映画館は御用心 6
雫と駿は「いつもどおり」の難しさを痛感します。
翌朝、駿は鏡を見てぞっとした。
顔が浮腫んでいるのだ。
ー当たり前か。あれだけ泣いたもんな。
夕べ寝る前に「もしかしたら雫から何か言ってきたかも…」とスマホを確認したが、表示された連続通知は全て美玲からのものだった。
性格的に絶対に「既読スルー」などしないのだが、さすがに返信する気にはなれず、初めてスルーしたのだ。
自分は諦めの悪いほうだと思っている。
仮に雫が「先輩とつき合ってる」と言っても、易々と渡すつもりはない。
ーシュウの時だって、上手くいったじゃないか。
高校2年にもなって、「何でも叶う魔法をかけてやる」なんて手は使わないが、きっと方法があるはずだ、そう思って冷水で顔を洗った。
* *
いつも通り駿が迎えに来た。
「おはよう、雫」
気持ちが悪いくらい、いつもと変わらず爽やかに朝の挨拶をしてくる駿に驚かされた。
ーあれ?わたしと先輩が一緒にいたのに気にならなかったのかな?
「お、おはよう、駿」
意識したくないのに、どうしても彼の唇に目がいってしまう。
ーあの唇で美玲とキスしたんだ。
胸の奥がチクッと痛い。
寂しさと悔しさで下唇を噛む。
駅までの5分も、真田中央駅までの電車の5分も、学園までの10分も、昨日の話題は雫からも駿からも出ない。
駿は、昨日の出来事を持ち出すと、大介とイチャコラした話を聞かされることになるんじゃないかと思って、自分からは出さないことに決めていたのだ。
まだなんの作戦も思い付いてない段階で、「先輩がねぇ~」などと言われれば、たまったもんじゃない。
ただ、雫のほうは「先輩とつき合うことになった」と教えたほうがいいだろうか、と迷っていた。
今日から一緒に下校することになる。
何日か続くと「あの2人、つき合ってる」と言われるだろう。
駿がそれを聞かされるのと、雫の口から聞かされるのとでは、どちらが良いか考えていた。
駿が美玲とつき合っているのだから、「わたしは気にしていない」という顔で言おうか。
ーいや、今は言いにくい。
言えばきっと「オレも美玲とつき合ってるから、お互い恋人持ちになったわけだ」とか言って笑いそうだ。
現実を知っていても、それを駿から直に聞きたくない。
もう少し心にゆとりができてからにしてちょうだい、と静かに願った。
結局、次の対外試合の話や、期末試験の話など、たわいもない話をしながら下足ロッカーに到着して、登校時間が終わったのだった。
雫が靴をロッカーに入れているところに「おはよう」と知世子が元気な声をかけてきた。
「おはよう」
昨日、映画館の化粧室で聞いた会話を思い出させてくれた知世子を恨みながら、足早に教室に向かう。
「ねえ、雫も見たでしょ?」
後ろから声が追いかけて来た。
フウッと息を吐いて振り返る。
「うん。映画、面白かったよね」
それだけ言って教室に急いだ。
ー聞きたくないわ。
知世子が「見たでしょ」と言ったのは、映画の事でないのは察しが付く。
美玲と駿が腕を組んで仲良くしていた場面のことだ。
知世子は、美玲が雫を疎ましく思っていることを当然知っている。
「駿は、美玲のものだってわかったでしょ?」
それが言いたいのだ。
美玲が御機嫌だと、知世子も楽しいし親に良い報告も出来る。
「市会議員の娘と仲良くしろ」と言われるだけあって、事あるごとに「遠山さんは?」と聞きたがるのである。
露骨に美玲に胡麻を摺る知世子の考えてることは、雫には見え見えだった。
ーこれ以上しつこく言ってきたら、わたしは先輩とつき合ってるから、どうぞご自由に、って言ってやるんだから!
そう決意して身構えた。
反撃の意志を固めると、意外にも美玲も知世子も何も言ってこない。
昨日言っていた、「次の試合の後に公表する」ということで、今は大きく騒ぐつもりがないのかも知れない。
教室に行くとクラスメイトが、「宮野先生が昼休み、職員室に来てって言ってた」と伝えてくれた。
ー多分、夏休み中のお茶会の件だろうな。
スマホで「昼休み、宮野先生とこ行くよ」と愛華にメッセージを送る。
どうせ一緒に学食に行くことになっているのだから、わざわざ送信しなくても良いのだが、今の気分を紛らわせたかった。
「了!」
その後に、必死に走るパンダのスタンプが貼ってあって、思わず吹いた。
ついさっきまで感じていたイライラとモヤモヤがなくなっている。
ー愛華、ありがとう。
でも、
ーあと5分で予鈴が鳴るよ。
次回、大介との関係を見た駿が!




