民に愛されています。かつて「死の幾何学」と呼ばれたその形が、現在は「美しき景観」として親しまれていることこそ、技術者・武田斐三郎が本当に望んだ「理」の帰結だったのかもしれません。

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