鮮やかに咲き誇る恋心
「ごめんなさい」
その言葉を聞いた瞬間、心が崩れていく音がした。
「いよいよ今日か...」
朝、壁に掛けたカレンダーを見て俺は呟いた。
十二月六日、今日はプロポーズをする日だ。決意をするまで一ヶ月もかかってしまった。それに、彼女の誕生日でもある。
彼女の方も話があるようで、今日を指定してきた。
「頑張れ『豊』、お前ならできる」
自分で自分を応援した。こうすることで、なぜか落ち着けるのだ。
「まずは身支度だな...」
待ち合わせ時間の二時間前。
「これでよし...!」
鏡の前で、髪型や服装をチェックしていた。
上半身は大学時代から愛用している白いパーカー、下半身は黒の長ズボン。カジュアルなコーデにした。
き、緊張するなぁ。
「早めに行動しておけば、渋滞にハマったとしても大丈夫だろう」
玄関に向かい、赤いバラの花束を手に取った。昨日のうちに、花屋で買ってきたものだ。
店員さんに『頑張ってくださいね』と言われてしまった。おそらくお見通しだったのだろう。
車の鍵を取り、ガレージへ向かった。
『Z』の文字が輝いていた。
俺の名前は『片山 豊』。そして、S30型フェアレディZの生みの親も『片山 豊』。
同姓同名で運命を感じた。その結果...。
「お前と出会ってからだいぶ経ったな...いろいろとありがとよ」
ガレージで眠っているZに語りかけた。
そう、俺は買ってしまったのだ。RZ34を。
ボディカラーは『ブリリアントホワイトパール / スーパーブラック』のツートーン。ワンガンブルーも選択肢にあったが、『悪魔』と勘違いされたくないのでこの色にした。
エンジンをかけると、少し高めに唸った。冬だから仕方ない。
「...オーケー、Z」
助手席にバラの花束を置き、俺とZは走り出した。
待ち合わせ時間の一時間前。
特に渋滞にハマることもなく、待ち合わせ場所の海岸へ来ていた。
「Z、少しだけ話に付き合ってくれ」
彼女『上村 結奈』と出会ったのは大学生の頃。軽自動車に軽油を入れようとしたところを止めたのがきっかけだった。
「待った、待ったぁ!!」
「...!」
「レギュラーガソリンを入れて!赤いノズルのやつ!」
「あっ、ごめんなさい!うっかりしてました!」
こうやって、彼女の車を守ることができた。
「ありがとうございました!その...かっこいいですね」
「え、ああ、でしょ?フェアレディZ、俺も気に入ってるんだ」
「それもそうですけど...あなたも」
「......」
思考が停止した。
え、俺?
「その、よければ、私の彼氏に...なってくれませんか?大学でずっと見かけてて、かっこいいなって」
「お、俺でいいの?周りにはもっとイケメンがいるけど」
じ、自分で言って悲しくなってくる。
「はい!あなたがいいんです!」
パァン、と心が撃ち抜かれたような気がした。
「な、なら。喜んで」
なぜこんな返事をしたかは、今でもよく分かっていない。
そんなことを話していると、待ち合わせ時間になった。
「...おかしいな。いつもなら、待ち合わせの十分前にはいるのに」
その後も三十分待ってみたが、彼女がやってくることはなかった。
「まさか...ドタキャン?」
そんな考えが頭をよぎった時、スマホに電話がかかってきた。
相手は結奈だった。
「もしもし、今どこに...」
「...ごめんなさい」
「えっ」
ガシャン、という心の音がした。
すぐに電話は切れてしまった。
「ど、どういう...」
間を空けずに、またスマホに電話がかかってきた。
今度の相手は...警察だった。
「助かるかは...五分五分です」
目の前には、ベッドに横たわる結奈の姿があった。
警察からの電話は『結奈が事故に遭った』という内容だった。
すぐにZを病院まで走らせ、今に至る。
玉突き事故に巻き込まれ、結奈は意識不明の重体。他にも重傷者が二人いるらしい。
「なんで、結奈がこんな目に遭わないといけないんだ...」
「ああ、落ち着いて。深呼吸しましょう」
医師の内山さんに促され、深呼吸を数回行った。少し頭が冷えた。
「骨折していないところが奇跡です。奇跡が起きたんですよ」
それはそうかもしれないが。意識が戻らなければ意味がない。
「...意識が戻った際、真っ先に連絡させていただきます」
気がつけば朝を迎えていた。
どうやって帰ってきたのか分からない。Zが『ダメだコイツ』となって送り届けたのかもしれない。
あれから、病院からの連絡はなし。つまり、意識は戻っていないということだ。
「流されるままに...どこかへ」
ガレージで眠っているZのエンジンをかけ、知らない場所へ向けて走り出した。誰も、俺のことをしらない場所へ向けて。
吹き付ける冷たい風によって、寂しさをより強く感じた。
「...茨城」
いつの間にか、茨城県へ入っていた。
そういえば、少し前に筑波サーキットへ行く約束をしてたな...。
「走りたかったよな、Z...」
たまには、Zをフルパワーで走らせてやりたい。
そのまま走り続けると、海岸へ辿り着いた。風力発電が行われていて、見覚えがある場所だ。
駐車場にZを停め、海へ向かって歩いた。
...もしも、結奈がいなくなったら、この海は俺を受け入れてくれるのか。
「...いや、息を止める理由はない。最後まで生き続けないと。.........でも」
すると、タイヤが砂を踏む音がした。
振り返ると、駐車場にもう一台が停めようとしていた。
ヴォン...ヴォン...
「...Z」
俺のZと同じRZ34ではなく、初代の『S30』だった。
ボディカラーは『グランプリホワイト』。まるで今塗られたかのような艶を持っていた。
「お前さん、まさか飛び込もうとしてないよな?」
そのZから、スーツ姿の男性が降りてきた。五十くらいの年齢で、いわゆる『イケオジ』だ。
「俺で良けりゃ、話聞いてやるぞ?」
そう言いながら、彼は歩み寄ってきた。
俺は躊躇いながらも、昨日の出来事を話した。
「そうか...それは辛かったな」
「ほんとに、これからどうしたらいいか...」
自然と涙が出てきた。やっぱり、俺の心へのダメージは深刻なようだ。
「泣くな泣くな。お前さんに涙なんて似合わねぇぞ」
彼の慰めが心に沁みた。
「...俺だって本当は泣きてぇんだ。アイツは先に逝っちまったしよ」
彼は薬指に付けていた指輪を外し、空に浮かべた。その目は、指輪の穴を射抜いていた。
「でもな」
彼は立ち上がり、S30Zのボンネットを優しく撫でた。
「コイツの面倒、誰が見るってんだ?」
...ああ、この人は強い。
まるで、『ポインセチア』のようだ。
「俺もコイツも、まだ旅の途中だ。何度折れたって、終わりが見えるまで諦めねぇ。俺らの物語は『最終章』の真っ只中だが、お前さんの物語はまだ始まりに過ぎねぇ」
S30Zのエンジンがかかり、ライトが点灯した。
「誇らかに咲き続けろよ」
そういって彼は走り去っていった。
「...誇らかに、か」
その時、スマホに電話がかかってきた。
「もしもし...」
『もしもし、内山です。実は、上村さんが...』
病院の中を早足で歩き、病室へ辿り着いた。
コンコンコン...
「どうぞ」
ドアをノックすると、聞き覚えのある声が返ってきた。
ドアを開けると、結奈がベッドから起き上がっていた。
「あ、豊くん...」
「ゆ、結奈...」
すると、結奈は気まずそうに目を逸らした。
「その、ごめんね。心配かけちゃって...」
「いや、いいんだ。こうやって意識が戻ってきて良かった」
言葉の途中で泣きそうになった。でも、あの人のアドバイスのおかげでグッと堪えた。
「失礼します」
病室の入り口から、内山先生が入ってきた。
「......検査はまた後でにしましょうかね」
「いや、気にしないで検査してやってください!」
今は結奈の身体の方が大切だ。
検査をしている間、俺はZの車内にいた。
「とりあえずは一安心...」
安心すると、疲れが一気に身体にのしかかってきた。ろくに眠れていなかったのかもしれない。
コンコンコン...
Zの窓がノックされた。
「検査、終わりましたよ」
外には内山先生が立っていた。
「それで、どうでしたか?」
「記憶の欠落もなく、至って正常です。明日には退院でいいと思います」
「そうですか...結奈の入院中、ありがとうございました」
俺は深々と頭を下げた。
「いやいや、医者として当たり前のことをしただけですよ。それより、感動の再会の続きをしてくださいね」
そう言って彼は病院へ戻っていった。
「おかえり、結奈」
翌日、退院した彼女を迎えに行った。もちろんZで。
「うん、ただいま」
「青春ですねぇ…」
内山先生が感慨深そうに呟いていた。
「それじゃあ、お大事に」
「「ありがとうございました」」
俺はゆっくりとアクセルを踏み込み、病院を後にした。
「ここって、あの時の集合場所?」
「そう。言いたいことが言えなかったから」
俺らはすぐに家に帰らずに、プロポーズをする予定だった海岸へやってきた。
「それで、言いたいことって?」
「実は…」
心臓の鼓動が速くなっていくのを感じた。体温も高くなっていっている気がする。
「俺、結奈が入院している間、ドーナツの穴みたいに感情が抜けてた。そんなときにふと思ってしまったんだ」
思ってしまった、いや、Zが気が付かせてくれた。
「俺には、結奈がいないとダメみたいだ」
「……」
俺は赤いバラを差し出した。
「俺と付き合ってください」
「……何言ってるの」
結奈はワナワナと震え始めた。
ああ、フラれるんだな。バラでひっぱたかれるんだな。そう直感した。
「私たち、もう付き合ってるみたいなものでしょ?」
「え…?」
「だから」
今度は結奈が小さな箱を差し出してきた。
「私と、結婚してください」
………今、なんて?
「もしかして俺ら…」
「うん、両想いってこと」
結奈と目が合った。そして俺らは言葉を口にした。
「「喜んで」」
「…いい青春だな」
遠くからその様子を、S30Zとオーナーのコージが見ていた。
「なんじゃ、覗きか?」
「違う違う。人聞きの悪いこと言わないでくれ」
隣にはラナも立っていた。
「知り合いか?」
「いいや、茨城で一回話しただけさ。今にも海に飛び込もうとしてたから止めただけだ」
「中々なことをしおったのぉ」
コージはS30Zに乗り込み、エンジンをかけた。
「…最後まで見ぬのか?」
海岸では、豊が結奈を抱きかかえていた。
「見なくても、結末はハッピーエンドだと分かるさ」
「…そうじゃな」
ラナが助手席に乗り込んだ後、S30Zは走り去っていった。
胸には涙を抱えていても、顔はずっと笑顔でいる。
今日も俺と『Z』は、エピローグを求めて走り続ける。




